みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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                 吉田大明神社叢  佐世保市吉井町上吉田

 吉田大明神は、吉井町の東南部、上吉田にある。国道204号線の佐世保「皆瀬」交差点から妙観寺トンネルを越し吉井町への県道40号線により行くと近い。下りの途中に「吉田大明神社叢」の案内標識があり、右折して行くと吉田大明神へ着く。春日神社のまだ先となる。
 吉井町へ入ってからは、県道54号線沿いに工業団地のある橋川内などから登り口がある。

 吉田大明神は、五蔵岳の麓標高250mの高地にあり、社叢約1haは社殿後ろのやや急な斜面。多くの木が発達している。昭和49年、県天然記念物に指定された。
 なかでもイロハモミジは、幹回り155〜245cmの4本が揃い、他に例がないとされる。
 Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中の説明は次のとおり。

                        吉田大明神社叢

 吉井町上吉田にある。イロハモミジ、イスノキ、ツブラジイ、タブノキ、ヤブニッケイ、ホソバタブ、ムクノキ、バリバリノキ、クスドイゲなどがあり、昭和49年、県の天然記念物に指定された。

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                  春日神社のクスノキ  佐世保市吉井町田原

 春日神社は、吉井町の東南部、谷内地区にある。国道204号線の佐世保「皆瀬」交差点から妙観寺トンネルを越し吉井町への県道40号線により行くと近い。下りの途中に「吉田大明神社叢」の案内標識があり、右折して行くと春日神社へ着く。吉田大明神はまだ先となる。
 吉井町へ入ってからは、県道54号線沿いにいろいろ登り口がある。

 神社の社前に注連縄を巡らせた4坪程度の沼地に、吉田の地名の起こりといわれる「逆さ葦」が生えている。また、境内に入るとマキやシイの木に混ざって、柿の木の原種といわれる「トキワ柿」の木が2本生えている。別名吉田柿といわれる。
 クスノキの大木は境内でなく、神社へ入る手前左手の田の道に立っている。
 Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中の説明は次のとおり。

                        春日神社の大クス

 幹周り5mあり、樹齢800年。吉井町最大のクスとして町の天然記念物に指定。
 このクスは神社境内にはなく、少し離れた場所にある。春日大明神を鎮座の時、御神霊をこのクノキの洞腹に一時安置したと伝えられている。神社境内入口にはマキの大木があり、境内にはシイの巨木がある。

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                    福井洞窟  佐世保市吉井町福井

 吉井町中心部から福井川に沿う松浦市への県道40号線へ入る。吉井北小学校を過ぎると福井町となり、すぐ県道の右脇に「史跡 国指定福井洞穴」の標柱がある。
 神社の社殿裏手が福井洞穴である。
 吉井町「吉井町ふるさとガイドブック YOSHII−BOOK」平成6年刊2〜3頁の説明は次のとおり。
                     福 井 洞 窟(国指定史跡)

 この洞窟は、洪積世(約3万年前)から沖積世(現世)にかけて、人類が居住地として利用した遺跡です。昭和11年、社殿改築のとき洞窟床面が約1m掘削され、土器、石器、人骨等が発見されました。
 その後、町の郷土史家、故 松瀬順一氏が学会に報告し、昭和35年から3次にわたり日本考古学協会西九州調査団による調査が行われた結果、深さ約6m、16層に分かれた地層から、3万年以上前の先史遺跡が確認されました。
 昭和48年に佐世保市の泉福寺洞窟から豆粒文土器が出土するまでは日本最古(縄文早期約1万2千年前)の土器であった隆起線文土器が、細石刃とともにこの洞窟の3層から発見されました。
 また、13層からは世界最古の石器が発見されるなど、旧石器時代から縄文時代にかけての遺物が層位的に出土しています。

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                    御橋観音石橋  佐世保市吉井町

 平成20年5月21日、佐世保市吉井町へ行く。御橋観音の天然アーチ石橋を見た。
 国道204号線佐世保市吉井行政センター前の少し先から右折して入る。吉井川の北側を学校の前など通りながら行くと、山手の観音と公園へ登る入口の案内標識がある。
 吉井町平成6年刊「吉井町ふるさとガイドブック YOSHII−BOOK」16頁の説明は次のとおり。
                        御橋観音石橋

 昔から平戸八景の一つに数えられた御橋観音は、吉井町が誇る名勝です。
 町の中心部から東へ1km程行った牧の岳の中腹にあり、御橋観音寺の境内を通り風雅な庭園の奥、高さ20mのところに、長さ30m、幅4mの第三紀砂岩層からなる二条の天然の石橋が、空に架かる天の浮き橋のように架かっています。
 石橋の下に祀ってある石仏の周囲や岩肌には、岩タバコなどのシダが多く茂って幽邃を醸し、前庭の十一面観音を祀る堂宇が園内の調和を保っています。

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                   松浦鉄道の橋梁  佐世保市吉井町

 平成20年5月21日、佐世保市吉井町へ行く。松浦鉄道の橋梁を見た。
 潜竜ヶ滝・吉井駅2km間に、福井川・吉田・吉井川の3橋梁がある。国有形文化財に2006年登録された。

 旧国鉄伊佐線(現松浦鉄道)の施設。戦時中の鉄筋不足の時代、コンクリート造連アーチに続けて,鉄筋コンクリート造の単桁を架けた橋梁等。スパンドレルに連続アーチを穿ち,軽量化を図るなど,官設鉄道当時の橋梁建設技術を伝え貴重とされる。
 松浦鉄道HP「ぶらり松浦鉄道」の中のデータは次のとおり。

 福井川橋梁 (写真 1〜4)
  建 設 年   : 1942年(昭和17年) 
  アーチ部全長 : 67m06cm
  アーチ半径   : 10m×3

 吉田橋梁  (写真 5〜7)
  建 設 年   : 1939年(昭和14年) 
  アーチ部全長 : 58m00cm
  アーチ半径   : 5m×5

 吉井川橋梁 (写真 8〜11)
  建 設 年   : 1944年(昭和19年) 
  アーチ部全長 : 45m88cm
  アーチ半径   : 5m×4

 写真12〜13は、福井川橋梁に取り付けられている国登録有形文化財の説明板と文化庁の同プレート。
 3橋梁の位置図は石橋図のとおり。

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