みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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                 長崎孔子廟・中国歴代博物館  長崎市大浦町

 日本で唯一、中国人の手によって建てられた本格的な廟が、長崎市大浦町の「長崎孔子廟」である。創建は明治26年(1893年)。昭和57年(1982)の改築には、中国政府などの絶大な協力を受け、すべての資材や石像などを中国から取り寄せ完工。一新している。
 併設の中国歴代博物館は、中国国家博物館および北京故宮博物院から直接借り受けた文物を展示している。館内は撮影禁止。
 後の写真は、近所に見られる洋風建物。上手は昭和会病院。

 (追 記 平成20年9月28日)
 毎年9月の最終土曜日に午後1時から「孔子祭」が開催されている。入場無料。本年9月27日の孔子祭の様子は、あすみさんブログを参照。
  http://blogs.yahoo.co.jp/takealittlewhile100reasonswhy/36065335.html
  http://blogs.yahoo.co.jp/takealittlewhile100reasonswhy/36067841.html

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               孔子廟のカイノキとシナサワグルミ  長崎市大浦町

 長崎市大浦町の孔子廟。儀門の正面池の縁に一対のカイノキ(楷樹)がある。別名「孔子木」。孔子に関係する所には必ず植えられる樹。
 孔子廟HPによると、本廟創建の明治26年に植えられた。「トネリハゼノキ.ランシンボク」として説明板があった。近くに「シナサワグルミ」も2本あった。
 Otoji.K氏HP「長崎の樹木」の中の街路樹による説明は次のとおり。

                           カイノキ(楷樹)

  ウルシ科ランシンボク属 落葉高木 雌雄異株
 葉は偶数又は奇数羽状複葉だが、頂小葉が欠けることが多く偶数羽状複葉が多い。小葉は5〜9対で卵状披針形。4〜5月、葉腋に円錐花序をだし、淡黄緑色の小さな花を多数咲かす。核果はちいさな球形で藍黒色。秋に紅葉する。
 枝が直角に伸び、葉の成長が整然としていることから「楷書体」にちなんで名がついたとも言われている。ランシンボク、トリネコバハゼノキとも言う。中国原産で、中国では山東省の孔子廟に植えられていることで有名。大正末期に渡来し、学問の木として孔子に縁のある場所に植えられていることが多い。
 長崎市・「孔子廟」のカイノキ。このような木が二本と、若木が数本ある。ハゼノキに似るが、触れたがかぶれなかった。6月で花の時期を逃した。

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                    孔子廟の石橋「碧水橋」  長崎市大浦町

 長崎市大浦町の孔子廟に、昭和57年(1982)モニュメント橋として総大理石の石橋「碧水橋」が造られた。
 「碧水橋」は儀門の正面池にあるが、奥の大成殿と中国歴代博物館との間にも、同じような造りの石橋を見る。手前は自販機部分のようにえぐられていない。
 HP「長崎県の石橋を訪ねて」による説明は次のとおり。

 写真      第 105 番    孔子廟の石橋(碧水橋)    長崎市大浦町(孔子廟)
  昭和57(1982)年    長 さ 約4.5m   幅 員 約1.6m
  総大理石のモニュメント橋。
  孔子の霊をまつる聖廟は、佐賀県多久市や各地に造られているが、中国式建築の聖廟となると、長崎の孔子廟だけではないだろうか? 当時の清国が明治26年に清国の資金と指導で、日本人の手で建てられたという。日清戦争の最中でも、当時の長崎県は華僑の人たちの安全を保障すべき指示を出していた。

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          よみがえる出島 国指定史跡「出島和蘭商館跡」  長崎市出島町

 出島は、日本の近代化に大きな役割を果たした重要な歴史的文化遺産。大正11年(1922)に国の史跡に指定された。
 敷地の完全公有化が終わり、一段と整備されている。庭園を主にスナップ。

 後ろの4枚は、平成20年12月4日に追加。

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               出島和蘭商館跡の「きゃぴたん橋」  長崎市出島町

 出島は、日本の近代化に大きな役割を果たした重要な歴史的文化遺産。大正11年(1922)に国の史跡に指定された。
 「きゃぴたん橋」は、昭和40年の庭園整備事業の一環として造られ、名前は架橋時に愛称としてつけられたもの。袂の布石に石工3人の名を刻む。
 HP「長崎県の石橋を訪ねて」による説明は次のとおり。

 写真     第  67  番    きゃぴたんばし     長崎市出島(出島和蘭商館跡)
  昭和40年      長 さ 約5.0m   幅 員 約1.2m
  出島和蘭商館跡の庭園内に架かる橋。
  小さいが端正な作りの橋。袂の布石に石工の名があり一部「坂本」などの文字が読める。
  きゃぴたん橋は、各種の出島絵図に描かれているアーチ橋を参考に、昭和40年の庭園整備事業の一環として橋の上のブドウ棚と共に作られたものだそうです。名前については、当時の名前の有無も不明で架橋時に愛称としてつけられたものだそうです。
  長崎市教育委員会 出島復元整備室 担当 高田氏の回答による。

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