みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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       3−特 戸町岳新戸町登山口 (確認 長崎要塞第三地帯標 第二十五号)

 長崎市立戸町中学校裏交差点から、円成寺新戸町霊苑を通り、車道終点の一軒家横から戸町岳への登山道に入る。標石は山道を100mほど進んだ左手にある。上部が欠け石の後ろにあり、登りのときはよほど注意しないと、標石とは気付かない。きょうも行きがけ素通りした。
 登山道下は現在、新戸町4丁目の大型団地222区画「ウェリスパーク南長崎」が部分完成して分譲中。団地の「新戸町配水槽」建物のちょうど上の場所のフェンス反対側に、標石はある。団地内の道路からも登山口へ出られる。

 私はこの登山道を、幾度となく通った。草つきにも隠れていたのだろう。まったくこれまで気付かなかった。下りのときも団地開発の方へ目が向きがちだった。
 標石は2009年3月1日、会の例会「土井首から熊ヶ岳・戸町岳へ」のとき、戸町岳からの下りで、後ろを歩いていた宮さんらが見つけ写真も撮影していた。その話をきょう、初めて聞いた。現地をきょう宮さんと訪ね、標石を確認してきた。

 標石の刻面は、「陸軍省」「長崎要塞第三地帯標」「第二十五号」「明治三十ニ年六月十日」。
 なぜ「第三地帯標」なのだろう。「長崎要塞地帯略図」に合わないような地点で、「2−特 大崎林道鹿尾町尾根」の標石と同じ。鹿尾町のは「長崎要塞第三地帯標」「第十八号」、改刻部分は「2ndZ」とある。
 ここ新戸町のも、上部が欠けわからないが、同じような改刻標石で「2ndZ」とあったのではないだろうか。「第二地帯標」と思われるが、上部は欠けているのは細工をしたような感じもする。
 要塞法は数次の改正があった。区域の変更、標石の改刻・転用などがあったりして、頭が混乱している。

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                  長崎要塞第二地帯標 香焼調査は見当たらず

 わが家から見える伊王島大橋。左の高い山は、大橋を渡った沖ノ島の「遠見岳」。山頂「遠見所」跡で4月1日、「長崎要塞第二地帯標 第十四号」が見つかったことにより、香焼側の尾ノ上海岸竹崎鼻の山(54mピーク)、安保の香焼新トンネル上の山(92mピーク)も、念のため調査。
 「長崎要塞地帯略図」により、4年前、栗ノ浦地区や、深堀赤土から香焼にかけての海岸は調査済みであったが、地帯標の標石は発見できなかった。

 きょう4月7日、宮さんを同行。2つのピークを調査する。尾ノ上海岸竹崎鼻の山(54mピーク)は、山頂に平らな広場があったが、標石類は何もなかった。
 安保の香焼新トンネル上の山(92mピーク)へすぐ移動。恵里団地上の栗ノ浦との里道峠の所から尾根伝いで行く。基準点のようなものは、かなり離れた高台にあった。途中、炭鉱の試掘のような場所があっただけ、こちらも標石類は何もなかった。

 きょうの成果は、車に戻る直前、宮さんが「戸町岳の新戸町登山口で、要塞地帯標を見た」と話す。それも2年前の会の例会、戸町岳下りのとき。おやおや、その標石は私はまったく知らない。「新発見だ!」とすぐ新戸町登山口へ向かった。(これは次の記事へ)
 佐世保市の高橋さんが、きょう沖ノ島「遠見岳」の標石調査に来てるはずだが、連絡が取れない。高橋さんにとっては残念なこととなった。

 宮さんの調査同行記事は、 http://blogs.yahoo.co.jp/khmtg856/27574300.html

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