みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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          2−L 深堀城山山頂  (確認 長崎要塞第三?地帯標 第八号)

 深堀城山は、山頂を囲むように円形の石垣城塁が築かれ、中心に八幡神社が祀られている。すぐ近くに三角点標高350mとともに「陸軍省」の標石のあることは人に知られ、「長崎県の山歩き」にも記録されている。
 標石「長崎要塞第二地帯標」「第八号」である。
 高橋氏は先年、登路を間違え苦労されたが、城山山頂へ登り標石を確認されていた。深堀村と土井首村の村境にあり、略図の地点に間違いない。

 この項は、本ブログ次を参照。  http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/17373855.html
 以上は2007年8月16日の記事であるが、 深堀城山山頂には、この「長崎要塞第二地帯標 第八号」とは別に、50mほど離れた広場にあと1本、同じような要塞標が残っていることがわかった。

 先日2月24日(日)、景観まちづくりトーク&ウォーク「俵石城の縄張り構造と深堀氏」の際、配られた講演資料「俵石城縄張り図」(村田修三氏作図 *畝状竪堀群は未調査)に、この標石が表示されている。
 これまで存在を知らなかったので、おかしいなと思いながら、深堀城山へ着いてから山頂広場を調べた。確かに50mほど離れて、あと1本があったのである。

 標石は、写真のとおり。刻面は「長崎要塞第三地帯標」と違うが、ここは本来「第二地帯標」が立つ区域。「第八号」だから、同じ標石と見てよい。
 なぜ2本残ったか。要塞法はしばしば改正があり、標石の転用・改刻も多く、真相は不明。

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              深堀にもあった「ゆうこう」の木  長崎市深堀5丁目

 2月24日(日)景観まちづくりトーク&ウォーク「俵石城の縄張り構造と深堀氏」の際、参加者の方から「自宅の庭にある」と聞き、ウォーク終了後に訪ねた。
 深堀5丁目の「深堀貝塚遺跡資料館」の車道向い側、浦川さん宅の広い庭。幹囲60cm、樹高5mほど。2本あったが、1本は枯れた。
 土井首や大籠には多くあるが、深堀の町中で初めて見つかった「ゆうこう」の木である。

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