みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

寄稿・ゆうこう・その他

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    日本水彩画会長崎支部展・JRP長崎支部写真展・長崎を描いてさるく原画展の案内

 第40回日本水彩画会長崎支部展・第47回JRP長崎支部写真展は、11月3日(日)まで、長崎市出島町の長崎県美術館県民ギャラリーで開催中。入場無料。時間10:00〜19:00(最終日は18:00まで)

 「長崎を描いてさるく」原画展は、私の先輩で水彩画家・松林重宗氏の作品展。11月21日(木)から25日(月)まで。長崎市栄町の長崎昭和堂ギャラリーで。時間10:30〜18:00
 作品の一部は、本ブログ次を参照。長崎の馴染みの風景が描かれている。
   http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/67416453.html

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             ウエブサイト「近世以前の土木遺産」の長崎県のデータ

 「近世以前の土木遺産」という学術的研究目的のウエブサイトがある。監修者は、岡山大学大学院教授・馬場俊介氏。土木学会の近代土木遺産2800選のウエブサイトも管理されている。
 調査の概要は次のとおり。最近、長崎県のリストが公開された。
  http://www.cc.okayama-u.ac.jp/~baba/

  調査の概要
 このサイトは、学術的研究目的で、全国の古代〜江戸期までに造られた交通(街道、河川舟運、海運)、産業(農業・飼馬業、漁業、鉱業)、 防災(海岸、河川)、生活(上水)、行政(測量)、軍事(台場、狼煙場)関連の遺産群の全貌を、初めて明らかにした結果を、公開するためのものです。こうした遺産が、地域の貴重な資産であるにもかかわらず、効率化の名のもとに、加速度的に破壊されているのを喰い止めるために、個々の遺産の重要度を判定した上で、公開しています。

 リスト作成にあたっては、財政的には、2009年まではトヨタ財団、ウエスコ学術振興財団の資金、2010年からは科学研究費補助金を受けています。また、資料収集にあたっては、全国の市区町村の教育委員会、ならびに、これまでに刊行された各種の書籍も利用していますし、ウエブ上のデータも信頼性を確認した上で使用しています。また、一部の写真・データについて、善意の方々のご支援を得ています。…

 私の本ブログも、最初は「平戸市前津吉町長泉寺の鯨供養塔」の撮影写真であったが、光栄なことに先生の目にとまり、ほかに多くのデータと写真が掲載された。
  http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/41823718.html
 データ一覧については、出典で「WEB(みさき道人)」とあるもの、写真については、「提供:みさき道人」とあるのが、本ブログ関係である。
 全国的に貴重な学術的研究であり、今後ともできる限り調査に協力したい。

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              深堀にもあった「ゆうこう」の木  長崎市深堀5丁目

 2月24日(日)景観まちづくりトーク&ウォーク「俵石城の縄張り構造と深堀氏」の際、参加者の方から「自宅の庭にある」と聞き、ウォーク終了後に訪ねた。
 深堀5丁目の「深堀貝塚遺跡資料館」の車道向い側、浦川さん宅の広い庭。幹囲60cm、樹高5mほど。2本あったが、1本は枯れた。
 土井首や大籠には多くあるが、深堀の町中で初めて見つかった「ゆうこう」の木である。

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              南方熊楠が愛した「安藤みかん」  和歌山県田辺市

 ブログ知人からコメントがあり、毎日新聞記事(ズーム拡大)に和歌山県田辺市に生育する「安藤みかん」が、掲載されていることを教えてくれた。
 とらっぷ・ぱっく ミカン絶滅危惧種  http://blogs.yahoo.co.jp/bear38pooh/67780247.html

 南方熊楠顕彰館HPや同顕彰会ブログによると、「安藤みかん」の果実の色・形・切口は写真のとおり。田辺市の指定文化財一覧には、載っていなかった。
 四国でも「にたり」「ゆこう」「仏手柑」とか呼ばれるダイダイが交配したような、独特な柑橘類があるが、酸味が強いらしい。
  珍しい柑橘を紹介  http://blogs.yahoo.co.jp/toma223rmao5hotmail/56900837.html

