みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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   長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:5405 アバディーン・ドックのエッソ号 ほか

 HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

 目録番号:5405 アバディーン・ドックのエッソ号

 目録番号:5407 エッソ号と乗組員

 目録番号:5408 アバディーン・ドックとエッソ号

 目録番号:5403 アバディーンドックの廃船

  ■ 確認結果

 目録番号:5405「アバディーン・ドックのエッソ号」、目録番号:5407「エッソ号と乗組員」、目録番号:5408「アバディーン・ドックとエッソ号」は、次の目録番号:5403「アバディーンドックの廃船」と同じく、「撮影地域:香港」となろう。

 イギリス、スコットランド北東部に「アバディーン市」という港湾都市があるが、香港島南部にも「アバディーン」という区域があり、港として発達した。
 背景の山からも、古写真は香港にあったと考えられる「アバディーン・ドック」を写していると思われる。

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       長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:5015 池上本殿寺と僧侶たち

 HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

 目録番号:5015 池上本殿寺と僧侶たち

  ■ 確認結果

 目録番号:5015「池上本殿寺と僧侶たち」の作品。撮影者は、アメリカの立体写真販売会社アンダーウッド&アンダーウッド社の写真師で、1896年または1903〜1904年の来日時の撮影。明治37年(1904)発行の『Japan』というブックケース入りステレオ写真と思われる。
 そのタイトルがどうなっているかわからないが、「池上本殿寺」は「池上本門寺」が正しいだろう。
 現在の池上本門寺、大堂写真は、ギャメロンさん撮影。

 池上本門寺(いけがみほんもんじ)は、東京都大田区池上にある日蓮宗の寺院。寺格は大本山、山号を長栄山、院号を大国院、寺号を本門寺とし、古くより池上本門寺と呼ばれてきた。また日蓮聖人入滅の霊場として日蓮宗の十四霊蹟寺院のひとつとされ、七大本山のひとつにも挙げられている。(ウィキペディア フリー百科事典)

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            長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:4914 山手公園

 HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

 目録番号:4914 山手公園
  〔画像解説〕
  元町百段上からの風景。手前は元町の家並み、堀川の向こうが山下居留地。目立つ建物としては、右端に増徳院の薬師堂、その左遠方に見える2階建ての大きな洋館がグランド・ホテル新館。撮影時期は明治30年(1897)頃か。

 目録番号:4915 横浜元町百段坂からの関内居留地

  ■ 確認結果

 目録番号:4914「山手公園」の画像解説は、次の目録番号:4915「横浜元町百段坂からの関内居留地」の説明である。
 画像解説を入れ間違っている。

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         長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:2454 大阪四天王寺鐘楼

 HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

 目録番号:2454 大阪四天王寺鐘楼
  〔画像解説〕
  聖徳太子建立の七所のひとつ。写真は、五重塔(写真奥)と金堂(手前)。

 目録番号:1241 四天王寺(1)
  〔画像解説〕
  聖徳太子建立の七所のひとつ。写真は、五重塔(写真奥)と金堂(手前)。

  ■ 確認結果

 目録番号:2454「大阪四天王寺鐘楼」と、次の目録番号:1241「四天王寺(1)」は、金堂前に立つ1人の人物から同じ写真である。
 目録番号:2454「大阪四天王寺鐘楼」は、「金堂(手前)」と画像解説しながら、タイトルがなぜ「鐘楼」となるのだろう。タイトルを合わせてほしい。

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       長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号: 402 保津川嵐山 ほか

 HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

 目録番号: 402 保津川嵐山
  〔画像解説〕
  中ノ島から対岸に櫟谷宗像神社を望む。神社の破風がはっきりと見える。川の手前には、茅葺きの四阿屋が設けられ、台に和服の女性がこしかけている。

 目録番号:4210 嵐山温泉近くの茶店
  〔画像解説〕
  嵐山温泉北側の保津川北岸から上流を望む。萱葺の方形屋根の茶店には、壁がなく角材の柱がむき出しとなっている。中には長机と長椅子が置かれ、着物姿の女性が座り休憩している。辺りには植えられたばかりの立木が見える。対岸山腹に見える寺院は妙見堂か。

  ■ 確認結果

 目録番号: 402「保津川嵐山」と、目録番号:4210「嵐山温泉近くの茶店」とは、同じ写真だが、タイトル・画像解説・撮影者が異なっている。
 現在の櫟谷宗像神社の写真は、”京都を歩くアルバム■散策2 嵐山 渡月橋 太秦”、嵐山妙見堂(常寂光寺内)の写真は、”Tasteful Life:京都嵐山・嵯峨野ポタリング”のHPから。

 現地を確認できないため、はっきりしたことは言えないが、保津川の流れ、櫟谷宗像神社や嵐山妙見堂の位置関係・高度、写っている建物の造りなどから考えると、目録番号: 402「保津川嵐山」の画像解説どおり、中ノ島から対岸に櫟谷宗像神社を望んだ写真と思われる。
 撮影場所はほかの所かも知れないので、地元において正確な検証をお願いしたい。

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