みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

                   「陸軍地」の境界石柱  長崎市西町

 本ブログを最近見はじめた onn*n*miyak**007 さんから、標石の情報コメントをもらった。
 「今日(2012/1/29)、西町小学校裏手で、「陸軍地」という標識を見つけました。場所は、わかりずらいですが、西町12の表示板がありました。西町から小江原に抜ける道の手前から、左の小道に入ったところです」
 標石に関心を寄せたこんな情報は嬉しい。年末には鹿児島の方が、金比羅山で陸軍要塞標を偶然見つけ、わざわざ知らせてくれた。

 長崎市西町の標石は、正面のみ「陸軍地」と刻む。 15cm角、高さ44cmほど。軍の境界石柱と思われる。場所は、長崎市立西町小学校裏手というより、小学校入口前の交差点を直進。最近開通した「市道油木町西町線」を上がる。
 長崎大国際交流会館の先に「合同宿舎西町住宅」があり、このビル裏手の高台小道にあるので、市道がUカーブしたところを途中まで登り、左のまっすぐな小道を50mほど下った方がわかりやすい。

 10街区「松崎」宅の玄関対面。「西町12」の街区表示板は、街路灯に設置されていた。付近は現在、長崎拘置支所、白鳥公園・大アパート群などもあり、広大な谷間の平野部である。戦時中まで、軍用地として使用されたろう。何の施設だったかは、どなたかに調べてもらいたい。
 あたり一帯を広く探したが、ほかに同じ境界石柱は見当らなかった。この1本だけ、原子爆弾や都市開発にのまれず、残った貴重な標石ではないだろうか。
 なお、ブログを見たら私を引用し、この標石は2009年5月紹介されていた。髭親父さん。失礼しました。http://blogs.yahoo.co.jp/bikeroyaji/27173474.html

 「長崎要塞地帯(区域)標」の外、陸・海軍の軍用地又は境界石柱は、長崎近郊では次の場所にも残っているのを確認している。
  浜平1丁目  http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/18348274.html
  南山手町   http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/13242240.html
  神の島周辺  http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/13791515.html
  野母権現山  http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/11490862.html

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

           長崎奉行所立山役所の境石「従是御立山」  長崎市立山1丁目

 長崎市立山1丁目の諏訪公園内。大クスノキ内の急カーブ市道を「六角堂」の広場まで登る。市道左手カーブミラーの石垣下を覗くと、「従是御立山」と刻まれた中くらいの自然石が見える。刻面がこちらを向いている。

 長崎webマガジン”ナガジン” 発見!長崎の歩き方「お諏訪の杜の庭園伝説」(2009年12月)による説明は、次のとおり。  http://www.at-nagasaki.jp/nagazine/hakken0912/index.html
 地元お住いの井村啓造さんの話。六角堂一帯の“石ヶ原”も、東照宮に対する畏敬の念を現すために造られた庭園だったのではないかと推測している。
 
…井村さん「子どもながらに、ウチはよその家と何か違うな、と思ってましたね。」
 聞くところ、かつては料亭を営んでいたのだそうだ。こんな高台の、当時ではとても不便そうな場所に「料亭」? そんな、子どもの頃の井村さんの遊び場所は、もちろん、お諏訪さんの境内だった。「六角堂」が整備されたのは、今から約30年前。井村さんの子ども時代のこの辺りには、木々がうっそうと茂り、巨大な自然石がゴロゴロ転がった、格好の遊び場。

井村さん「ここ石の上を、ぴょんぴょん跳んで遊んでいたんですよ。」
 また、木々に覆われたこの辺り一帯が探検にうってつけの場所だった。仲間達と駆け廻る中、それほど気にも止めずに見ていた石に刻まれた文字。当時は、「…立山」。”立山”の文字しか見えなかった。

井村さん「それが、大人になってから気づいたんですよ。この石に刻まれた字が、“従是御立山”、つまり、ここからが長崎奉行所立山役所の敷地だという境界を示す石だということをね。」
 
 茂った草で下の方は見えづらいが、草をよけると確かにその石には刻まれていた。位置的に何の疑うべきところもない。大きさからいっても、どこからか運んできたものとは思えない。立山役所の時代からこの場所に鎮座してきた石なのだ。そして、周囲には他にも大きな石が散在している。

井村さん「すると、この石を境にして、立山役所と諏訪神社と、くぎられていたってことですよね。当然、この道はまだなく、このような自然石がもっとあったんです。」…

全1ページ

[1]


.
みさき/michito
みさき/michito
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事