みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

長崎の風景・史跡 (県 南)

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    三井楽・玉之浦  スケアン・長崎鼻灯台・頓泊海水浴場ほか  五島市三井楽町ほか

 五島市三井楽町・玉之浦町の風景・史跡。
 長崎鼻から嵯峨島を望む、スケアン(石干見漁法遺跡)、三井楽長崎鼻灯台、玉之浦町頓泊海水浴場、荒川温泉と記念碑、大宝から津多羅島を望む。
 五島市観光協会「五島市観光情報サイト 五島」四季春による三井楽町のスケアンの説明は次のとおり。「スケ」網のことで、塩水はこのあたりの地名である。

                          三井楽町のスケアン

 三井楽町塩水にスケアンという原始漁法が今なお残っている。豊かな海の幸に恵まれた五島ならではの漁法だ。スケアンは満潮になると水没する石垣を入江に築き、潮が引いて石垣の内側に取り残された魚類を採取する漁法。石干見(いしひみ)とも呼ばれ、遠い南方のミクロネシア方面が発祥地ともいわれる。
 
 三井楽にあるスケアンの構築年代は不明だが、底部で幅1・5メートル、高さ1メートルほどあり、約80メートルにわたって入江を遮断する大規模なもの。昔はクロやミズイカなどが獲れ、大漁の時は長崎の市場に出荷したそうだ。
 今でも入札で漁業権を貸し出しているが、最近では漁獲量が減り、観光や小学校の漁業体験などで利用されたりしている。

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            福 江  石田城跡・五島氏庭園・五島高校  五島市池田町

 五島市観光協会「五島市観光情報サイト 五島」史跡・名勝などによる説明は次のとおり。

 写真  1〜  3    石田城(福江城)跡    種 別 県指定史跡
  指定年月日 昭和41年9月30日 所在地 五島市池田町1番1号 管理責任者 五島典昭
  寛政年間から文化、文政、天保、弘化へと続く幕末、ロシア、アメリカ、イギリスの黒船が来航し、鎖国政策をとっていた日本に開国を迫る。文化5年(1808)イギリス軍艦が長崎港に侵入、オランダ人を拉致し、当時の長崎奉行が責任を取って切腹するという、いわゆるフェートン号事件もあった。幕府は嘉永2年(1849)7月、五島藩に「城を築き海岸防衛を厳重にせよ」との築城許可を与え、ここに五島氏の半世紀にわたる築城への願望が成就した。15年の歳月、工費2万両を使って、文久3年(1863)石田陣屋の跡に福江城が完成した。石田という地名にちなみ石田城ともいわれる。
  城郭は、東西160間(約291m)、周囲740間(約1346m)、野面積みで堅牢な石垣を持ち、城郭の三方を海に囲まれ、日本民族、日本国を守るという使命を持った海城である。
  現在、本丸跡には五島高校、三の丸には福江文化会館、五島観光歴史資料館、市立図書館、五島家始祖家盛公らを祀る城山神社がある。

 写真  4〜 15    石田城五島氏庭園    種 別 国指定名勝
  指定年月日 平成3年11月16日  所在地 五島市池田町1番7号  所有者 五島典昭
  嘉永2年(1849)8月、幕府の命令により福江城(石田城)の築城が始まった。完成間近となった安政5年(1858)30代盛成公は家督を子息盛徳公に譲り、藩校「育英館」を北の丸小松原(現福江裁判所一帯)に移し、その跡に隠殿と庭園を造った。
  心の字をかたどった池にちなみ、心字が池庭園ともいわれる。この庭園の作庭者は、京都の浄土宗の僧、全正であり、彼は、和歌、茶事、囲碁、作庭に堪能で、五島藩の御庭方を命ぜられていた。庭園は、平成元年から同3年まで奈良国立文化財研究所が池の水を抜き、浚渫して調査を進めてきた。
  その結果、江戸時代以来の伝統的日本庭園の地方伝播を示す好例であり、溶岩や南方系植物など地方の特色ある風土が加味された貴重な庭園である。また、作庭時期が明確で、建物も一体となって保存されていること、保存例の少ない城郭内の庭園で、庭園文化史上高い価値があるとして、平成3年、国の名勝に指定された。
  「五島氏庭園のクスノキ」は次を参照。 http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/56778265.html

