みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

               長崎名勝図絵の風景  31  萬 福 寺(淵神社)

 「長崎名勝図絵」は、長崎奉行筒井和泉守政憲の命を承け、当時長崎聖堂助教で儒者であった、西疇 饒田喩義強明が、野口文龍渕蔵の協力を得て編述し、これに画家の竹雲 打橋喜驚惟敬の精緻な挿絵を加え、完成したもので、執筆は文化、文政年間(1804−1829)であったと思われる。平易に読める文体に書き改めた詳訳が、丹羽漢吉先生の訳著によって、長崎文献社から長崎文献叢書第一集・第三巻「長崎名勝図絵」として、昭和49年(1972)2月発行されている。(発刊序から)

 本ブログ「長崎名勝図絵の風景」は、主な図絵について現今の写真と対比させる試み。デフォルメされた図絵が多く、現在ではそのとおりの風景はほとんど写せない。おおかたがわかる程度の写真として撮影している。解説は詳しく引用できないので、図書を参照していただきたい。
 淵神社の境内は、稲佐山山頂と結ぶ長崎ロープウェイの発着駅となっている。福山雅治は、ここの宝珠幼稚園に通った。

  長崎名勝図絵 巻之三   西邊之部

 203  宝珠山能満院萬福寺  (文献叢書 186〜189頁  所在地 長崎市淵町)

  稲佐村にある。俗に稲佐辦才天社と称する。新義真言宗 寺は海岸にあり、上の山を妙見岳或いは虚空蔵岳という。山頂に虚空蔵と玄武神〔北方の神〕を祀る妙見祠があったからである。この山の別名は宝山(ほうざん)。これをのちに宝珠山と改めた。樹木が生茂って山の姿が、きれいな宝珠の形をしている。山頂の妙見祠も、麓の辦才天祠も共に、年を経て荒廃していたのを、正保4年(1647)僧龍宣〔延命寺開山〕が辦才天の像と祠を再建し、寺を重修した。すべて古制に復したが、妙見は祀らず、寺の名を宝珠山萬福寺と号した。寺地は山を背にし、海に臨み、景勝の地である。渕村の総鎮守として、沿岸の諸村では毎年祭礼を執行する。海岸に石鳥居がある。…

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

     長崎の幕末・明治期古写真考 目録番号:5258 茂木長崎ホテル(4)の訂正記事

 HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。

 目録番号:5258 茂木長崎ホテル(4)

  ■ 確認結果

 きょう、2012年3月31日付朝日新聞長崎地域版「長崎今昔 長大写真コレクション」に掲載されたのは、「石炭積み込み 客船の船腹に沖仲仕」。
 今回の古写真考でふれるのは、この記事ではない。左下横の「訂正記事」。
 まず本ブログの次の記事を参照。 http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/66346263.html

 訂 正 17日付「長崎今昔」で「道長エイが外国人のための茂木長崎ホテル(のちのビーチホテル)を建てます」とあるのは、「道長エイが『茂木ホテル』を購入し、外国人のためのビーチホテルと改称します」の誤りでした。当時、茂木には「茂木長崎ホテル」(のちの松柏楼)と「茂木ホテル」の二つがありました。記事についている写真も道長エイが購入した「茂木ホテル」とは別の「茂木長崎ホテル」でした。訂正します。

 先々週3月17日紙面で、目録番号:5258「茂木長崎ホテル(4)」の作品を。道長エイが建てた「茂木ホテル」と解説していたので、そのほかの疑問点とともにすぐ間違いを朝日新聞へ知らせた結果の、きょうの訂正記事である。
 訂正されたのは了とするが、執筆者が訂正されたのなら、読者に配慮したもう少し懇切な記事とならなかったろうか。茂木とは関係ない「石炭積み込み」を次回にまわしてでも、本文において正しい「茂木ホテル」の記事を掲載してほしかった。写真は次の作品の収集に努めてもらいたい。

 茂木町「裳着神社の由緒」現地説明板に、茂木ホテル(後のビーチホテル)の古写真があるので、後ろに載せた。両ホテルの造りと建物背後の山手の違いを良く見てもらいたい。
 本ブログ次の記事を参照。  http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/47929996.html
                    http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/53961877.html
 また、ブライアン・バークガフニ氏の研究紀要「古写真と絵葉書に見る茂木街道」が、長崎大学附属図書館「古写真研究 第3号」2009年5月発行57〜62頁に掲載されている。これにも詳しい茂木ホテルの写真がある。
 本ブログ次の記事を参照。  http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/64802153.html

 長崎大学は古写真研究の基本的なことが、おろそかになっていないだろうか。世界に誇る古写真コレクションなのに、国登録有形文化財のボードインアルバム、F.ベアト、地元の上野彦馬など貴重な作品の、現地調査がほとんど行われず正しい検証がなされていない。本ブログで以前から何度となく指摘している。
 国の科学調査研究費の補助を受けて構築されたデータベースである。国民の文化啓発のための作品であろう。長崎大学や執筆者のみの占有古写真ではない。学生にまかせた方が研究となり、データベースも臨機応変にすぐ正しいものに改善されるだろう。

 現在のテータベースの古写真解説などには、閲覧者や利用者、出版社など非常に困惑している。文化庁に昨年8月、国費の返還を含め長崎大学学長を指導するよう要望したが、今もって回答がない。これで良いと思っているのだろうか。
 朝日新聞も自身で事前にチェックを入れないと、権威が疑われるような不名誉な紙面が多い。
 私もこれ以上、いちいち言いたくない。決して中傷ではない。長崎大学側の貴重な古写真研究とデータ管理体制に問題があることを指摘している。

全1ページ

[1]


.
みさき/michito
みさき/michito
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事