みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

長崎の巨樹・名木 (県 北)

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            史跡「川原悠々宅跡」のクスノキ  東彼杵郡東彼杵町瀬戸郷

 国道34号線千綿駅前を過ぎると、東彼杵町瀬戸郷のバス停があり、JA千綿支所がある。史跡「川原悠々宅跡」はこの背後の高台にあり、手前の車道を上がって行くか、先の小川沿いから細い車道を高台を目指し上がって行く。
 何れも高速道の下をくぐる。道路がわかりにくいから、高台に上がって高木の場所を探す。
 Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中の説明は次のとおり。

                            クスの巨木

 東彼杵町瀬戸郷の民家の屋敷内にある。遠目から見るとさほどのクスでもないが、近づいて、その幹の大きさに圧倒される。思わず息をのんだ。
 幹周り10m、樹高15m。県下のクスの巨木では、長崎市の矢上神社のクスに次ぐ5位のクスノキである。クスの根の一部は民家に入り込んでいる。根元には小さな石の祠が2つ置かれてある。

 民家は「川原悠々宅跡」として町の文化財に指定されている。小さな庭園があり、池には鯉が泳いでいる。マンリョウとシロミノマンリョウが多数植えられてあった。川原悠々は習字師であったが、後に代官となり、この屋敷に居を構えた。俳諧を嗜み、82歳で没した。

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              太ノ浦のオガタマノキ  東彼杵郡東彼杵町太ノ浦郷

 東彼杵町太ノ浦(たのうら)郷とは、自衛隊大野原演習場近く。千綿渓谷から車は行けないから、国道34号線千綿宿先の東そのぎグリーンテクノパークへ上がる道路に右折して入る。
 「自衛隊道路」と言われ大野原までかなり進む。町営バスバス停があり、左方へコンクリート道を上がって行くと、太ノ原のまとまった集落に出る。

 「太ノ原」バス停の茶畑先にオガタマノキの木が見える。町指定天然記念物の巨木。この道をまっすぐ下って行くと、中尾郷を通り大楠小学校先で俵坂峠側の国道とまた合う。
 Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中の説明は次のとおり。

                        オガタマノキの巨木

 東彼杵町太ノ浦郷太ノ原の太ノ原公民館近くにある。周辺は彼杵茶の茶畑がある。茶畑の斜面にあり、枝を斜面下に垂らしていて、樹形がいい。幹周り5.7m、樹高20mほどある巨木。祠が安置されていて神木である。
 町の天然記念物に指定されている。小長井町のオガタマノキに次ぐ巨木である。幹周りから想像すると樹齢900年ほどだろうか…。巨木の傍に、別のオガタマノキの大木があり、根元で繋がっている。

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          三根墓地のクロガネモチ(雄株)  東彼杵郡東彼杵町三根郷

 東彼杵町三根郷にある。国道34号線を高速道IC交差点から嬉野の方へ向い、彼杵川の大きな橋を渡ると、川棚方面からの道と合いカーブする。この右手の共同墓地の真ん中に樹形のよい巨木が1本立っている。これがクロガネモチ(雄株)である。
 Otoji.K氏HP「長崎県の名木」リストの中の説明は次のとおり。

                   クロガネモチの巨木(雄株)

 東彼杵町三根郷にあるクロガネモチ。34号線に接する共同墓地の中央にそびえている。幹の中ほどから複雑に幹が分れていて、お墓のほぼ全てが枝で被われている。昔から、お墓を守ってきたという雰囲気が漂い、その樹形は圧巻。
 幹周りは、両手で抱いて2回半ほどあり、およそ4m弱。幹周りから推定すれば、樹齢は250年前後だろうか…。長崎のクロガネモチの巨木では上位に位置する。

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             長崎街道のクスノキ(二世)  東彼杵郡東彼杵町菅牟田郷

 東彼杵から国道34号線を嬉野の方へ向い約5分、高速道のガード下を通りしばらくすると大畑小学校へ下る右分岐がある。クスノキは学校前の車道のもう一段下側の車道に入口があるので、下って回りこむ。
 この下側の道が長崎街道。東彼杵の町から続き車道としても整備されており、この道をたどってもこの場所に来られる。帰りの大村湾夕暮れ空にジェット機が上昇した。
 Otoji.K氏HP「長崎県の名木」リストの中の説明は次のとおり。樹齢3500年以上の大楠だったとは?。シーボルトが描かせた画も転載した。今ある木はその二世である。
 
                        クスノキ二世

 東彼杵町ニの瀬にあるクスノキ。以前は樹高23.6m、幹周り16.3mで、樹齢3500年以上の巨木であった。長崎街道にあり、1826年(文政9年)シーボルトがその姿を描かせている。明治27年頃、樟脳の原料として切り倒され、小学校建設の費用に当てられたらしい。現在のクスノキはその二世である。大楠小学校の近くにある。
 最下部の画は、シーボルトが描かせた大楠。〜「シーボルト(日本)雄松堂より」〜。
幹が空洞になっており、畳八枚ほどの広さだったらしい。

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                彼杵小学校のエノキ  東彼杵郡東彼杵町蔵本郷

 東彼杵町の町中に入るとすぐ国道に横断歩道橋があり、この左手に彼杵小学校がある。エノキは学校の体育館裏にあるので、学校正門前を車道は右へ行ってフェンス越しに木を見られる。
 Otoji.K氏HP「長崎県の名木」リストの中の説明は次のとおり。

                          エノキの巨木

 東彼杵町の彼杵小学校内にある。幹周り4.8m。目通りの高さにある枝は切断されていて、中は洞ができている。エノキの周辺はセメントで囲まれて保護されている。
 小学校に隣接して彼杵(そのぎ)神社があり、彼杵宿本跡がある。近くを長崎街道が通っていて、このあたりが、長崎街道と平戸街道との分岐点になる。
 近くの港には、二十六聖人乗船場跡がある。キリシタン禁止令によって捕えられた二十六聖人は、京都から護送されて、長崎街道を経てここに到着。ここから乗船して長崎に向い、西坂の丘で処刑された。二十六聖人も、このエノキを眺めたのだろう。


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