みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

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佐賀の巨樹・さが名木100選

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                 馬渡島野中のヤブツバキ  佐賀県唐津市鎮西町

 平成21年3年7日、佐賀県唐津市鎮西町の馬渡(まだら)島へ。柚の新種「ゆうこう」分布調査に川上氏が行くので同行した。カトリック信者が住む島内の高台「新村」地区。聖母園の園内入口マリア像前と御堂カトリック教会へ行く車道の左脇に、「ゆうこう」の木2本を見つけたのは、前項とした。ヤブツバキの大木を見かけたのはこの後。

 御堂教会の前は車道が二手に分かれ、山腹を行く左道へ入った。150mほど歩くと1軒離れた農家がある。このあたりは「野中」という集落と思われる。農家の後ろの斜面地に赤い花を多くつけた樹形の良い木があった。車道からも根元の太い幹が見える。
 近づいて測ると幹囲1.8m、樹高12mほどある。馬渡島は家や畑の回りに防風林や油採取のため、ほとんどツバキが植えられて、ツバキが多く目につく島である。その中でもひときわ大きい。
 島を代表して「さが名木100選」に入れて良いほどの木と思われる。

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                   小川内のスギ  神埼郡吉野ヶ里町小川内

 「さが名木100選」の木をやっと訪ね終えた。ホッとして佐賀県HP「佐賀県天然記念物の部」を見ていたら、「小川内のスギ」「早里のイスノキ」が県指定天然記念物なのに、100選の木に選ばれていない。
 他の木は、すべて100選の木となっているのに、なぜこの2本は選ばれなかったのか。「小川内のスギ」は福岡県側での五ヶ山ダム建設により、伐り倒されるような運命にあり、少しは事情はわかるが、今のうち訪ねないわけにはいかない。

 吉野ヶ里町小川内は、福岡県境をなす東脊振の山奥である。長崎自動車道「東脊振IC」で降り、福岡那珂川へ行く国道385号線へ入る。前は坂本峠越えしていたが、今は東脊振トンネル(トンネル部分が有料道路)ができ便利になった。
 ぐいぐい山手へ登る。途中に吉野ヶ里恵みの直売所「さざんか千坊館」展望台がある。トンネルを越して少し下り、県境「佐賀橋」から左折する。小川内の方へ県道136号線を進み700mほどで、山祇神社前に着く。

 佐賀橋に案内はなかった。一帯で大々的にダム建設工事が行われていた。スギがどうなるかは確認していない。早く訪ね写真に残していて良かった。
 佐賀県HP「佐賀県天然記念物の部」による説明は次のとおり。

                      小川内の杉(おがわちのすぎ)

  県指定天然記念物/昭和31年3月1日指定
  神埼郡吉野ヶ里町小川内   植物
 神埼郡吉野ヶ里町小川内は、脊振山の東面、標高約400mにある山村で、福岡県との県境に位置している。この山村にある山祇神社(やまずみじんじゃ)の境内に、スギの巨木がそびえて立っている。
  この小川内のスギは、大小3株からなっており、根元でお互いにくっつき合い、癒着しており、その根回りは13.5mにも及ぶ。また、樹高は27mと高く、3本の巨大な主幹が、そろって垂直に天をつくように伸びており、その姿は壮観であると同時に、極めて美しいものがある。
 小川内のスギは、山祇神社の神木として、長い間、村民に大切にされ、今日まで保護されてきたものであり、県内において、まれに見るスギの巨木として優美な姿を持つのみでなく、3株が癒着し同一根となっている珍しい存在でもある。

(2016年3月7日 追 記)
 ブログ「たけさん日記 パート2 自然派集合」の次を参照。天然記念物の大杉は、7億8千万円をかけて杉を倒さず根掘りしたまま持ち上げ、目的場所の高台に移設された神社の近くに移植する工事が始まっている。
 五ヶ山ダム建設のため御神木の大杉移植  http://blogs.yahoo.co.jp/denkan_takeo/46837170.html?vitality

 佐賀新聞LiVE 2015年6月19日の記事は、次のとおり。
 
      県天然記念物「小川内の杉」 移植に7億8600万円 220メートル先 佐賀側の負担金なし

 ダム建設に伴う水没を避けるため、移植されることが決まっている佐賀県指定天然記念物「小川内(おがわち)の杉」(神埼郡吉野ヶ里町)について、佐賀県教育委員会は、事業主体の福岡県が申請している移植場所や工法を許可した。事業費は7億8600万円で、来年5月末ごろに完了する見込み。

 小川内の杉は、福岡県との県境の小川内地区の山祇(やまづみ)神社境内にあった神木で、樹齢700〜800年とされる。3株の杉が根元で癒着しており、樹高39メートル、根回りは13・4メートル。地元が移植保存を望んできた。

 五ケ山ダム建設を進める福岡県は地元との協議の結果、先に移転している山祇神社の横を移植場所とした。高さ43メートル、南に220メートル移すため、山の斜面に盛り土をしてレールを敷き、10メートル四方の鋼製の箱に杉を入れて動かす工法を提案した。

 主な事業費の内訳は、杉の引き上げ作業に4億6700万円、盛り土やレール敷設の搬送路設置に3億1800万円となっており、佐賀県側の持ち出しはない。

 県教委は、土木や造園、樹木学の専門家を交えて検討し、今月15日に県天然記念物の移植に必要な現状変更許可を出した。文化財課は「移植後1年間は樹勢をモニタリングする計画も含まれており、文化財としての価値を維持できると判断した」と説明している。これほど巨木の針葉樹の移植作業は「全国的にも聞いたことがない」という。

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                    早里のイスノキ  伊万里市瀬戸町早里

