みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

長崎県の土木遺産・市水道史施設

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                  出島橋/(旧)新川口橋  長崎市中島川河口

 長崎市の繁華街、「中央橋」バス停から中島川の下流へ向かうと、国指定史跡「出島和蘭商館跡」があり、この角の河口に鉄橋のトラス橋「出島橋/(旧)新川口橋」が架かる。
 現在も供用中の鉄橋では日本最古のもの。一方通行となっており、中心街の橋なので通行量は多い。

 土木学会編「日本の近代土木遺産(現存する重要な土木構造物2000選)」の中より、九州での河川、道路を主とする公共的な土木施設を紹介した社団法人九州建設弘済会HP「土木遺産 in九州」長崎県の中の説明は次のとおり。

           出島橋/(旧)新川口橋  長崎県長崎市中島川河口   〔橋 梁〕

  現存する3番目に古い道路トラス。橋柱隅角部に唐草模様アリ。

所在地・完成年等
  ●所在地:長崎県長崎市中島川河口
  ●完成年:1890年(明治23年)完成→1910年(明治43)転用
  ●設計者:不明
  ●施工者:日本土木会社
  ●管理者:不明
  ●文化財指定等:選奨土木遺産

施設の形式・諸元
  ●橋長:36.7m
  ●径間:34.75m(T)
  ●形式:錬鉄プラットトラス(平行弦、ピン結合、下路)

遺産の説明(社会的背景・歴史的・文化的価値など)
  出島橋は、中島川河口に架かるトラス橋で、供用中の鉄(てつ)橋では日本で最古のもので、道路トラス橋としても日本で3番目に古いものです。
  建設当初は、新川口橋と呼ばれていました。明治43年に、木鉄混交橋の旧出島橋が老朽化したために、この新川口橋を出島橋の場所に移設して、改めてこれを出島橋としました。
  わが国の初期の近代橋梁形式であり、近代橋梁技術の歴史的視点からも貴重な橋梁で、また、当時の長崎の繁栄を示す近代化遺産でもあります。構造は各部材がボルトで結合されたトラスで、アメリカから輸入された錬鉄のピン結合によるプラットトラス橋です。

交通アクセス  中央橋バス停すぐ。

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                   元船岸壁  長崎市元船町長崎港

 最初の写真は、HP「土木遺産 in九州」による長崎港元船岸壁の掲載写真。2006年当時の撮影と思われる。ここは現在、長崎港改修工事の真っ最中で姿を変えている。
 場所は元船町。食糧倉庫ビルや日通倉庫のある前の岸壁である。JR長崎駅から国道202号線の大波止通りに進み、「コナミスポーツクラブ長崎」前から右折すると、岸壁のこの場所に出る。

 岸壁のあった所は埋め立てられ、道路が拡幅されて交差点となり、信号まであった。景色の比較写真だけ撮って帰ろうと思ったら、大波止側の埋立て空き地に当時の「切石布積の石護岸」の石を平面に広く並べ、野積みしてあった。
 切石の数は、1000は有にある。工事施工長崎県の立派な対応と思われる。一時保存しておいて、また近くの別の場所に活用されるのであろう。

 土木学会編「日本の近代土木遺産(現存する重要な土木構造物2000選)」の中より、九州での河川、道路を主とする公共的な土木施設を紹介した社団法人九州建設弘済会HP「土木遺産 in九州」長崎県の中の説明は次のとおり。

               元船岸壁  長崎県長崎市長崎港   〔港・岸壁〕

  大規模な港湾の石護岸。

所在地・完成年等
  ●所在地:長崎県長崎市
  ●完成年:1927年(昭和2年)
  ●設計者:不明
  ●施工者:不明
  ●管理者:不明
  ●文化財指定等:

施設の形式・諸元
  ●延長:673.2m
  ●形式:石護岸(切石布積)

遺産の説明(社会的背景・歴史的・文化的価値など)
  元船岸壁は、長崎湾にそそぐ浦上川河口付近にある長さ673.2mの大規模な切石布積の石護岸です。岩原川から中島川河口間に護岸を築造し、背後を埋め立てたもので、大正11年に着工し、昭和2年に完成したものです。
 形式は、ケーソン岸壁の上に石護岸が残り、石積み部分は左岸を用いた和風布積であり、典型的な長崎式であるといえます。

交通アクセス  JR長崎駅から徒歩で約5分。

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                    小ヶ倉(水道)堰堤  長崎市小ヶ倉町

 長崎市街からならオランダ坂トンネルがある高速道ながさき出島道路入口から、国道499号線により野母崎方面へ向かう。
 古河町交差点から左方の「小ヶ倉バイパス」に入り山手の高台を行く。上戸町のカーブとなる所に「水源地下」バス停があり、コスモGS角から左折して谷間へ進む。
 浄水場の奥に「小ヶ倉(水道)堰堤」がある。堰堤下には平成3年の長崎市水道創設100周年を記念した「小ヶ倉水園」が造られている。

 土木学会編「日本の近代土木遺産(現存する重要な土木構造物2000選)」の中より、九州での河川、道路を主とする公共的な土木施設を紹介した社団法人九州建設弘済会HP「土木遺産 in九州」長崎県の中の説明は次のとおり。

            小ヶ倉(水道)堰堤  長崎県長崎市小ヶ倉町   〔堰 堤〕

  当時日本で最も高い水道用ダム。御影石を張った重厚な壁体。

所在地・完成年等
  ●所在地:長崎県長崎市
  ●完成年:1926年(大正15年)
  ●設計者:中島鋭治
  ●施工者:不明
  ●管理者:長崎市水道局
  ●文化財指定等:

