みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

           国見町の主な石橋  沙川橋・上松橋・天神井手水通橋・石場橋

 国東市国見町の石橋のうち、沙川橋・上松橋・天神井手水通橋・石場橋。石橋のデータと紹介文は、HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋」大分県の石橋による。

 写真   1〜  3    沙川(すながわ)橋
     国見町大字岐部
     橋長:8.4m  橋幅:3.0m  径間:7.3m  拱矢:4.4m
     架設:明治18年
     岐部神社から国道213号線に戻り、300m北西を左折。
     2.2Kmでオレンジロードと交差するが、直進300m先左に架かっています。

 写真   4〜  6    上 松 橋
     国見町大字岐部
     橋長:21.0m  橋幅:3.1m  径間:10.4m  拱矢:
     架設:昭和7〜8年
     沙川橋からオレンジロードに戻り、北東へ600m。左折100m先に架かっています。
     「国東半島最大 自然石利用」の標柱あり。

 写真   7〜  9    天神井手水通橋(てんじんいでみずとおしばし)
     国見町大字岐部
     橋長:9.6m  橋幅:1.6m  径間:7.1m  拱矢:3.5m
     架設:明治5年
     上松橋からオレンジロードに戻り100m南下、よく見ると右手に小道があります。
     下るとこの橋が架かっています。
     探すのに苦労しました。それもそのはず、歩道併設水路橋でした。
     朽ちた標柱には「歩道併設」と記されていました。

 写真  10〜 12    石 場 橋
     国見町大字竹田津 井上  竹田津川
     橋長:13.8m  橋幅:3.6m  径間:10.2m  拱矢:3.5m
     架設:大正初
     国道213号線、香々地町と国見町境の新竹田津隧道のすぐ東から300m南左折。
     200m先に架かっています。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

                 山神社のムクノキ  国東市国見町岐部

 国道213号の適当なところから山腹を行くオレンジ道路へ入る。「岐部隧道」の登りにかかる集落が国見町上岐部。岐部川を渡る橋の少し上流に「山神社」があり、ムクノキの高木が見える。
 HP「人里の巨木たち」大分県による説明は、次のとおり。

 名 称 山神社のムクノキ
 名称の典拠 なし(注1 神社名の読み方については未確認)
 樹 種 ムクノキ
 樹 高 25m(注2 環境庁「日本の巨樹・巨木林 九州・沖縄版」による)
 目通り幹囲 7.5m(注2)
 推定樹齢 300年以上(注2)
 所在地の地名 大分県国東市国見町岐部(注3 2006年3月31日、東国東郡内4町が合併して国東市誕生。旧行政区は東国東郡国見町)
 天然記念物指定 なし
 国東半島の東半分、内陸部をぐるっと半周する広域農道は「オレンジロード」の愛称を持つ。そのオレンジロードが岐部川を渡るあたりに山神社がある(愛用の道路地図には山神宮と記されていた)。
 山神社はどう読むのだろう。「さんじんじゃ」? それとも「やまがみしゃ」? 各地にさまざまな呼称があるため、ここではどう読めばいいのかわからない。早朝のことで、尋ねようにも人の姿がない。とにかく、山の神を祀る神社であることは確かだ。
 近くに達すると、ムクノキの大きな樹冠が見えてくる。付近に視界を遮るものがないため、どの方向からもはっきり見える。当地のランドマークと言ってよい。
 本殿の左手後方(向かって右奥)に立っている。根元付近で急速に太さを増し、しっかり地面を踏みしめている。目通りも十分。しかし、上方に向かって幹囲の減少率が大きいため、幹そのものは、思っていたより細く感じられた。下部には空洞もありそうだが、今のところ樹勢は良さそうだ。葉を繁らせた姿も見事なことだろう。

開く トラックバック(1)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

              弥生のムラ安国寺集落遺跡公園  国東市国東町安国寺

 国道213号の国東町の中心から案内板により、西方の横手川上流平野部へ向かう。「弥生のムラ安国寺集落遺跡公園」と「歴史体験学習館」がある。
 大分県観光情報サイトによる説明は、次のとおり。

     弥生のムラ安国寺集落遺跡公園
 安国寺集落遺跡公園は国の指定史跡です。1800年前の弥生の世界を体感できる体験型の史跡公園内には、太古の営みを再現した高床式建物や竪穴式住居が復元れています。また、遊びながら古代の文化や生活の知恵を学べる「歴史体験学習館」では安国寺式土器を中心に、この遺跡からの出土品を多く展示し、まが玉造りをはじめ、古代の火おこし、土器づくり、編み物やガラス玉造り、古代食体験など盛りだくさんの古代体験が用意してあり 社会見学や家族で弥生時代が楽しめます。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

                 椿八幡社のクスノキ  国東市武蔵町三井寺
 
 武蔵町の中心から両子へ通じる県道55号を1.7kmほど上り、武蔵川に架かる橋(武蔵中学校近く 55号では最初の橋)へ左折する。まもなく椿八幡社へ着く。大きなクスノキは、県道からも見える。
 大分県HP「豊の国の名樹」による説明は、次のとおり。

    特別保護樹木  7.椿八幡社のクスノキ

  樹種名 : クスノキ
  樹 齢 : 950年
  樹 高 : 22m
  幹 周 : 8.4m
  所在地 : 武蔵町大字三井寺
  所有者 : 椿八幡神社
  来 歴
 武蔵町大字三井寺、椿八幡社境内、楼門前の石橋を渡った北側に聳える巨樹。ご神木。県指定特別保護樹木。
 当社は、武蔵郷の旧郷社。社記によると、天平元年(765)、三井の御座所峯に影行、後に現在地に奉斉したと記録されている。クスノキは、現在地に遷座したときに献納し、ご神木として育てられたものと伝えられる。遷座の年は、「椿社縁起」によれば治安三年(1023)、「椿八幡宮大縁起旧規略」によると文永四年1267)となっている。どちらかをとるかで、樹齢140年の開きができる。指定調書は、古い年代を採っている。

 このクスノキは武蔵郷のシンボルとして、遷座以来氏子一同が連綿と愛育してきたところ。武蔵町の町の木にも指定され、武蔵東小学校の校歌にも、「空にそびえる大くすの」と歌われている。亭々と聳えていた樹冠も、戦後の相次ぐ台風の被害で梢頭を欠き、枝葉も透けた姿になっている。社叢にはご神木クスノキのほか、クスノキ2本、ケヤキ1本、タブノキ1本、スギ約20本が成立。目通り周囲は250ー400cm。それよりやや小さいが、珍木としてオガタマノキ1本がある。何れも人手によって移し植えられたもの。旧社屋、旧社叢は野火によって焼失したが、塀の外にあったご神木は、類焼を免れたのだと伝えられる。社殿の再建は延宝六年(1678)、現社叢はそれ以後の造営である。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

                   笑 道?  西海市大瀬戸町多以良内郷

 国道202号線で西海市大瀬戸町多以良内郷まで行く。史跡小佐々城跡登り口のすぐ先、国道左側に「造形 笑道? 202」の家があり、庭に展示している。
 先のバス停「柳口」には、トトロがいた。

 2010年7月の記事は、 http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/62094984.html
 1年ぶりに寄ると、庭の展示が変わっていた。バス停のトトロは盗まれた?らしく、別のかわいいカエル?となっていた。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
みさき/michito
みさき/michito
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事