みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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           長崎の外国人居留地跡標石(境石・地番標)  (77)〜(84)

 平成6年7月1日発行「長崎の碑(いしぶみ) 第2集」129〜142頁に、長崎市南公民館の研究グループ「どじょう会」が行った長崎の外国人居留地跡標石(境石・地番標)の調査結果が報告されている。 参 照  http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/46659136.html
 現地の主な標石には、長崎市教育委員会がその後、小さな陶板プレートを標石脇に埋め込んでいる。

 これら標石の1つ1つを、現在の時点で再確認した。(77)〜(84)の標石は上の写真のとおり。
 どじょう会の報告に表われていない境石・地番標とも思える標石も参考のため掲げる。

 標石 (77)  国指定史跡「出島和蘭商館跡」 見当たらず要調査。
 標石 (78)  同史跡 中央広場に屋外展示中。
 標石 (79)  同史跡 旧長崎内外クラブ無料休憩所棟の軒下に埋め込みを確認。
 標石 (80)  同史跡 見当たらず要調査。
 標石 (81)  同史跡 見当たらず要調査。
 標石 (82)  同史跡 ミニ出島側通り外塀下に屋外展示中。
 標石 (83)  同史跡 見当たらず要調査。
 標石? Q   同史跡 「第十一番 No11」の地番標。 無料休憩所棟と内外クラブ間の階段下に保管中
 標石? R   同史跡 刻面不明。無料休憩所等と内外クラブ間の階段下に保管中。
 標石? S   同史跡 刻面不明。無料休憩所等と内外クラブ間の階段下に保管中。
 標石? T   同史跡 表門手前の右溝の角にある。標石らしい形状。

 標石 (84)  東山手洋館群B棟は「東山手地区町並み保存センター」である。見当たらず要調査。
 標石   U   参考 横断歩道下に現存するアーチ式石橋「大浦橋」の親柱。

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           長崎の外国人居留地跡標石(境石・地番標)  (72)〜(76)

 平成6年7月1日発行「長崎の碑(いしぶみ) 第2集」129〜142頁に、長崎市南公民館の研究グループ「どじょう会」が行った長崎の外国人居留地跡標石(境石・地番標)の調査結果が報告されている。 参 照  http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/46659136.html
 現地の主な標石には、長崎市教育委員会がその後、小さな陶板プレートを標石脇に埋め込んでいる。

 これら標石の1つ1つを、現在の時点で再確認した。(72)〜(76)の標石は上の写真のとおり。
 どじょう会の報告に表われていない境石・地番標とも思える標石も参考のため掲げる。

 長崎市籠町の広馬場商店街通りの左右。前の「長崎信用金庫広馬場支店」やお茶「山口園」などの建物は解体され、駐車場となっている。このため、新たに6本の地番標が見つかった反面、2本が消失している。
 一帯で確認できた新しい地番標は、次のとおり。位置図を参照。

 標石? K  刻面「五番 六番」 寸法は、15×17×17cm。標石(73)の奥。同じ造り。
 標石? L  刻面「六番 七番」 寸法は、15×17×30cm。標石(74)の奥。同じ造り。
 標石? M  刻面不明、「拾三番」か? 寸法は、16×?×16cm。
 標石? N  刻面「拾三番 十四番」 寸法は、15×17×33cm。
 標石? O  刻面「拾(三番) 拾(貮番)」 寸法は、15×18×15cm。
 標石? P  刻面「拾壹(番) 拾貮(番)」 寸法は、?×18×20cm。
 
 標石 (72) 十善会病院前の森米穀店店先にある。くくりつけた後ろのが本物。自治会婦人部が昭和46年3月修復しているが、みっともない格好となっている。何とかならないか。
  次を参照。ここのは郷土史家・故永島正一先生の、思い入れがある大切な標石である。先生は「松ヶ枝町の豆腐屋の角に一本、…それに諫早の小曽根さんの庭に一本、これは浪ノ平小学校門脇にあった…」ことも記されている。
   http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/12957969.html
 標石 (75) 前のお茶「山口園」左横。駐車場となり、道路側に見当たらない。中に「拾(三番) 拾(貮番)」と刻面が違うOの標石が残っていた。
 標石 (76) 太陽堂菓子店左横。駐車場となっていたが、2年前に靴店が建った。両店とも覚えがない。駐車場にした際、これも消失したのではないか。

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