みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

長崎の風景・史跡 (市東南)

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                        御 船 手  長崎市深堀町1丁目

 この項は、本ブログ次を参照。場所は深堀バイパス(県道29号)歩道橋の所から右折、高架橋下を通って行く。   深堀の散策(1)長崎市深堀町1〜6丁目  http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/55823847.html
 中尾正美編「郷土史深堀」昭和40年刊の第五部深堀史跡篇195〜212頁による説明は次のとおり。
 平幸治著「肥前国 深堀の歴史」(新装版)492〜493頁の写しも載せる。

  (2)御 船 手(1丁目460)
  佐賀藩海軍の施設があった処である。元来、長崎は日本の唯一の開港場であつた関係上、外国船の入港も多く従って之が警備のため、佐賀藩、黒田藩が1年交替で長崎御番の任につき、佐賀藩の当番年には本藩家老(深堀の領主)が之に当り、記録によれば寛永年中(1631年)以降である。又沖波に対して、埋立前は殿様石垣が約100m位防波堤としてあった。その左側の石垣(永江)は当時のまゝである。日本博愛社は日本赤十字社の前身で、西南の役に多数の官賊の負傷者を見て、其の必要を痛感し博愛社を創った佐野常民が、此処で日本最初の蒸気船を作った処でもあるが、その結果は芳しくなかった。

 サイト「近世以前の土木。産業遺産」長崎県リストのデータに、次のとおり登載された。

      深堀の御船手・跡 ふかほり
長崎市 石護岸 寛永8(1631)以降 WEB(みさき道人) 埋立により形態は改変→石垣護岸のみ残る 佐賀藩海軍の船溜/長崎警備のために設けられた 3 B

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                   深堀陣屋跡の現況 (11)  長崎市深堀町5丁目

 深堀氏の居城だった深堀陣屋跡の現況は、本ブログ次を参照。
  現況(10)は、http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/69924815.html

 長崎市教育委員会から「深堀陣屋跡―教会新築計画に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書―」が、2015年3月発行された。報告書から主な内容を載せる。
 報告書は、長崎市立図書館・長崎県立図書館・長崎歴史文化博物館・長崎市深堀地区公民館図書室で閲覧または貸出されるので、詳しくはこれを利用し見ていただきたい。

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                  準提観音・唐船石・祝捷山  長崎市田上4丁目ほか

 2015月1月10日に、星取山NTT長崎無線中継所構内の見学後、準提観音・唐船石・祝捷山を訪れた。長崎楽会で歩くらしいので、その下見だった。

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                 長崎警備の拠点―深堀  第25回佐賀城下探訪会から

 さが城下まちづくり実行委員会主催「第25回佐賀城下探訪会」は、平成26年12月7日(日)、テーマ”長崎警備の拠点―深堀・諫早”として、約100人が参加。貸し切りバス2台で来崎された。
 午前中の深堀の現地講師は、江越弘人、平幸治、午後の諫早は織田武人の各先生だった。私も取材のため深堀分のみ参加させてもらったので、この状況を写真により報告する。

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                   深堀陣屋跡の現況 (10)  長崎市深堀町5丁目

 深堀氏の居城だった深堀陣屋跡の現況は、本ブログ前の記事を参照。
  現況(1)は、http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/68763161.html
  現況(2)は、http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/68778372.html
  現況(3)は、http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/68830694.html
  現況(4)は、http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/68894923.html
  現況(5)は、http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/69116405.html
  現況(6)は、http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/69242654.html
  現況(7)は、http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/69379151.html
  現況(8)は、http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/69508627.html
  現況(9)は、http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/69656285.html

 深堀陣屋跡に建設されたカトリック深堀教会は、昨年11月24日定礎式があった。南西側箇所で主に発掘された深堀陣屋御屋敷の礎石の石組みは無残に壊された。ここに建てた建物は、どこにでも建てることができる信徒のための納骨堂なのである。
 深堀教会は建設工事が完成し、2014年9月20日(土)に献堂式があった。教会HPによると、5月以降更新がなく、「ホームページの充実は今しばらくお待ちください」と、詳細がわからないので、私が昨日、新しい教会を訪ね全容を写してきた。
 広大なアスファルト舗装駐車場ができ、以前の教会建物は壊していた。納骨堂の建物には「ペテロ館」と表示されていた。

