みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

             長崎大学経済学部の「学校用(地?)」標石  長崎市片淵4丁目

 長崎市新大工町の交差点から長崎大学経済学部の裏門の通りへバイクで行った。裏門を過ぎて少しカーブの道を上がったところ。道路左の道脇に、少し傾いた小さな標石を目にしたので、引き返した。
 写真のとおり、「學校用(地?)」の古めかしい標石。前後の道脇には、すべて新しいコンクリート製の「長崎大学用地」境界標が立っている中、珍しく残った1本の標石だった。

 長崎大学経済学部のHPによると、学校の沿革は次のとおり。取り立てるほどの標石ではないが、学校の歴史は古く、学校は変遷している。
 いつの時代のものか? どの学校の当時のものか? と、ひとしきりは思いをめぐらかせる標石ではないだろうか。
 気になるのは、頭部に付けた金属の方向がある新しい小プレート。都市ガスや水道管などの引き込み口の古い標石があるようである。

                      ●長崎大学経済学部の沿革

 長崎大学経済学部は、その前身である長崎高等商業学校が、東京高商(一橋大)、神戸高商(神戸大)に次ぐ第三高商として明治38年3月に長崎県西彼杵郡上長崎村片淵郷(現長崎市片淵)の地に設立されて以来、一世紀の歴史を迎えました。
 長崎高等商業学校は、わが国近代史と歩みを同じくして発展を遂げた後、第二次世界大戦中の昭和19年4月に長崎経済専門学校と改称されました。なお、その際、長崎工業経営専門学校が併設されましたが、同校は終戦後間もない昭和21年4月にその使命を終えて廃止されました。 
 多くの人材を経済界・実業界に輩出した長崎経済専門学校は、昭和24年4月に国立学校設置法の公布により新制大学制度に組み込まれ、経済学科、商学科の2学科を有する新制長崎大学経済学部として新たに発足しましたが、平成17年には、本学部にとって高商設立以来100周年を記念しました。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

              トードス・オス・サントス跡  長崎市夫婦川町 春徳寺

 長崎市新大工町商店街からシーボルト通りへ向かう。長崎市立桜馬場中学校の角に出て、学校の石垣に沿った道を上がると「春徳寺」へ着く。
 トードス・オス・サントス跡。当時の遺構として井戸が残っているが、写し忘れた。
 長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

        トードス・オス・サントス跡(セミナリヨ及びコレジヨを含む)  県指定史跡

  指定年月日 昭和41年4月18日  所在地 長崎市夫婦川町135  所有者 春徳寺
 トードス・オス・サントス(Todos os Santos)ポルトガル語で「諸聖人」の意。長崎で最初に建てられた教会である。永禄12年(1569)ビレラ神父によって長崎甚左衛門がイルマン・ルイス・アルメイダに与えた土地に建てられた。
 慶長2年(1597)セミナリヨの一部コレジヨと金属活字印刷所が一時的にここに移された。その後慶長7年(1602)と慶長10年(1605)修錬院も開かれ、慶長17年(1612)有馬から追放されたセミナリヨはここに移り禁教令まで存続した。
 教会の建物は元和5年(1619)まで残り、後に春徳寺が建立された。当時の遺構として井戸が残っている。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

イメージ 17

イメージ 18

   長崎学さるく "長崎街道歩きと滝の観音・現川の史跡めぐり" (2)  平成20年10月

 平成20年10月26日(日)実施。参加者はスタッフとも25人。9月21日を雨のため延期。
 講師は、諫早郷土館館長織田武人先生。矢上にお住いで街道を詳しく研究されている。
 貴重な長崎学さるく行事だったのに、長崎ベイサイドウォークと重なり、参加者が少なくなったのが惜しい。

 長崎街道を矢上宿から古賀まで歩き、滝の観音から現川へ旧道の山越えをして、途中の史跡など見る。
 午前9時30分矢上バス停集合。矢上神社ー教宗寺ー役の行者ー福端寺ー古賀大村庄屋屋敷跡ー古賀地区市民センター(昼食)ー迎仙閣ー滝の観音ー間の瀬峠ー現川古窯跡ーJR現川駅まで約14kmを歩く。午後3時半着解散。

 現地を詳細に調べられている資料と説明があった。昼前から小雨となったが、山道も歩けないことはなかった。
 (1)は、古賀大村庄屋屋敷までの前半部と、観音水近くの石窯ピザ屋。食べてはいない。
 (2)は、現川までの後半部の写真。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

イメージ 17

イメージ 18

イメージ 19

イメージ 20

イメージ 21

イメージ 22

    長崎学さるく "長崎街道歩きと滝の観音・現川の史跡めぐり" (1)  平成20年10月

 平成20年10月26日(日)実施。参加者はスタッフとも25人。9月21日を雨のため延期。
 講師は、諫早郷土館館長織田武人先生。矢上にお住いで街道を詳しく研究されている。
 貴重な長崎学さるく行事だったのに、長崎ベイサイドウォークと重なり、参加者が少なくなったのが惜しい。

 長崎街道を矢上宿から古賀まで歩き、滝の観音から現川へ旧道の山越えをして、途中の史跡など見る。
 午前9時30分矢上バス停集合。矢上神社ー教宗寺ー役の行者ー福端寺ー古賀大村庄屋屋敷跡ー古賀地区市民センター(昼食)ー迎仙閣ー滝の観音ー間の瀬峠ー現川古窯跡ーJR現川駅まで約14kmを歩く。午後3時半着解散。

 現地を詳細に調べられている資料と説明があった。昼前から小雨となったが、山道も歩けないことはなかった。
 (1)は、古賀大村庄屋屋敷までの前半部と、観音水近くの明夢工房石窯ピザ。食べてはいない。
 (2)は、現川までの後半部の写真。

全1ページ

[1]


.
みさき/michito
みさき/michito
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事