施設の形式・諸元
  ●高さ:41.21m
  ●延長:135.56m(10門)
  ●形式:粗石コンクリート(表面布積)重力ダム

遺産の説明(社会的背景・歴史的・文化的価値など)
  小ヶ倉堰堤は、大正15年3月に完成した当時日本で最も堰堤が高い水道用ダムです。粗石コンクリート造りの重力式ダムで、瀬戸内産の御影石を張った重厚な壁体に特徴があります。
  周辺は公園として整備され、市民の目にも触れ易い堰堤です。この本提の前にはアーチ型の副ダムあり、ずっしりした黒い本堤と、赤茶色に映える副ダムが対照的な印象を与えてくれます。

交通アクセス  長崎自動車道 長崎ICから車で約10分。

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                      日見隧道   長崎市芒塚町

 長崎市街からなら諏訪神社前馬町交差点から、国道34号線により矢上方面へ向けて走る。「妙相寺道」交差点から右折し、国道34号線の旧道を行くと日見峠下のトンネル「日見隧道」に着く。こちらの入口が「西口」。トンネルを出た所が「東口」。
 日見峠には、往時の長崎街道と明治期の日見新道が通る。
 トンネル西口に建設記念碑があり、東口に桐ノ木茶屋跡があり道路公園となっている。

 土木学会編「日本の近代土木遺産(現存する重要な土木構造物2000選)」の中より、九州での河川、道路を主とする公共的な土木施設を紹介した社団法人九州建設弘済会HP「土木遺産 in九州」長崎県の中の説明は次のとおり。

               日見隧道  長崎県長崎市芒塚町   〔トンネル〕

  一般国道34号 大正期最長の道路用Cトンネル。ポータルは装飾的なピラスターと笠石の二重デンティル。

所在地・完成年等
  ●所在地:長崎県長崎市芒塚町、一般国道34号
  ●完成年:1926年(大正15年)
  ●設計者:日見新道株式会社
  ●施工者:日見新道株式会社
  ●管理者:不明
  ●文化財指定等:国指定有形文化財(登録有形文化財)

施設の形式・諸元
  ●延長:640m
  ●幅:7.2m
  ●形式:コンクリートブロックトンネル(コンクリートポータル)

遺産の説明(社会的背景・歴史的・文化的価値など)
  長崎市中心部への入口にある日見峠は、江戸時代の長崎街道における難所で、西の箱根とまで言われたそうです。日見隧道は、国道25号(当時)の交通の難所であった日見峠の改良のために、長崎県によって造られた隧道で、大正15年に開通しています。
  全長は634mで、コンクリートブロックとコンクリート によって造られ、坑口は非常に重厚な造りで現在でも変わらぬ姿で利用されています。車社会が到来する以前の大正15年に築造されたにも関わらず、ほぼ完全な2車線が確保されていますが、当時としては画期的なものであったと思われます。
  長く、国道34号として主要幹線道路の役割を担っていましたが、現在、新日見トンネル(1055m)が開通した日見バイパスがその役目を引き継ぎ、日見隧道は、地域の道路トンネルとして活用されています。
  専門的には、側壁コンクリート工事の施工では、トンネルの壁を支えている支保工(しほこう)は木材で作られており、内部巻立工事といわれる施工方法で工事が進められました。これは、型枠に添って重いコンクリートブロックを積み上げながらコンクリートを充填し、トンネルのアーチ部分を作り上げていく作業です。工事には、ベルトコンベアーやトラックなどの運搬手段は使われておらず、多くの作業員の人力によって、掘った土はトロッコを使って外へ運び出していました。

交通アクセス  JR長崎駅からバス(矢上団地行等)30分、芒塚下車、徒歩約10分

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                   本河内低部(水道)堰堤  長崎市本河内

 JR長崎駅前から「蛍茶屋」行き電車、または国道34号線により諏訪神社前馬町交差点を通って「蛍茶屋」まで行く。電停左の道へ入ると本河内低部(水道)堰堤下へ出る。
 
 土木学会編「日本の近代土木遺産(現存する重要な土木構造物2000選)」の中より、九州での河川、道路を主とする公共的な土木施設を紹介した社団法人九州建設弘済会HP「土木遺産 in九州」長崎県の中の説明は次のとおり。
 
             本河内低部(水道)堰堤  長崎県長崎市本河内   〔堰 堤〕

  明治30年代の水道ダムで頂部に2本の線あり。

所在地・完成年等
  ●所在地:長崎県長崎市
  ●完成年:1903年(明治36年)
  ●設計者:吉永長策
  ●施工者:不明
  ●管理者:不明
  ●文化財指定等:

施設の形式・諸元
  ●高さ:22.71m
  ●延長:115.15m
  ●形式:粗石コンクリート(コンクリートブロック張)重力式ダム

遺産の説明(社会的背景・歴史的・文化的価値など)
  本河内低部堰堤は、明治36年に本河内高部貯水池の下流に完成した日本で2番目のコンクリート造の水道ダムです。長崎市域の拡張に伴う人口の増加により、長崎市第1次水 道拡張事業により建設されたものです。
 当時の絵はがきにも登場するほど、長崎市の観光名所の一つとなっていました。隣接する本河内高部ダムと低部ダムの二つのダムからでも、明治期の技術革新の推移を見ることができます。

交通アクセス  長崎から国道34号線を日見ヘいく途中にあり。

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