 「深堀陣屋跡」は、文化財保護法に基づく埋蔵文化財包蔵地として周知されている。昭和35年にカトリック長崎大司教区の所有地となったが、戦国・近世初頭期研究において重要課題である深堀氏研究が進展するためにも、今は深堀氏関連遺跡の保存にできる限り務める必要があるのに、すざましい遺構破壊の実情だろう。市指定天然記念物のアコウの樹の説明プレートも壊されたまま、まだ放置されている。
 以下のとおり、私たちが「長崎市政への提案」などで、早くから史跡保存を要望していたのに、まったく配慮されていない。その後、提案は少しは進展があったが、教会の品格と長崎市・県の見識のなさが疑われる。
 今となって地元深堀地区連合自治会が、石垣を景観重要建造物に指定するよう働きかけているので、来年2月の審議会に付議されるのではないかと思われる。

   長崎市政への提案と回答内容

ご意見(要旨) 【深堀陣屋跡の発掘調査結果の公表と、残された遺構の保存方法】  【2014年04月受信】
 深堀陣屋跡に建設されるカトリック深堀教会は、昨年11月24日定礎式があった。現在、教会建設工事が本年秋完成を目指し、急ピッチで進められている。長崎市文化財課の発掘調査は11月末で終了したが、その結果がいまだ公表されない。
 南西側箇所で主に発掘された深堀陣屋御屋敷の礎石の石組みは無残に壊された。ここに建てている建物は、どこにでも建てることができる信徒のための納骨堂なのである。
 史跡保存については、長崎市と教会側で十分に配慮するとの協議があっているのに、不可解な進展具合である。市民や地元にまったく説明がない。長崎市政への要望や提案を早くから提出しているのに回答をしない。長崎市長が前面に出て強力な指導をするべきでなかったか。
 遺構は埋め戻し、65cmかさ上げ施工したというが、基礎工事を見るかぎりあまり信じられない話である。
 破壊された遺構は、今更どうしようもない。法の不備と行政の限界、怠慢もあったが、納骨堂前の駐車場とする部分に、礎石石組みはまだ半分位は残っていると思われる。その部分は舗装しなく、柵囲いと配水設備を設置し、礎石を屋外展示してもらう方法がある。
 関係者が今から協議し、これくらいは配慮して良いのではないだろうか。それがカトリック教会の品格と言うものだろう。報道機関も問題意識を持って、大いに動いてもらいたい。
 深堀の殿様気分では、納骨堂の霊も居心地が悪いだろう。佐賀藩でも諫早や神代と同じような深堀領だった。佐賀の人にも顔向けができない史跡破壊の実情である。

回答 【文化財課】  【2014年05月02日回答】
 深堀陣屋跡の調査結果は、平成26年度に発掘調査報告書にまとめ、県内外の公立図書館や大学等の研究機関に配布して公開する予定です。また、地元深堀の皆さまをはじめ、多くの市民の皆さまにも調査結果を知っていただくために、深堀貝塚遺跡資料館の展示コーナーで調査結果と出土品を紹介する予定です。
 調査の公表にあたっては、写真・図面・出土品の整理作業が必要であり、整理作業は事業者に調査費用を支出していただき、本年度に実施する予定です。遺跡の発掘調査の整理は、時間と費用を要しますので、ご理解いただきますようお願いします。
 今回の発掘調査で発見された遺構等は教会の新築工事に伴い失われましたが、発掘調査を行うことで、遺構等の記録は保存されています。また、工事内容の変更により、教会の敷地には、深堀陣屋跡の遺構が現在も多く地中に保存されています。これは開発行為に伴う埋蔵文化財(遺跡)の取り扱いとして問題ないと判断しております。
 残った遺構の取り扱いについては、未来に継承するため、地中に保存することを管理者であるカトリック深堀教会と協議済みです。屋外展示は遺構の保存管理に費用が掛かり、屋外にさらすことで遺構の劣化が懸念されるため、現在のところ、地中に保存することが、後世に継承するうえで最も適切な方法であると考えております。所有者・事業者であるカトリック長崎大司教区に工事内容を変更していただいたことで遺跡への影響は当初の計画よりも小さくなっています。発掘調査費用の支出や、工事前の発掘調査期間についても配慮をいただいており、今後は整理作業の費用も支出していただく予定となっています。文化財の保護について、これ以上の負担を求めることは、行政の指導として適切ではないと考えております。
 深堀陣屋跡の保護につきましては、今後とも所有者のご理解ご協力を得ながら取り組んでまいりたいと考えておりますので、ご理解いただきますようお願いいたします。


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