みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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                       去川のイチョウ  宮崎市高岡町内山

 現地説明板は、次のとおり。宮崎市街から国道10号により大淀川沿いに遡る。高岡町赤谷交差点で国道268号と分岐するが、左折した国道10号をそのまま進むと、去川小学校前に案内板がある。

      去川のイチョウ  国指定天然記念物 指定年月日 昭和10年12月24日

 このイチョウは、島津藩主初代忠久公(1179年〜1227年)が当時、薩摩街道であったこの地に植えられたものと伝えられています。
 この事から推定しますと、樹齢は約800年と考えられます。
 幹の周囲約10m、高さ紛約41m、枝張りは東に約10.3m、西に約13.0m、南に約10.2m、北に約16.1mあります。
 幹は、空に向かって大きくのびており、太い枝が少ないのが、このイチョウの特徴で、秋には多<の実をつけます。
      平成5年3月22日  宮崎市教育委員会

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               去川関所御定番 二見家住宅(主屋一棟)  宮崎市高岡町内山

 現地説明板は、次のとおり。宮崎市街から国道10号により大淀川沿いに遡る。高岡町赤谷交差点で国道268号と分岐するが、左折した国道10号をそのまま進むと、去川小学校前に案内板がある。

      去川関所御定番 二見家住宅(主屋一棟)  市指定有形文化財 

 二見家は、去川の関所の御定番を勤めた家です。関所が設置された天正年間(1573年〜1591年)以降、代々この地に居住してきました。
 二見家住宅の建築様式には、『二棟造り(分横型)』と呼ばれる南九州の民家の特徴が取り入れられています。右側の棟は『座敷棟(オモテ)』と呼ばれ、来客を迎える接客空間として利用され、左側の棟は『居室棟(ナカエ)』と呼ばれ、二見家の私的な空間として利用されました。
 二見家住宅は、同家に残された古文書に『去川御仮屋』と記されています。『御仮屋』とは、薩摩藩では地頭や領主の詰所のことを言い、同様に二見家住宅が公的な『役所』として位置づけられていたことがうかがえます。藩主など、薩摩街道を通行する上級身分の善が宿泊・休憩する建物としても使用され、嘉永6年(1853年)には藩主島津斉彬、明治4年(1871年)には勅使岩倉具視がこの建物に立ち寄りました。
 建築の時期は、解体時の調査、及び二見家文書の記述によって『座敷棟(オモテ)』が安政2年(1855年)、『居室棟(ナカエ)』が明治28年(1895年)とわかりました。」
      指定年月日 平成16年10月13日  宮崎市教育委員会

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