みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

               嶋大国魂御子神社のムクロジ  対馬市上県町佐久須

 国道382号線により上県町佐久須の三叉路まで行き、国道から右へ分れる舟志方面への道に入る。対馬市役所上県支所前を通り広い道を進むと、町はずれに「嶋大国魂御子神社」があり、大スギが見える。
 社殿へ登る石段の中間に、ムクロジの大木がある。その他、多種類の大木がある。
 上県町「上県町誌」平成16年刊、第8節対馬の天然記念物225頁による説明、及び対馬観光物産協会発行「対馬の巨木と自然」リストによる説明は次のとおり。

                 日吉のムクロジ   町指定 上県町佐久須

 通称佐久須の氏神様、嶋大国魂御子神社の境内にある。幹囲3.74m、樹高24mで、県下では最大の巨木といわれている。
 ムクロジは江戸時代までは生活に重要な木であった。実にサポニンを含み、泡立ちよく汚れをおとすので洗濯に使われ、また子どもたちの間では種子ははねつきの玉や、ビー玉遊びに利用されていた。
              9 嶋大国魂御子神社社叢  町 (上県町佐久須日吉)

 境内にスギの巨木があり、社殿へ登る石段の中間にあるムクロジの巨木も見事。その他、カヤ、ウラジロガシ、ケヤキなど多種類の巨木があり、充分に巨木を満喫できる社叢です。
  9 嶋大国魂御子神社社叢  ス ギ    幹回り 6.50m  樹 高 38m
  9 嶋大国魂御子神社社叢  ケヤキ   幹回り 3.68m  樹 高 30m
  9 嶋大国魂御子神社社叢  ムクロジ  幹回り 3.74m  樹 高 24m
  9 嶋大国魂御子神社社叢  イチョウ   幹回り 3.08m  樹 高 20m

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

                 嶋大国魂御子神社のスギ  対馬市上県町佐久須

 国道382号線により上県町佐久須まで行き、町の中心街で国道から右へ分れ、舟志方面への道に入る。対馬市役所上県支所前を通り広い道を進むと、町はずれに「嶋大国魂御子神社」があり、大スギが見える。
 樹齢は500年は経ていると推定され、「天狗杉」と呼ばれる。
 上県町「上県町誌」平成16年刊、第8節対馬の天然記念物225頁による説明、及び対馬観光物産協会発行「対馬の巨木と自然」リストによる説明は次のとおり。

                  日吉のスギ   町指定 上県町佐久須

通称佐久須の氏神様、嶋大国魂御子神社の境内にある大杉で、幹囲6.5m、樹高38mで、万松院の大スギにつぐ対馬第二の杉の巨木である。

              9 嶋大国魂御子神社社叢  町 (上県町佐久須日吉)

 境内にスギの巨木があり、社殿へ登る石段の中間にあるムクロジの巨木も見事。その他、カヤ、ウラジロガシ、ケヤキなど多種類の巨木があり、充分に巨木を満喫できる社叢です。
  9 嶋大国魂御子神社社叢  ス ギ    幹回り 6.50m  樹 高 38m
  9 嶋大国魂御子神社社叢  ケヤキ   幹回り 3.68m  樹 高 30m
  9 嶋大国魂御子神社社叢  ムクロジ  幹回り 3.74m  樹 高 24m
  9 嶋大国魂御子神社社叢  イチョウ   幹回り 3.08m  樹 高 20m

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

                    西津屋の漣痕  対馬市上県町西津屋

 上県町西津屋も対馬の北側海岸。国道382号線により佐久須を過ぎ、佐久須トンネルにかかる手前に、西津屋への入口があり、左折してこの道へ行き、海岸の集落まで進む。
 小さな漁港に出ると左岸の道があり、「西津屋の漣痕」のすぐ前まで行けるが、細い道で落石が多い。歩いた方がよい。
 上県町「上県町誌」平成16年刊、第8節対馬の天然記念物225頁による説明は次のとおり。

                    西津屋の漣痕  町指定 上県町西津屋

 西津屋の海岸にある。高さ8m、長さ約70mのみごとな漣痕である。砂岩の上面を波や水流により、波状の凹凸をつくりあげている。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

             西津屋のタブノキとクロガネモチ  対馬市上県町西津屋

 上県町西津屋も対馬の北側海岸。国道382号線により佐久須を過ぎ、佐久須トンネルにかかる手前に、西津屋への入口があり、左折してこの道へ行き、海岸の集落まで進む。
 集落に入ると、すぐ右方の大きな邸宅の入口にタブノキが見える。
 阿比留家で対馬で由緒ある家系。防火用として昔から集落の要所に植えられた木が残ったという、近所の人の話である。

 小さな漁港に出ると左岸の道に、墓石とともに樹形のよいクロガネモチの大木もあった。
 対馬観光物産協会発行「対馬の巨木と自然」リストによると次のとおり。

  4 西津屋のタブノ木キ  タブノキ  幹回り 4.23m  樹高 12.5m

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

                「くじら橋」と鯨物語  対馬市上対馬町大浦

 国道382号線が上対馬町へ入り、上対馬高の手前となる大浦湾奥の大浦川河口に、青色の橋が架かる。上対馬町発注、大浦漁港改修工事によって2000年6月竣工した「くじら橋」。
 橋のたもとに珍しい説明板があり、「くじら橋」と命名したいわれと古写真があった。地元大浦の糸瀬光志氏が寄稿した「鯨物語」。
 昭和22年11月晩秋の午下り、巨頭鯨(ごんどうくじら)の群が深浦に飛び込んできた。住民総出、大浦湾のこの奥へ追い詰め、3日がかりで鯨を捕獲した。

 日本人は古くから鯨肉を食べ、鯨骨は縄文遺跡からも出土している。江戸時代初め、紀州からもたらされた捕鯨技術によって西海漁場は栄え、対馬も捕鯨基地の1つとなった。
 幕末期に不漁となり、明治中期になるとノルウェー式近代捕鯨が始まり、戦後も細々と操業を続けていたが、西海漁場が完全に終焉したのは昭和40年代だそうである。

 鯨の数は少なくなったが、今でも日本海へ数種が回遊しているらしい。2006年、対馬沖で高速船「ビートル」が衝突した物体は、クジラという説がある。
 捕鯨基地として衰えた対馬の戦後の食糧難時代、鯨が大群で大浦湾に迷い込み、勇ましくおいしいことをした地元の話である。最後の文は、クリックで拡大する。

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


.
みさき/michito
みさき/michito
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事