 写真 16〜 19    長崎県立五島高等学校 (学校HPから)
  躍進〜夢を紡ぐ城跡(まなびや)〜 明治33年(1900)に五島中学校として開校し,平成12年(2000)に創立100周年を迎えた。普通科と衛生看護学科の2学科を設置。生徒総数632名,教職員数66名(平成21年4月現在)。
  五島高校は福江城(石田城)の城跡にある。したがって校門は福江城の門ということになる。第1校門は外堀から入る門になり,国道に面している。第2校門は内堀を渡る前に入る門になり,この第2校門の内側が五島高校の主な敷地になる。五島高校の生徒は毎日この2つの門をくぐって登校している。

  写真は第2校門内のモニュメントと石田城本丸眼鏡橋。五島ただ1つのアーチ式石橋。嘉永6年(1857)架設。長さ8.6m、幅員約4.7m。

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           福 江  明星院・長手地蔵堂・香珠子海水浴場ほか  五島市

 五島市福江の風景・史跡。明星院・市街遠望・長手地蔵堂・鬼岳・香珠子海水浴場。
 長崎県HP「長崎県の文化財」及び五島市観光協会「五島市観光情報サイト 五島」による説明は次のとおり。

 写真  1〜  9  明星院本堂  有形文化財(県指定) 
  よみがな みょうじょういんほんどう
  指定年月日 1986年8月29日  所在地五島市吉田町1905  所有者 明星院
  寺伝によれば大同元年(806)僧空海が唐から帰朝の途次ここに参籠して明星院と名付け,文治3年(1187)平家盛が宇久姓を名乗ってのちの五島家の始祖となって以来,五島家代々の祈願所であったという。この本堂は棟札により安永7年(1778)の再建と思われる。幕末までは一般庶民の檀那寺ではなかったので,規模は大きくはないが,内部の柱桁に極彩色を施し,格天井には花鳥図を描き,両側小壁には華鬘(けまん)を懸けるなど,藩公祈願所としての荘厳に意を用いてある。護摩堂が別棟であるため,内部の彩色や天井絵がすすけることなく,立派に遣っているのは幸いである。昭和45年屋根の本瓦葺が銅板葺に改められた。
  明星院の木造阿弥陀如来立像も有形文化財(県指定) 

 写真 10〜 13  福江市街の遠望  上大津町から

 写真 14〜 16  長手地蔵堂と左横の石門 
  五島八十八ヵ所第三十六番 長手地蔵堂(ながて) 地蔵尊2体 お大師様1体
  所在地 五島市長手町

 写真 17       鬼 岳
  福江島南岸に吹き出た鬼岳火山群は、シンダーコンと呼ばれる珍しい火山です。500万年前に噴火した楯状火山(アスピーテ)の上に5万年前の臼状火山(ホマーテ)が重なり合ってできたもので、鬼岳、火ノ岳、城岳、箕岳、臼岳からなっています。
  その中の鬼岳は、全山芝生に覆われ、古くから市民の行楽地として親しまれてきました。中腹にある展望所からは、眼下に福江市街、福江港外に点在する島々を望め、訪れる人たちの心を癒してくれる。周辺は観光施設が整備され、福江島観光の拠点になっています。

 写真 18       香珠子海水浴場
  五島市中心部から車で約15分。夏休み中には臨時バスが運行されております。流しソーメンを売り物にした千本茶屋や桟敷なども整備されております。家族連れに人気がある、最もポピュラーな海水浴場です。

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      富 江  富江陣屋の石蔵・田尾海水浴場と牛瀬・馬瀬ほか  五島市富江町

 五島市富江町の風景・史跡。富江陣屋の石蔵・富江神社・田尾海水浴場と牛瀬・馬瀬ほか。
 五島ブランド確立推進協議会「富江をさるく」パンフレットによる説明は次のとおり。

