みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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                 長泉寺の鯨供養石造五重塔  平戸市前津吉町

 津吉は平戸島の南部。平戸市街から国道383号線により宮の浦方面へ下る。前津吉町は相浦・佐世保航路がある所で、国道の津吉交差点から左折して「前津吉港」の方へ入る。
 「長泉寺」入口は、前津吉の町へ出る前、右方に案内標識があり、この道に入って進むと本堂横の駐車場へ着く。
 鯨供養石造五重塔の前に立つイチョウも大木だった。
 長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

               長泉寺の鯨供養石造五重塔  県指定有形民俗文化財

  指定年月日 昭和59年9月18日  所在地 平戸市前津吉町1274長泉寺境内
  所有者 長泉寺
 この五重石塔は、砂岩の基礎(2石)、塔身の軸部(第1層2石、計6石)と笠(5石)、相輪部(1石)の14石からなり、総高460cm。基壇は切石の三段積み、合計高さ539cm。
 第1層軸部に龕を抉り、多宝如来(合掌印)と釈迦如来(禅定印)の高さ20cmの座像(砂岩)を安置し、法華経見宝塔品の諸仏の名を刻む。側面の銘文に元文4年(1739)、鯨供養のため財を募り、長泉寺第8代海純大和尚が建てたと刻んである。
 平戸島前津吉の浜は、元禄5年(1692)、小値賀島の小田組が捕鯨の基地を定めてから、安政の開港ごろ(1859)、捕鯨の休止まで167年間、鯨組で繁昌していた。

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            根獅子(ねしこ)の浜海水浴場と周辺  平戸市根獅子町ほか

 平戸市街から国道383号線などにより紐差町へ行く。紐差交差点を過ぎ、しばらくまだ国道を宮の浦方面へ進むと、途中に「根獅子入口」分岐とバス停があり、右へ道へ入り、山手を越して下ると根獅子町へ着く。同町には「切支丹資料館」がある。

 これから大石脇町・獅子町へと海岸沿いを北上すると、根獅子の浜のほか無名(?)の浜・人津久の浜と3つの美しい砂浜と海水浴場がある。白砂のきれいな浜も殉教の歴史がある。
 途中の小さな浜で、製塩している小屋を見た。
 平戸市発行「平戸まるわかり本 とっとこ平戸」25頁による説明は次のとおり。

                       根獅子の浜海水浴場

 日本の海水浴場88選にも選ばれた美しい海水浴場。白い砂浜は約1kmにも及び、遠方から多くの人々が訪れています。

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                志自岐神社地の宮、沖の宮社叢  平戸市野子町

 平戸市街から国道383号線により平戸島の南端、野子町の国道終点「宮の浦」へ向かう。宮の浦まで車は約1時間。
 宮の浦漁港へ出、左方へ行くと角に橋があり、川脇にフェンスによって囲まれた一角があり、「式内社志々伎神社跡」碑が新旧石燈籠とともにある。

 現在の志自岐神社地の宮と沖の宮は、この地を挟みすぐ近くの山手と湾内の小島にある。沖の宮は漁港の先へ行くと、現在は堤防で繋がり歩いて渡れた。
 長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

               志自岐神社地の宮、沖の宮社叢  県指定天然記念物

  指定年月日 昭和49年3月5日  所在地 平戸市野子町882ほか
  所有者 志自岐神社
 平戸の南端、宮の浦の海岸に面する斜面に地の宮の社叢があり、すぐ前方の海に沖の宮社叢がある。
 地の宮社叢の主木は、スダジイ・イヌマキ・ホルトノキ・タブノキ・イスノキ・クスノキで、大きいものは樹高20m、幹径60cmに達する。林内にはヤブツバキ・クロキ・オガタマノキ・ヤツデ・タイミンタチバナなど多種類の常緑樹が生じ、林下にはアオノクマタケラン・フウトウカズラ・サカキカズラ・テイカカズラ・ビナンカズラなどが密生する。
 沖の宮社叢は、中心部には地の宮社叢と同じ植物からなる群落があり、海にのぞむ斜面にはハマビワ・トベラ・シャリンバイ・マサキなどの海岸性の低木群落がある。海岸にはハマオモト・ハマウドが生育する。

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                    式内社志々伎神社跡  平戸市野子町

 平戸市街から国道383号線により平戸島の南端、野子町の国道終点「宮の浦」へ向かう。宮の浦まで車は約1時間。
 宮の浦漁港へ出、左方へ行くと角に橋があり小さな川が流れ、川脇にフェンスによって囲まれた一角があり、「式内社志々伎神社跡」碑が新旧石燈籠とともにある。

 現在の志自伎神社地の宮と沖の宮は、この地を挟みすぐ近くの山手と湾内の小島にある。
 志々伎山は途中の野子から写す。標高347m。古期安山岩でできた山。山頂が鋭く尖る。五島列島が一望できる。
 長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

                    式内社志々伎神社跡  県指定史跡

  指定年月日 昭和49年7月2日  所在地 平戸市野子町3172ほか
  所有者 志自伎神社
 式内社志々伎神社は、志々伎山を中心にして上宮、中宮、地の宮、沖の宮の4社と別当寺(円満寺=現在の中宮社)の5つの社殿があり、祭神は仲哀天皇の皇弟十城別王(とわきわけのみこと)である。
 志々伎神社は古代朝鮮との交易、中世における松浦氏との関係において崇敬された神社で、肥前国における式内三社の一つであり、壱岐、対馬の式内社に比べ規模が大きく、式内社としての形を現在までよく伝えている点など歴史的価値が高い。

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           金立神社のナタオレノキは倒れてなかった  平戸市前津吉町

 津吉は平戸島の南部。平戸市街から国道383号線により宮の浦方面へ下る。前津吉町は相浦・佐世保航路がある所で、国道の津吉交差点から左折して「前津吉港」の方へ入る。
 「金立(かなたち)神社」は港の右側海岸通りにあるので、「前津吉」バス停まで行って集落の中の道を通った方がわかりやすく、すぐ近くである。
 Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中の説明は次のとおり。

                        ナタオレノキの大木

 平戸市前津吉町・金立(カナタチ)神社にある。幹周り2m、樹高およそ8m。
 ナタオレノキは九州西岸では、五島列島や男女群島にしか見られず、神社では神木として保護されている。
 地元の人の話では、台風の影響でこのような樹形になったという。すぐ側は海に面していて台風をまともに受けている。幹は空洞になっていて痛々しいが、持ちこたえてほしいものだ。
 上部の枝には多くの葉がついていたが、高すぎて白い花は確認できなかった。訪れたのはキンモクセイの花が満開の10月初旬。 金立神社の社叢は市の天然記念物に指定。

 以上が説明で、最初の写真が同氏が撮影されているナタオレノキの大木である。この木を今回訪ねたのだが、金立神社に見当たらない。
 同氏が危惧されたとおり、空洞があり台風などの強風に持ちこたえきれず、すでに倒れたのではないか。
 鳥居や社殿が写っておらず、前どこに立っていたかわからない。私が写してきたこの倒大木のどれかであろう。神社に人はいなく、話が聞けない。

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