 ユズとザボンが自然交配してできたとされ、世界のスローフードに認めらた長崎地方の「ゆうこう」(最後の写真)とは、いずれも別種であろう。

     もう一度食べたい:安藤みかん 味控えめ、熊楠を魅了
     毎日新聞 2013年01月29日 東京朝刊

◇邸内に3代目細々と 復活栽培徐々に
 「南方熊楠(みなかたくまぐす)が愛した『安藤みかん』。私は、そのみかんを見たことも、食べたこともないのです。探してもらえませんか」。この松の内、年賀あいさつを交わす電話の向こうから、そんなリクエストがあった。相手は和歌山県湯浅町の矢櫃(やびつ)祐一郎さん(59)。3年前、三宝柑(さんぼうかん)の取材でお世話になった柑橘(かんきつ)農家である。紀州が生んだ知の巨人・熊楠が、その果汁を日本のグレープフルーツとして愛飲したという安藤みかん。地元の柑橘農家でさえ目にすることのない“幻のみかん”を追ってみる。

 矢櫃さんが「安藤みかん」の名を知ったのは昨年暮れに発売された月刊「文芸春秋」創刊90周年記念号。特集「歴史を動かした90人」のなかに南方熊楠と安藤みかんのくだりがあったという。
 電話のあと、何年か前に読んだ「素顔の南方熊楠」(谷川健一・中瀬喜陽・南方文枝著、朝日文庫)を手にして、私は「アッ」と声を上げた。「安藤みかん」の記述のあるページに付箋がしてあったのだ。

 早速、熊楠が明治、大正、昭和の時代を過ごした和歌山県田辺市にあたり、今も残る熊楠邸に「ある」と分かった。紀伊田辺駅から車で10分。訪ねると屋敷内の庭に2本、安藤みかんが植わっていた。熊楠が存命中にあった3本は枯れてしまい、今あるのは1985年に移植したものと、
94年に植えた接ぎ木苗で、いわば3代目。「移植した木は当時のお手伝いさん方にあったもの。ここ2〜3年、樹勢が衰え、実がつかない」と橋本邦子さん(64)。熊楠の妻松枝さんの遠縁にあたり、文枝さん(熊楠の長女)と庭で遊んだ思い出なども語ってくれた。

 「庭のみかんは十数年前、文枝さんと一緒に食べたのが最後です。味はどうだった? それがおいしいとは思わなかったのです」と申し訳なさそう。グレープフルーツ代わりにと普及を図った熊楠の思いは「結局は実らなかった」と話す。
 94年になって植えた約2メートルの安藤みかんには4個の実がなっていた。イチョウの葉のような黄色。肌がツルッとしている。許可をもらって、根元に落ちていた実を二つ、いただいた。
(以下 略)

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           「ゆうこう」の木4本?、川原木場で見つかる  長崎市宮崎町

 これはまた驚いた。「ゆうこう」の木がまとまって見つかった。日曜午後、N氏から電話があり、「ゆうこう」3本発見という。川原大池先の鶏放し飼い卵屋に、「ゆうこう」の実が置いてあり、どこにあったか聞き出し現地へ行ったらしい。
 地図を送ってもらうと、岬木場県道大カーブ山羊小屋のは、前の記事で紹介している木だった。
  http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/67660211.html

 バス終点川原木場公民館下の2本は、1月20日半島東回りみさき道踏査で歩いた旧県道だが、駐車場下までは見ていない。当日、N氏奥さんが見かけた木という。きのう現地へ確認に行った。一見「ゆうこう」に見えるが、皮はツルツルし果汁が甘かった。
 せっかく来たから、近く一帯で「ゆうこう」を探す。あるはあるは、民家や道路や畑の脇に4本ほど見つけた。結構、大きな高木もある。住民に聞くと、このあたりでは「ゆうこう」は、一般的に植えられていたと話す。

 この頃はだれも見向かず放置されているが、「ゆうこう」の木が現在も良く残されている集落である。県道上の木場公民館奥の集落も探したが、ここではほとんど見かけない。
 スイートスプリングのような紛らわしい木があり、「ゆうこう」研究川上氏と再度、確認したい。


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