 写真  1〜  5  富江陣屋の石蔵
  一帯は約1万坪の富江藩の石蔵があったのですが、その貴重な遺構の1つがこれ。穀物を保存する石蔵で、玄武岩の切石を積み上げた見事なもの。350年以上も経ちながらいまだにまっすぐにズレもせず頑丈そのもの。中に入ると、まるで古墳のような静謐なおもむきがあります。

 写真  6〜  8  富江神社と近くの井戸
  富江の鎮守社で、ご神体は毘沙門天。10月のお祭りの折は、4〜5時間かけて神輿が練り歩きます。

 写真  9〜 11  田尾海水浴場と牛瀬・馬瀬

 そのほか、只狩山展望所は、 http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/41154056.html
 富江溶岩トンネル「井坑」(いあな)は、 http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/41181155.html
 山崎の石塁(勘次が城)は、 http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/41182818.html

 写真 12〜 13  富江の捕鯨(鯨鯢の碑)

 写真 14〜 16  富江の峠岬展望所

 写真 17       富江風力発電所

 写真 18       琴石の海岸

 写真 19       津多羅島・鯨瀬

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        岐 宿  巌立神社社叢・城岳展望所・魚津ヶ崎公園ほか  五島市岐宿町

 五島市岐宿町の風景・史跡。巌立神社社叢・城岳展望所・魚津ヶ崎公園・水ノ浦教会ほか。
 長崎県HP「長崎県の文化財」・五島市観光協会「五島市観光情報サイト 五島」などによる説明は次のとおり。

 写真  1〜  4  巌立神社社叢  天然記念物(県指定) 
  よみがな いわたてじんじゃしゃそう
  指定年月日 1970年6月9日  所在地 五島市岐宿町岐宿  所有者 五島市
  この神社は岐宿町の中心,岐宿郷の平坦地にあって,回りの大半は畑地となっている。この境内はほぼ長円形で,南北約280m,東西の幅の広いところで約140m,南にある鳥居をくぐって北に進むと130mのところに社殿があり,社叢は主に社殿の西側と背後にひろがっている。社叢にはシイノキとオガタマノキの大木が多く,ほかにハマセンダン・エノキ・ヤマザクラなどの高木が見られ,バクチノキ・モクタチバナ・ホルトノキ・ナタオレノキのほか,草本のアオノクマタケランがある。このなかで大木はないが,モクセイ科のナタオレノキの多いのが目につく。

 写真  5〜 10  城岳(岐宿城跡)展望所
   宇久五島家8代覚公が弘和3年(1383年)、この地に城を築いたことから、城岳と呼ばれるようになった。覚公は宗教による五島平定を考え、岐宿町に金福寺や厳立神社を創建し、墓は金福寺にある。展望台からは岐宿の八朔台地や町並み、奈留島や中通島など点在する島々を眺望でき、左手には白石湾が広がる。
  展望台の上には、携帯電話の無線中継塔があり、そこからも美しい眺望も堪能できる。

 写真 11〜 14  魚津ヶ崎公園
  遣唐使船が風待ちしたと言われる川原の浦(白石湾)の湾口にある。小島を浮かべた景観は、まるで箱庭を思わせる美しさ。遠くに三井楽半島と伝説の島・姫島が横たわっている。空海と最澄もここから大陸へ向かって船出したため、福江島には多くの空海伝説が残っている。
  一帯は園地化され、キャンプ場としても知られている。近くには浜田海水浴場があり、秋になると休耕地に栽培したコスモスが一斉に花開き、訪れる人達の目を奪っている。

 写真 15       水ノ浦教会
  風光明媚な水ノ浦の入江を望む丘に白亜の天主堂が立つ。明治13年(1880)パリ外国宣教会ザルモン師によって創建され、その後現在の天主堂が昭和13年(1938)に完成された。木造教会堂として最大の規模を誇る。青空に尖塔がそびえる光景は絵になる美しさだが、この地もまた明治期における迫害の舞台となった。天主堂からさらに坂道を上った場所には、キリシタン牢跡の記念碑が立ち、殉教の悲劇を伝えている。

 写真 16〜 18  山内盆地展望所
  二本楠近く荒神岳(標高162.2m)の山内盆地展望所。山頂下まで車が上がる。

 写真 19       山内盆地通福寺付近から見た七ッ岳・父ヶ岳


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