 「さが名木100選」の木をやっと訪ね終えた。ホッとして佐賀県HP「佐賀県天然記念物の部」を見ていたら、「小川内のスギ」「早里のイスノキ」が県指定天然記念物なのに、100選の木に選ばれていない。
 他の木は、すべて100選の木となっているのに、なぜこの2本は選ばれなかったのか。「小川内のスギ」は福岡県側でのダム建設により、伐り倒されるような運命にあり、少しは事情はわかるが、「早里のイスノキ」のは何もないようだ。訪ねないわけにはいかない。
 県指定天然記念物になったのが、平成18年3月であるためだろうか。

 伊万里市瀬戸町早里とは、「伊万里湾大橋」の近くである。長崎からなら伊万里二里大橋から松浦の方へ国道204号線を行って、大橋を渡り戻ってすぐである。伊万里市街からなら同じ国道204号線が伊万里湾沿いを行くので、玄海町方面へ向かう。
 イスノキは、「早里」バス停のすぐ近く北西側小高い丘に立つ。一面の干拓地を望む。
 佐賀県HP「佐賀県天然記念物の部」による説明は次のとおり。

                   早里のイスノキ (はやりのいすのき)

  県指定天然記念物/平成18年3月31日指定
  伊万里市瀬戸町字早里   植物
 早里のイスノキは、江戸時代の干拓地を望む小高い丘の上に立っている。樹高15m、胸高幹周り3.1mの巨木で、枝張りは南北15.5m、東西13.9mにも及ぶ。樹齢は200年以上と推定される。周辺にはスダジイ、マテバシイ、クロキ、アラカシなどが生育している。
 イスノキはマンサク科イスノキ属の常緑高木で、日本においては、本州(伊豆以西)、四国、九州という広い範囲に分布する。西日本ではユスノキというのが一般的である。材質は緻密で高い強度をほこる。用途は、建築材(床柱、床材)、家具、鉢、算盤など多様である。また、樹皮の灰は釉薬の原料としても使用され、鉄分が少ないため最良とされる。
 磁器生産が盛んな伊万里・有田地区においてイスノキが釉薬の原料として使用されるようになったのは、17世紀の中頃からと考えられる。当初は地元のイスノキを使ったと推察されるが、次第に地元のイスノキだけでは需要に追い付かなくなり、日向や薩摩などで生産されたイス灰を購入するようになる。
 近年、イスノキは開発による伐採のため減少し、自生するものは稀である。県内では早里のものが最大である。

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                   川上神社のクスノキ  唐津市浜玉町平原

 唐津市浜玉町平原の川上神社で、またクスノキの大木を見かけた。周囲の家並みからひときわ抜きん出ていて、神社へ行くと幹回りは10mほどあった。樹齢は800年とあった。
 これでもさが名木100選には選ばれていない。

 国道202号線の唐津市浜玉町「千居」交差点まで行き、右折して野田温泉の道へ入る。温泉館を過ぎていったん下って行く(県道327号線)と、県道306号線との交差点「座主」に出る。川上神社の高木が目の前にある。この道が唐津市街から一番近い。

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        妙覚寺のボダイジュは、若木も育だたなかった  多久市南多久町桐野

 多久市へ行くついでを調べていたら、佐賀植物友の会のHP「佐賀の植物と自然  good site 2001.5選定 佐賀県の天然記念物」の中に、次の記録を見つけた。
 「NO 22 妙覚寺のボダイジュ 多久市南多久町 県指定  S62年 幹周470cm 樹高20m  樹齢800年」
 しかし、「妙覚寺のボダイジュ」は、もう佐賀県HPや「さが名木100選」に表われない。
 HPの寺関係を探すと、次のとおり記していた。
 
 「小城・多久周辺 天平13年(741)聖武天皇の勅願による行基の開基という伝承がある桐野山妙覚寺には、西行が「旅寝」した折りの句が伝えられている。
 妙覚寺にある菩提樹は,高さが20m、枝の広がりが15m、そしてなんと推定樹齢は1000年以上といわれている。菩提樹はクワ科の常緑高木。空に向かってそびえているその姿は,時の流れようともかわらない」(西行ゆかりの地HP)

 「境内に樹齢1000年ともいわれる菩提樹(現在治療中)があります。数年前久留米善導寺の実で育った苗木、3本を植樹、いつの日か昔のように実が結ばれるのを楽しみにしています」 (天台宗九州西教区HP<安西>)

 名木も治療したが枯れ果て、県指定は取り消されたと思われた。若木が植樹されているようなので、訪ねてみたが寺の人は不在だった。
 寺下の畑の人に聞くと、名木は十三仏の奥の方で石段を登ったところ。そこは珍しい「刻像青面金剛石祠」(多久市重要文化財)の、もう一段奥の石祠真後ろの山の斜面である。雑草が生い茂り、切株跡はまったくわからなかった。
 根元から8本ほどの幹に分かれ、幹回りはそれこそ太かった。若木もここに植えられたたが、老木の苗とあって樹勢なく育だたなかったらしい。

 代りに寺の反対山斜面、公民館先から奥の路地に入った民家の裏側に「皇塔」(おおかみのとう)という寺との関連史跡があり、劣らぬボダイジュがあると教えてもらった。ここも不思議な一角で、かなりの古木であるボダイジュが茂っていた。
 名木には対面できなかったが、古刹と史跡をゆっくり見学できた。
 場所は、多久聖廟入口となる「市民病院前」交差点から県道25号線を小城の方へ向う。南部小学校先のJA多久グリーンセンター前からまっすぐ山手へ上がった桐野集落に寺はある。古びた仁王門が迎える。

 福岡県側の五ヶ山ダム建設のため伐られようとしている福岡との県境、東脊振の「小川内のスギ」も早く行って確かめる必要があるが、遠すぎてなかなかここは行ききれずにいる。


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