みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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         長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号: 303 松島(1) ほか

 HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

 目録番号: 303 松島(1)
  〔画像解説〕
  日本三景の一、松島。湾内には波の浸食を受けた様々な形の島が浮かぶ。八百八島と称されるが実際には210数島。写真では、頂に松を載せた角錐形の美しい島が三つ、ちょうど三角形の頂点に立つ形で並んでいる。

 目録番号:4459 松島(16)
  〔画像解説〕
  隣接の鳴瀬町の野蒜海岸にある小岩峰で不老山と呼ばれているが、漂砂の堆積と隆起傾向にある地盤変動により、現在は島の全てが完全に陸地化しており、松林の中にある状況である。背後は海水浴場と宮戸島の山並みである。

  ■ 確認結果

 目録番号: 303「松島(1)」は、次の目録番号:4459「松島(16)」の画像解説どおり、宮城県桃生郡鳴瀬町(2005.4.1合併により東松島市となる)の野蒜海岸にある「不老山」である。
 ポケットブックス | アンティーク絵葉書専門店 宮城県商品一覧にも、「93645宮城 松島 不老山」として同じような景色の写真がある。

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          長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:5067 鉄製外柵と宮廷

 HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

 目録番号:5067 鉄製外柵と宮廷

  ■ 確認結果

 目録番号:5067「鉄製外柵と宮廷」は、外国ではない。東京都港区元赤坂にある「旧東宮御所」(現在の「迎賓館赤坂離宮」。明治以降の建築物では、国宝第1号)である。
 ポケットブックス | アンティーク絵葉書専門店 東京都商品一覧に「4454東京 東宮御所」をはじめ6点がある。次の他店の絵葉書も見る。

 現在の写真は、ブログ「テニスとランとデジカメと」2010年6月の記事から。記事は次のとおり。
  ベルサイユ宮殿を彷彿とさせる赤坂迎賓館
 迎賓館は、かつて紀州徳川家の江戸中屋敷があった広大な敷地の一部に、明治42年(1909)に東宮御所(後に赤坂離宮となる。)として建設されたもので、当時日本の一流建築家や美術工芸家が総力を挙げて建設した日本における唯一のネオ・バロック様式の洋風建築物である。
戦後、わが国が国際社会へ復帰し、国際関係が緊密化してゆくなかで外国の賓客を迎えることが多くなったため、「旧赤坂離宮」を改修して迎賓館とすることになった。

 なお、「東宮御所」の作品は「写真の中の明治・大正 ー国立国会図書館所蔵写真帳からー」にも、次のデータにより掲載されている。
 掲載資料 東京府名勝図絵  刊行年 明45.5  請求記号 YDM24135
 住所表記(明治期) 赤坂区元赤坂町  住所表記(現在) 港区元赤坂
 江戸期(末期) 紀州徳川藩邸  現在(平成19年1月現在) 迎賓館

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                 長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:6772 猿橋(2)

 HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

 目録番号:6772 猿橋(2)

 目録番号:4279 猿橋
  〔画像解説〕
  山梨県大月市猿橋町に所在する桂川に架けられた猿橋である。猿橋は「木曽の桟(かけはし)」「周防の錦帯橋」とともに日本三奇橋と呼ばれ、昭和7年(1932)に国名勝に指定された。猿橋は橋脚を用いない「ひじ木けた式橋」である。写真は桂川の上流部から猿橋を望み撮影されたものであり、橋の上に多数の人物が写っているが、撮影時期等は不明である。

  ■ 確認結果

 目録番号:6772「猿橋(2)」は、次の目録番号:4279「猿橋」と同じ写真である。〔撮影者:A.ファサリ〕であろう。
 HP「広重再考」から安藤広重作 「甲陽猿橋の図」と現在の「猿橋」(猿橋-水路-国道20号)。

(2016年2月10日 追 記)
 「猿橋」の現在の写真を末尾に2枚追加。ギャメロンさんのブログぶら〜り日記から。

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    長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号: 413 頭で荷物を運ぶ女たち(1) ほか

 HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

 目録番号: 413 頭で荷物を運ぶ女たち(1)
  〔画像解説〕
  解説はないが、京都の大原女と思われる。街道を行く娘たちは着物の裾をたくし上げ、手甲、脚絆をつけ、首に手拭いを巻き、頭に手拭いでほっかむりをしている。前掛けをしている女性もいる。頭上の荷物は風呂敷包みである。

 目録番号:4401 頭で荷物を運ぶ女たち(2)   (同写真 掲載略。撮影者:小川一真か)
  〔画像解説〕
  大原女姿の五人の女性が頭を手ぬぐいで覆い、その上に荷物を載せ、街道を歩いている。脚絆を巻き、草鞋姿で、腰帯の結び方から見て、かなりの距離を歩く様子のように見える。

 目録番号:1892 頭に荷を乗せて運ぶ人びと
  〔画像解説〕
  どてら風の服に手拭いを垂らし、草鞋履きの男たちが頭に荷物をのせて一列にならんで歩いている。珍しい光景のため、撮影したのだろうか。

  ■ 確認結果

 目録番号: 413「頭で荷物を運ぶ女たち(1)」と、目録番号:4401「頭で荷物を運ぶ女たち(2)」(同写真 掲載略)は、京都の大原女の風景であろう。
 ポケットブックス | アンティーク絵葉書専門店 京都府商品一覧に「34042京都 彩色 大原美人」、キャプションに「KYOTO」とある。

 後の目録番号:1892「頭に荷を乗せて運ぶ人びと」も、〔撮影者:小川一真〕であり、同じ京都の大原の風景と思われる。

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