みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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                       新町台場・跡  日向市美々津町新町

 サイト「近世以前の土木・産業遺産」宮崎県リストによるデータは、次のとおり。国道10号美々津大橋を渡り美々津重要伝統的建造物群保存地区へ下る。上町筋の地区はずれにストアーがあり、後ろ側に八坂神社がある。
 神社左手に最近整備された津波除け高台へ上がる石段があり、石段途中に見られる左側竹藪の土塁が奥まで長く続き、ここが新町台場・跡と、日向市文化財係に確認している。

      新町台場・跡 しんまち
日向市 八坂神社・横 台場(土塁) 文久2(1862) 市教委 山中に土塁が残る(ブッシュがひどい) 4 C

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                美々津の道路元標  日向市美々津町石並地区と新町地区

 美々津の道路元標は、次のHPを参照。 http://nanjaroka.jp/siseki/mimitu/douhyou/index.html
 刻字の説明があった。

      美々津道路元標

 美々津町石並地区と新町地区の境界は海岸に面し、そこを通る旧道に美々津道路元標が立っています。
  裏 面:「明治三十五年七月建設」
  正 面:「距宮崎元標拾参里参拾四町拾参間参尺」
  右側面:「都農へ貮里貮拾丁拾七間貮尺」
  左側面:「距大分県管轄境拾五里参拾四町貮拾4間」と刻字されている。
 美々津には明治4年(1871)から同6年1月までの短い期間でしたが、美々津県庁がおかれ、さらに港町として栄えたことから豊後街道の重要な拠点であったことが伺える。

 上町筋が豊後街道ですが、大正時代までの豊後街道は、宮崎〜延岡間すらも道幅はわずか2m。現在の私たちの思う道路とはまったく異質のものであったのです。

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               日向市美々津重要伝統的建造物群保存地区  日向市美々津

 日向市HPの歴史・文化による説明は、次のとおり。

      日向市美々津重要伝統的建造物群保存地区

 伝統の文化と街並みが残る美々津神武東征御船出の地として広く知られている美々津の町には、おきよ祭りなど、お舟出の地にふさわしい多くの伝承行事が残されています。その美々津の河口に注ぐ、約70キロの耳川は、九州山脈を東西に蛇行する深い渓谷に育まれながら、四季の香りにつつまれたすばらしい景観と、その流域に生きる奥日向の人々のおりなす風物詩とともに、古戦場として今なお秘められた足跡を残しています。そして、江戸時代から明治時代に全盛をきわめ、日向(宮崎県)と京阪神との経済、文化交流の拠点であった美々津の町並みは、その河口にあります。
 廃藩置県時代の美々津県庁跡から一望できる美々津の町並は、虫籠窓や京格子をはじめ、通り庭風の土間に代表されるように、京都や大阪の町家造りを取り入れたものとして注目され、上町、中町、新町の通りは、今なお当時の面影を残しており、道行く人々の足をとめています。とくに、昭和55年日向市に寄贈された市指定文化財(伝統的建造物)「旧廻船問屋、元河内屋」は、昭和57年、国県の補助を受け、総工費約6,000万円をかけて安政2年(1855年)の商家「河内屋」に復元されたもので、日向市歴史民俗資料館としてに開館し、全国的に珍しい河口に面した港のある江戸時代の町家をしのぶことができます。

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                          幸脇遠見・跡  日向市幸脇

 サイト「近世以前の土木・産業遺産」宮崎県リストによるデータは、次のとおり。美々津大橋近く幸脇小学校手前の交差点から国道10号の旧道である右上市道に上がる。旧幸脇峠に遠見減圧槽があり、峠から少し下ると右手に狭い車道が、山を巻きながら上がっている。この道はKDDI美々津無線基地局に通じ、さらに上にNTTドコモ美々津基地局のアンテナ塔がある。
 日向市文化財係に確認したところ、幸脇遠見・跡はこのNTTドコモ美々津基地局の場所と確かに聞いたが、地元の話は講座で訪ねたとき、この先雑木林に入り岩場のような所まで行ったという人もおり、付近を探したが、良くわからなかった。

      幸脇遠見・跡 さいわき
日向市 幸脇 江戸期 市教委 4 C

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                         牧島台場・跡  日向市日知屋

 サイト「近世以前の土木・産業遺産」宮崎県リストによるデータは、次のとおり。JR日豊本線日向市駅東となる国道10号鶴町交差点から左折、細島港の方へまっすぐ進む。県道15号畑浦交差点に出て、すこし北上すると幡浦に牧島山のある半島入口がある。
 愛宕神社を過ぎ、幡浦加圧ポンプ場前の左坂道へ上がり、住宅地内を通って車道を最奥まで進むと、岬の東端となる「松ヶ鼻」の案内標識がある。日向市文化財係に確認したところでは、ここから右下の磯場へ向かう山道の途中一帯に、牧島台場・跡の土塁や石垣が残っていると聞いた。
 台場の西に繋がる(車道手前などにある)の塹壕は、西南戦争の時に、台場をより強固なものとするために薩摩軍が築いたと考えられていたが、これは広報ひゅうがの2012年6月号歴史探訪記事を参照。

      牧島台場・跡 まきしま
日向市 牧島山・東端付近 台場(石塁) 文久2(1862) 市教委/現地解説板 山中に石塁や土塁が残る 岬の先端(延岡藩の牧場のあった場所を、幕末に台場として整備)/地元では「東九州屈指」と評価されている 3 B

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