みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

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長崎要塞地帯標・軍港境域標

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    2−特 竿浦町大山祇神社北上の尾根  (確認 長崎要塞第二地帯標 第十二号)

 長崎要塞第二地帯標「第十一号」を、2013年5月25日、地元の落矢八郎氏がジョギングの途中、竿浦町大山祇神社入口の100mほど手前、サイクリング道路山手側の赤道で発見し、私がきょう現地確認したことは、前の記事とした。

 サイクリング道路から注意すると、石段登り口すぐ上に「第十一号」標石が見える。深堀城山の「第八号」と結ぶ落矢ダム尾根の要塞標が「第十三号」だから、ここに「第十一号」が現存するなら、次の「第十二号」もあるはずと思い調査した。

 この赤道は、登って行くと、「第十三号」のある落矢ダム尾根と合する。見込みどおり、その途中の尾根道に「第十二号」標石が立っているのを見つけた。大山祇神社の北側上となるあたりの尾根道である。「第十一号」から約20分登る。「第十三号」とのちょうど中間くらいの地点。
 「長崎要塞第二地帯標」「第十二号」である。16cm角、高さ70cmくらいの標石。

 竿浦町大山祇神社奥の橋を渡り、落矢ダム尾根に出て八郎岳へ登ったことは数回あるが、この「第十二号」が立つ尾根道は、はじめて歩いた。八郎岳鹿の最たる生息域。けもの道に入り込まないよう。「第十一号」「第十二号」の現存が判明したから、深堀城山側の「第九号」「第十号」の調査は、これからしたい。

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       2−特 竿浦町大山祇神社近く  (確認 長崎要塞第二地帯標 第十一号)

 長崎要塞地帯略図には、第二地帯標として深堀城山に「第八号」、落矢ダム尾根に「第十三号」が示され、現存を確認している。
 これを結ぶ線上の竿浦町山中で、新たに「第十一号」と「第十二号」が見つかった。

 「第十一号」については、八郎岳と落矢の地名から名をとった地元の落矢八郎氏HP「とはち通信」第17号を参照。2013年5月25日、同氏が「新たな発見(号外)」として、ジョギングの途中、発見したことを掲載していた。
  http://www016.upp.so-net.ne.jp/tohachirou/newpage2.htm

 発見場所の説明と地図が、はっきりしない。ジョギングとは、サイクリング道路を走っていて、竿浦町大山祇神社入口付近で、見つけたようである。
 きょう、現地確認した。場所は大山祇神社入口の100mほど手前。サイクリング道路は左へ向かい山手側の赤道に、注意すると石段登り口すぐ上にこの標石が見える。

 「長崎要塞第二地帯標」「第十一号」である。16cm角、高さ60cmくらいの標石。私はこれまで草住町一帯を探したことはあったが、竿浦町一帯は未済だった。
 さて、「第十一号」が現存するなら、次は「第十二号」だろう。この赤道は、登って行くと、「第十三号」のある落矢ダム尾根と合する。見込みどおり、その途中の尾根道に「第十二号」が立っていた。これは次の記事へ。深堀城山側の「第九号」「第十号」の調査はこれからしたい。

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              嬉野の元海軍病院跡と、韓国の釜山加徳島の標石

 佐世保市の高橋氏から送られてきた資料。嬉野の元海軍病院跡とは、現在の「独立行政法人 国立病院機構嬉野医療センター」。山の中で見つけた「海軍用地」の標石と、「底栗車之塔」(実験動物慰霊塔)の現地写真はなかった。
 釜山加徳島 日本軍砲陣地跡の標石資料は、次のHPと「日本築城史」から抜すいしている。
  http://cgjbusan.web.fc2.com/shiseki/Busan/Gadeok/image.html

        高橋輝吉氏稿 「嬉野の元海軍病院跡と、韓国の釜山加徳島の標石」

 嬉野の元海軍病院跡。山の中に「海軍用地」の標石があると見て、探し廻りました。用地石15cm角を13本発見しました。中に何とも解せない「底栗車之塔」(裏面 昭和十九年七月)もありました。呉海軍病院の場合を調べると呉にも残り、「底栗車(テリシャ)」とは、梵語で畜生という意味。「実験動物慰霊塔」のようです。

 インターネットで調べているうちに、戦前の韓国での日本軍軍事のことが出てきました。「日本築城史」にもないようなことです。韓国での旧日本軍の史料「軍事」が、いろいろありますね。参考までに送ります。釜山一帯には、多くの砲台跡の史料があると思いました。韓国のインターネットを調べたいです。

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          2−L 深堀城山山頂  (確認 長崎要塞第三?地帯標 第八号)

 深堀城山は、山頂を囲むように円形の石垣城塁が築かれ、中心に八幡神社が祀られている。すぐ近くに三角点標高350mとともに「陸軍省」の標石のあることは人に知られ、「長崎県の山歩き」にも記録されている。
 標石「長崎要塞第二地帯標」「第八号」である。
 高橋氏は先年、登路を間違え苦労されたが、城山山頂へ登り標石を確認されていた。深堀村と土井首村の村境にあり、略図の地点に間違いない。

 この項は、本ブログ次を参照。  http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/17373855.html
 以上は2007年8月16日の記事であるが、 深堀城山山頂には、この「長崎要塞第二地帯標 第八号」とは別に、50mほど離れた広場にあと1本、同じような要塞標が残っていることがわかった。

 先日2月24日(日)、景観まちづくりトーク&ウォーク「俵石城の縄張り構造と深堀氏」の際、配られた講演資料「俵石城縄張り図」(村田修三氏作図 *畝状竪堀群は未調査)に、この標石が表示されている。
 これまで存在を知らなかったので、おかしいなと思いながら、深堀城山へ着いてから山頂広場を調べた。確かに50mほど離れて、あと1本があったのである。

 標石は、写真のとおり。刻面は「長崎要塞第三地帯標」と違うが、ここは本来「第二地帯標」が立つ区域。「第八号」だから、同じ標石と見てよい。
 なぜ2本残ったか。要塞法はしばしば改正があり、標石の転用・改刻も多く、真相は不明。

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          佐世保市周辺に残る陸軍省要塞地帯(区域)標の調査結果一覧表

 佐世保市の高橋氏がまとめた資料。現在、判明している佐世保市周辺に残る陸軍省要塞地帯(区域)標の調査結果一覧表。一部、未整理があるが、そのまま載せる。ズーム拡大。


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