みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

長崎の巨樹・名木 (長崎市)

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              手熊川河口のアコウと白髭神社の社叢  長崎市手熊町

 長崎市手熊町へは、国道202号線により飽の浦方面から行くか、県道112号線により小江原方面から入る。手熊橋の近く手熊川の河口は、海岸埋め立てもなく、昔のたたずまいが残り、アコウの大木が4本見られる。
 杉の上石橋の対岸には、岸の石垣から川面へ横に張り出したアコウがあり、幹を積んだ石で支えていた。近くの白髭神社の社叢にはアラカシ、エノキ、ツバキがある。右隣り海岸側高台の手熊台場跡には、カゴノキの大木があった。

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              甑岩神社のイスノキ・モッコク   長崎市早坂町ほか

 甑岩は長崎市東部の山。江戸時代に書かれた『長崎名勝図絵』に「その頂に巌あり、甑の形のごとし崇くそびえて峭絶す」とある。愛宕・田手原を通る飯香浦行きのバス道路を行き、日吉青年の家の1つ手前のバス停が甑岩入口である。
 展望台から遊歩道を甑岩神社へ歩く。岩があり樹木が密生する神社の周辺にイスノキ・モッコクなどの大木が見られる。
 Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(長崎の山)の説明は次のとおり。

                        甑岩(362m)

 長崎市の早坂町・北浦町・飯香浦町にまたがる山。その姿が、お米を蒸すときに使う甑(こしき)に似ることで、甑岩と呼ばれる。… 日吉青年の家に向かう途中に甑岩のバス停がある。甑岩に向かって進むと展望台のある駐車場に着く。そこで駐車。甑岩に向かうと、アスレチック広場の公園がある。そのすぐ先に、小甑岩がある。
            
 小甑岩の道を進むと、小甑岩神社がある。神社の側にイスノキとモッコクの大木が並んであった。… 神社から下って、甑岩に向かう。山道は途中から分岐するが、岩の尾根道は急で、岩を登ることになるが、備え付けの梯子は壊れていて、危なっかしい。岩の尾根を諦めて、傍らの山道を行くと、岩の尾根道と飯香浦町へ下る山道と合流する。そこから岩の尾根まで戻ると、見晴らしのよい岩場がある。

 甑岩のなだらかな尾根を進む。アラカシ、マテバシイ、シイ、ヤブニッケイ、イスノキ、シャシャンボ、ネズミモチなどが多い。尾根道は見晴らしは良くないが、林下は草地で、花の時期には思いもしない草花と出会えそうな雰囲気があり、ちょっとワクワクする。コショウノキが花をつけていた。15分ほどで、北浦町へ下る急坂になる。…

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        日見峠と地震神社のヒサカキ・ムクノキなど  長崎市本河内3丁目

 長崎街道の日見峠へ長崎市日見方面から車で行く場合は、日見トンネルを通る前の国道34号線の道を行く。日見トンネル手前の長崎自動車道芒塚IC入口から、高速道下の右手道に入る。九十九折により峠へ向って登って行くと、途中に去来句碑の芒塚(すすきづか)がある。やっと着いた切り通しが、明治新道の日見峠。

 その昔の日見峠へはここから10分ほど急坂を歩いて登る。関所跡があり、峠を越えた先に地震神社の鳥居がある。額は「御夢想 地震 神社」。石の神を祀るのか。調べる手立てがない。長崎方面へ明治新道を下ると、本河内低部水源池前の番所バス停のところに出る。
 ヒサカキは切り通し入口角の岩清水の上、ムクノキ・カゴノキ・クロガネモチは地震神社の祠のところに生えている。Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)の説明は次のとおり。

                       長崎街道・日見峠

 長崎市芒塚町から本河内町に向う長崎街道の日見峠は、山越えの難所で「西の箱根」とも言われた。坂本竜馬も越えた。日見峠の山をV字形に切り開いて、明治15年に「日見新道」が造られた。馬車で通れるようになった。通行料を取ったので、日本初の有料道路と言う。…
 芒塚は、芭蕉十哲の一人・向井去来(長崎市で生れた)が、長崎を離れるときに日見峠で 詠んだ句 「君が手も まじるなるべし 花薄(ススキ)」の句碑が建立されている。 「見送る君の姿は遠くなり、あれは、君の振る手なのか、揺れるススキなのか 」という意味のようだ。今では、日見トンネルや新日見トンネルができていて、高速道のトンネル建設も進められている。…

 日見峠の新道の角にヒサカキがある。そこからV字形に開かれた切通しを少し歩くと右手に日見峠の表示板がある。その急な坂道を登っていくと、関所跡がある。意外に狭い場所だ。そこから、さらに登ると、剪定されたマサキのトンネルがある。日見街道はその手前を左に降りて行く。マサキをくぐって進み、左に折れる道に行くと祠がある。

 地震神社の祠の道沿にムクノキの大木がある。そばにはカゴノキが寄り添っていた。祠の横にクロガネモチの大木があった。太いカズラが絡んで上の方まで伸びていた。
 峠を越える人々は、このあたりで、一息ついたのだろう。近くの石段を下ると、地震神社の鳥居がある。そこから、さらに下ると民家を通って日見新道に出る。

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              深堀埋立地女島大神祠のアコウ  長崎市深堀町5丁目

 深堀のすぐ手前の海に、かつて「女島」という小さな島があった。昭和43年(1968)深堀〜香焼間の海面埋立てが完成し、三菱重工などの工場が進出した。この埋立地の中にまだ「女島」の島影が残っている。

 場所は、深堀バス終点前の角に深堀公番がある。埋立地大通りを香焼側に50mほど行くと右に入る道があり、奥に赤い鳥居があってここが境内である。
 アコウの大きな枝分かれした木の根元に「女島大神」が祀られ、中にはぐるぐる蛇がまいたような不思議な石の神体があった。女島は小さな岩礁だったので昔からあったのは、この祠だけと聞いた。他の祠や浜恵比須は後でどこからか持ってきているらしい。

 アコウの木は、祠の後側とすぐ上の一番高かった岩礁に株を広げ、この広大な埋立地の中に隠れた一角をつくっている。
 写真の後の2枚は、2007年5月撮影。地図は、明治34年測図国土地理院旧版地図である。

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                    網場天満神社の社叢  長崎市網場町

 国道34号線の網場道バス停から日見の町と網場漁港へ方へ行き、そのはずれの海岸通りに神社はある。この県道は、茂木へ続く。
 HP「長崎市の文化財」による説明は次のとおり。

                   網場天満神社の社叢  市指定天然記念物

 指定年月日 昭和53年3月20日 所在地 長崎市網場町1番地1 天満神社境内
所有者 天満神社
 旧日見村のころの氏神であった神社で、網場の海岸沿いの小高い丘の上にある。
 この小高い丘全体が境内であり、社叢でもある。丘を覆う主なものは、クスノキ、スタジイ、ヤマモモ、カゴノキ、アラカシ、ツバキ、ナナメノキなどの高木と、ハクサンボク、マサキ、クスドイゲなどの低木の照葉樹である。ここには、特別に貴重といえる種類も、また、巨木というほどのものもない。
 それでも、丘全体が社叢というまとまりと、沿海地の照葉樹木の社叢としても、大切に保存すべきものである。

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