みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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            長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:3133 横浜山手

 HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

 目録番号:3133 横浜山手
  〔画像解説〕
  右手の煙突をもつ建物(184番)はオランダ人ストルネブリンク(L. Stornebrink)の経営する機械製氷工場、横浜アイス・ワークス。明治12年(1879)創業のジャパン・アイス・カンパニーに起源をもつ。谷戸坂を挟んで左手はフランス領事館の敷地。

 目録番号: 105 キャンプ・ヒル
  〔画像解説〕
  英語で「横浜のキャンプの丘」とキャプションが印字されている。これは、山手の外国人居留地の一部であり、幕末・明治初期に英仏軍が駐屯していたことから、「キャンプヒル」と呼ばれた。

  ■ 確認結果

 目録番号:3133「横浜山手」は、次の目録番号: 105「キャンプ・ヒル」と同じ写真である。タイトルの合わせると、関連作品となるだろう。撮影者は「日下部金兵衛」か。

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           長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:1145 神戸港(1)

 HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

 目録番号:1145 神戸港(1)
  〔画像解説〕
  海からみた神戸外国人居留地の写真である。

  〔画像解説〕 超高精細画像    和文タイトル: 神戸港(1)
  海(船上)から眺めた神戸港。撮影は明治中期だろうか。居留地から雑居地にかけての海岸通の街並みと、その背後に六甲山系の山並みが連なる。中央の高い山は標高約320mの高取山(たかとりさん)だろう。諏訪山など高台から眺める神戸港は美しいが、海上からの眺めもまた格別である。写真が不鮮明なので建物から撮影年代を推定することは難しいが、左手の帆柱の数多く立っているところは雑居地海岸通4〜5丁目の和船の船溜りで、左に行くと神戸駅用地(現在のハーバーランド)、川崎造船所へと続く。
  海上には外国人の楽しむヨットも見え、明治27年(1894)頃には外国人のヨットクラブ『Kobe Yacht Club』も組織された。六甲山系の山々は、慶応3年12月7日(1868年1月1日)の開港以後来神した外国人たちには、狩猟や登山、ゴルフなど格好のスポーツと娯楽の場となり、新種のカタツムリ(ギュリキマイマイ)の発表など自然科学の研究対象ともなった。

 目録番号:1549 神戸海岸
  〔画像解説〕
  神戸外国人居留地のバンド。護岸、道路、洋館が撮影されている。

  〔画像解説〕 超高精細画像    和文タイトル: 神戸海岸
  雑居地の海岸通2丁目付近。明治10年頃から20年代はじめの撮影であろう。このあたりには早くから外国人に永代貸しされた地所も多く、洋風の商館やレンガ造の倉庫、日本式家屋や土蔵が入り混じって建ち並び、雑居地らしい趣を伝えている。
  なかほどの突堤の付け根の向こうに側に見える建物は、西税関の建物のひとつであろう。初代神戸港長(Harbour Master)のイギリス人マーシャル(John Marshall)は、明治20年(1887)8月に亡くなるまで、西税関の港長のオフィスで港内の潮汐干満の調査や気象観測を行い、港則の立案や築港計画の作成に携わった。そこの小さな小屋に据えつけられた大砲からは正午に1発ドンと午報が放たれ、神戸中に響きわたって昼休みの訪れを告げたという。中央の竿に刺さったような丸い物体は、正午になるとスッと下へ降りて港内の船に時刻を知らせるタイム・ボールである。中央の高い山は高取山(たかとりさん)だろう。

  ■ 確認結果

 目録番号:1145「神戸港(1)」は、「海からみた神戸外国人居留地の写真である」、「海(船上)から眺めた神戸港」と画像解説している。「背後に六甲山系の山並みが連なる。中央の高い山は標高約320mの高取山(たかとりさん)だろう」は、間違いないだろう。

 高取山の同じような光景は、海(船上)からでなく、次の目録番号:1549「神戸海岸」のとおり、「神戸外国人居留地のバンド」突堤の先端あたりから、北西に港を入れて撮影できると思われる。
 当時の写真機では、揺れる船上からの撮影は困難ではないか。長崎の作品にも例が多い。

 現在の神戸市街から見た「高取山」は、HP「ごべるん〜変化していく神戸〜」長田区高取山から。「4.明治二年兵庫津細見全圖 1868」は、HP「文化歴史資料館 風土誌科研究所」(大阪府守口市)所蔵資料から。

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            長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:1107 杉並木

 HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

 目録番号:1107 杉並木
  〔画像解説〕
  整理番号8-24「日光街道の杉並木(3)[今市]」と非常に類似しているので、本写真も日光街道の杉並木を撮影したものと考えられる。撮影者も同じ小川一真である。

 目録番号:4724 日光街道の杉並木(22)
  〔画像解説〕
  日光街道の杉並木は徳川家康の三十三回忌にあたり松平正綱が寄進したものである。画面の奥に見える建物は今市の追分地蔵付近ではないかと思われる。梢の上には道なりに空が見える。当時は、月明かりや星明りを頼りにして、空を見ながら夜道を往来できたという。

 目録番号:5043 日光街道の杉並木(25)
  〔画像解説〕
  日光街道の杉並木は徳川家康の三十三回忌にあたり松平正綱が寄進したものである。画面の奥に見える建物は今市の追分地蔵付近ではないかと思われる。梢の上には道なりに空が見える。当時は、月明かりや星明りを頼りにして、空を見ながら夜道を往来できたという。

 目録番号:5476 日光街道の杉並木(28)

  ■ 確認結果

 目録番号:1107「杉並木」は、写真右の杉の根元(青線囲い)に特徴がある。
 次の目録番号:4724「日光街道の杉並木(22)」、目録番号:5043「日光街道の杉並木(25)」、目録番号:5476「日光街道の杉並木(28)」とも、同じ場所の杉であることがわかる。

 場所は、4枚目の目録番号:5476「日光街道の杉並木(28)」キャプションにあるとおり、「745 
IMAICHI RORD NIKKO」。日光街道「今市」の杉並木であろう。
 掲載は略したが、小川一真撮影の整理番号8-24「日光街道の杉並木(3)[今市]」は、目録番号: 350 の作品。杉並木の作品は、撮影地域を「日光」あるいは「今市」と分かれて整理しているので、調整が必要。「日光」で良いと思われる。

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