みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

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佐賀の風景・史跡

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                     鍵尼遺跡  佐賀市大和町大字尼寺字鍵尼

 サイト「近世以前の土木・産業遺産」佐賀県リストによるデータは、次のとおり。遺跡の場所は分布図(佐賀市教育委員会発行資料から)のとおり。
 現地に遺跡説明板があり、「肥前西海道跡」という現在の同じところを写してきた。切通し跡は、訪ねていない。

      鍵尼遺跡の古道・跡1 かぎあま
佐賀市 道路 長500m 古代 古代官道・西街道肥前路p27 調査地点およびその東西に水田および畑中に直線状の帯状窪地が残る→道路痕跡と推定 3 C

       鍵尼遺跡の古道・跡2 かぎあま
佐賀市 道路 幅12.5-16m 古代 古代官道・西街道肥前路p27 鍵尼遺跡の古道跡1の北側に位置する 3 C

      鍵尼遺跡の切通し・跡 かぎあま
佐賀市 切通し 比高差0.8-1.0m 古代 古代官道・西街道肥前路p27 鍵尼遺跡の古道跡1の南側に位置する 3 C

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                          とうれぎ土塁  基山町宮浦

 現地説明板は、次のとおり。JR基山駅から基山町役場へ向かうと、県道300号に入る玉虫交差点を曲がったすぐ先の左側にある。
 関屋土塁跡は、JRと国道3号線に寸断され、今は若宮神社下に標識しかないそうだ。

      とうれぎ土塁
 本土塁は、基肄城及び基肄郡に関連した防衛施設として築堤されたものと考えられている。
 昭和50年度の調査で、この土塁より版築状にかためられた土層が確認されたことから、宮浦字宿に所存する関屋土塁との類似性が認められ、ほぼ同時期の築堤と考えらる。
 なお、本土塁は、向平原丘陵と千塔山丘陵の間約350メートルを結んでいたと思われる。
    昭和60年3月    基山町教育委員会

 サイト「近世以前の土木・産業遺産」佐賀県リストのデータに、次のとおり登載された。

      とうれぎ土塁・跡
(三養基)基山町 土塁 天智3(664)? WEB/WEB(みさき道人) 保存状態は良好 大宰府防衛のために築かれた基肄城の関連施設/水城と似ている 2 B

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                    背振山系の肥前、筑前国境石群  みやき町蓑原

 背振山系には、多数の肥前、筑前国境石が確認されている。私が訪ねたのは、佐賀県みやき町中原橋交差点から県道136号により七曲峠へ向かい、途中から東の石谷山方面への九州自然歩道に入る。約1時間歩いて三領界峠(三国峠)手前まで行って引き返した。
 私がこの区間で見た国境石は、4つ。いずれも自然歩道沿いの北にあり、自然石に「従是北筑前國」と刻む。(脊振はどうやら肥前建立のようです)とあり、自然歩道から少し離れた国境石の位置を現県境とすると、いずれも佐賀県みやま町に所在し、肥前國が建てた?国境石と思われる。

 この国境石は、HP「筑前国境石散歩」背振山群の項、その内No.13〜21(三領界峠〜七曲峠)を参照。
  http://www.geocities.jp/chikuzensakaiisi/page138.html
 私が撮影した写真は、歩いた方向順に、No.20、No.19、積石、屏風石、No.17、No.16となる。No.18(大きな2連の石に文字あり。 大きな自然石に小さく文字が書いてあります。)は、資料を持参してなく、どうやら見落としている(9枚目写真の大石後ろ側の二連の石)。

 あと坂本峠へ出て福岡県那珂川町五ケ山へ下ったが、佐賀橋上流の国境石垣などは、五ケ山ダム建設と周辺国道385号など付け替え工事のため、現地へ立ち入れなかった。

 

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                      横武クリーク公園のクリーク  神埼市横武

 サイト「近世以前の土木・産業遺産」佐賀県リストによるデータは、次のとおり。神埼警察署から県道48号により西へ向かう。JR長崎本線と交差した先の西郷交差点に案内標識があり、左折して行く。
 横武クリーク公園は、横武城跡である。アーチ橋が3橋ほどあるが、すべて鋼鉄に板張り。

  横武クリーク公園のクリーク よこたけ
神埼市 横武 クリーク 江戸期? WEB 公園化 干満の差の大きい有明海沿岸特集の農村集落の形態 2 B

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                       城原川の百間土居  神埼市城原

 サイト「近世以前の土木・産業遺産」佐賀県リストによるデータは、次のとおり。神埼から県道21号を北上。飯町交差点から左折して仁比山保育園の方へ向かうと、その先の城原川に朝日橋がある。現地説明板がここの土手に建っている。

   城原川の百間土居 じょうばる、ひゃっけん
神埼市 城原川 石堤防 長約200m 寛永11(1634)以前 現地解説板 石がほとんど見えない 成富兵庫茂安/農地開発のため、城原川の流路を西行させる目的で築かれた石垣積みの堤防 2 B


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