みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

長崎の石・岩・石造物 (長崎市)

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                    手 袋 岩  長崎市戸町4丁目

 女神大橋の戸町側歩道の右方のピークに、大きな岩があり、岩の下に不動明王などの石祠が見える。戸町辺りから眺めると手袋のように見えるので、「手袋岩」と呼ばれている。
 この岩には、女神大橋側から登れない。トマス金鍔次兵衛が隠れたという金鍔谷の平屋建物の真照寺の後ろを通り登る道が、かろうじて残っている。
 「金鍔谷」の2008年12月記事は、 http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/47268142.html
 ほしなべ氏「金鍔の手袋岩」記事は、http://blogs.yahoo.co.jp/hoshinabedon/24087816.html

 4月13日夕方近く、金鍔谷から訪ねてみた。寺の後方の道脇にすぐ地蔵1体が立ち、この道が本道と思われる。荒れているが、踏み跡を金鍔谷の上方へだいたいまっすぐ登って行くと、約20分ほどで「手袋岩」へ着く。
 岩は小岩と大岩がつながり、これが戸町側から手袋の形に見えるのではないだろうか。鞍部から両方の岩へ上がれるが、危険なので十分な注意が必要である。
 小岩に地蔵2体(1体は首なし)、大岩の後ろへ回り込むと女神大橋から見えた不動明王と女神像の石祠があった。長崎港口の高い所にある岩の上。展望は写真のとおりすばらしい。

 岩永弘氏著「歴史散歩 長崎東南の史跡」2006春刊の96頁による説明は次のとおり。
 魚見岳台場跡にあるような明治時代の「女神検疫所境」標石があると聞いていたので、探したら現在の長崎検疫所側へ向かう尾根上に、1本が残っているのを確認した。

                            手 袋 岩

 金鍔大師院真照寺(長崎四国第24番霊場)背後の山は、丁度戸町辺りから眺めると手袋の様に見えるので付近の人は手袋岩と呼んでいます。裏山一帯は急峻な森林地帯で、少し冒険心が必要で真上に屹立した大岩があります。頂上の岩祠に不動明王と女神像が祭られ、秘境地の感があります。

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            湾月石(三日月石)ともう1つの大石  長崎市伊良林1丁目

 長崎市伊良林1丁目の光源寺近くの2つの霊場に、それぞれ大石が祀られている。湾月石(三日月石)は長崎名勝図絵にも紹介されている珍しい石らしい。
 岩永弘氏著「歴史散歩 長崎東南の史跡」2006春刊の35、40頁要旨は次のとおり。

 光源寺右側の路地に長崎西国第21番霊場があり、堂の横に長さ1mの半月形の凹みがある大石がある。古来「湾月石」の名で神石として祀られ、眼病を患う者が祈れば応えがあると伝えられている。「三日月石」とも言う。
 もう1つは、光源寺から若宮通りを歩いて1分先、長崎四国第41番霊場の伊良林観音堂の左側。巨石は幅3m、高さ2m。刻まれた字は経年、読めるのは「安永三甲午天(1774)奉納大無妙典全部塔」とある。大石前に石柱は「弘法大師霊場第六番札所・大正十五年四月」

 HP「広助氏の丸山歴史散歩」の2004/07/09記事によると次のとおり。
B−26:灣月石(わんげついし/みかづきいし)【光源寺境内】
 灣月石は光源寺の裏手にある巨大な石のことで、真ん中に三日月の形をした傷があります。江戸時代後期に書かれた長崎名勝図会にも紹介され、現在もそのままの形で残っています。
 一方、光源寺山門前のから若宮稲荷神社の方に進むと伊良林観音堂(沿革不詳)がありますが、そのお堂の脇にも大きな石があって、一説には、空の上からお月様が落ちて来てお月様は途中で半分に割れ、一つは光源寺の横に、もう一つは伊良林のところに落ちたといわれています。

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                   小ヶ倉水源池上の立岩  長崎市上戸町

 次は長崎市上戸町、小ヶ倉水源池上の立岩。星取山のアンテナのちょうど下くらいの山中となる。見事な垂直岩で大師堂がある。戸町・田上間の新道ができて、行きやすくなった。
 小ヶ倉水源池の左側から新道を田上へ上がって行く。逆に田上の準提観音から市民の森への車道を行き、途中の分岐から下る。分岐に「立岩大師堂 徒歩約10分」の案内標識がある。
 岩永弘氏著「「歴史散歩 長崎東南の史跡」2006年春刊の67頁による説明は次のとおり。

                           立 岩 大 師

 準提観音より市民の森への道を5分ほど下り、戸町線道路の道を600m下ると、右側土手に立岩大師の案内表示があり、巾1mのセメント道があります。谷に向かって70mほど下ると霊場立岩大師があります。深山幽谷の地です。通り抜け洞穴、石仏・女神・地蔵などが祀られています。
 今は雑木が茂り山道も判然としませんが、茂木戸町間のルートとして、道行く人々もお参りしたことが考えられます。田上の先、河平バス停下の谷道、茂木旧道に「戸町二至ル」の碑が残っており、山を越えてこの谷を下って行ったことでしょう。
 戻って新道を下って行き、小ヶ倉水源池わきを通り、戸町バイパスへ出ることになります。

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                     茂木の立岩 (2)  長崎市茂木町

 茂木から宮摺へ向い、潮見崎先の「立石」バス停から海岸を歩いて行く。茂木町教育委員会「茂木町郷土誌」昭和33年刊、第10章観光茂木の136頁による説明は次のとおり。
 大田南(蜀山人)の歌がある。「またたくひあら磯浪のたて岩を 島このみする人にみせはや」
 (2)は、潮を見計らって12月17日午後に再訪。立岩の近景。岩の裏側にも回った。

                            立 岩

 注蓮ヶ崎の後にあたり、海辺をはなれて海中にあり、悄然としてそびえ起り、衝き立ち秀でる頂上に松あり、昔は五葉の巨松なりしが、中頃枯れて後又生れ出たるは常の松なり、隻巌ならび立つ、一つは大きくして数十丈、一つはやや低し、盆石を見るごとし。  (長崎名勝図絵より)

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                     茂木の立岩 (1)  長崎市茂木町

 茂木から宮摺へ向い、潮見崎先の「立石」バス停から海岸を歩いて行く。茂木町教育委員会「茂木町郷土誌」昭和33年刊、第10章観光茂木の136頁による説明は次のとおり。
 大田南(蜀山人)の歌がある。「またたくひあら磯浪のたて岩を 島このみする人にみせはや」
                            立 岩

 注蓮ヶ崎の後にあたり、海辺をはなれて海中にあり、悄然としてそびえ起り、衝き立ち秀でる頂上に松あり、昔は五葉の巨松なりしが、中頃枯れて後又生れ出たるは常の松なり、隻巌ならび立つ、一つは大きくして数十丈、一つはやや低し、盆石を見るごとし。  (長崎名勝図絵より)


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