みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

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長崎の風景・史跡 (県 北)

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               爾自神社の東風石と石燈籠  壱岐市郷ノ浦町有安触

 郷ノ浦港から国道382号線により勝本方面へ向かう。柳田交差点から「猿岩」への県道59号線に入る。沼津中学校まで来ると、角に「鬼屋窪古墳」の案内標識があり、左折してこの道を行く。
 同古墳までの途中に「爾自神社」の案内標識があり、左の坂道を上がって行くと神社に着く。本殿後ろに割れた東風石が祀られ、石燈籠とともに町指定有形民俗文化財である。
 七夕会壱岐観光情報HP「壱岐ファイル」神社仏閣編による説明は次のとおり。

 爾自神社  場所 ● 郷ノ浦町有安触  アクセス ● 郷ノ浦港から車で20分

 爾自神社の本殿裏に祀られている高さ2.7m、玄武岩の「東風石」。神功皇后が三韓出兵のとき出航の順風を祈ったところ、この石が二つに割れ、そこからさわやかな東風が吹き出したという故事による。さらに江戸時代、平戸藩は朝鮮通信使の接待を勝本浦でおこなった。しかし風待ちで逗留が続くと藩の財政が逼迫するので、必死でこの東風石に順風を祈願したという。東風石前に寄進された石灯篭は「寛文十一」(1671)と刻まれ、お伊勢参りの道中安全祈願と成就の献納だという。

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                    鬼屋窪古墳  壱岐市郷ノ浦町有安触

 郷ノ浦港から国道382号線により勝本方面へ向かう。柳田交差点から「猿岩」への県道59号線に入る。沼津中学校まで来ると、角に「鬼屋窪古墳」の案内標識があり、左折してこの道を行く。最後は標識に従い細い農道へ入る。田と池のある谷間に出、右手に「鬼屋窪古墳」がある。

 墳丘の封土が取り除かれて、石室だけが露出しこんな姿となっている。長崎県内で初めて発見された装飾古墳という。線刻画らしいのは確認できたが、よく写せなかった。
(線刻画は、壱岐の自然と文化遺産研究保存会HP「ようこそ 壱岐へ」を参照)
 郷ノ浦町「郷ノ浦町史」平成10年刊、第三編文化財254頁による説明は次のとおり。

                    鬼屋窪古墳  町指定文化財 一基

 鬼屋窪古墳は、形状は円墳で、古墳時代後期(7世紀)の古墳である。当墳は捕鯨の線刻画をもつ装飾古墳である。線刻画は第一袖石部南側の西側壁と東側袖石部の2ヶ所にみられる。
 西側壁は壁面のほぼ中央部に舳先を南に向け8本の櫂をつけた一隻の舟が描かれている。舟の前方には鯨が描かれ、捕獲してある。東側袖石部は6隻の舟がみられたが、現在は判別し難い。
 石室は従来単室とされていたが、袖石の状態からみて、複室構造の横穴式石室と考えられている。石室の長さは4.11mである。

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             牧崎の鬼の足跡とゴリラ岩  壱岐市郷ノ浦町渡良東触

 郷ノ浦港から町の中心通りを北西の牧崎半島へ向けて進む。車で約15分。牧崎の先端に海食崖の大穴があり、「鬼の足跡」と呼ばれている。
 右方断崖すぐ近くに「微笑むゴリラ岩」。海中に立つ大岩。
 七夕会壱岐観光情報HP「壱岐ファイル」自然環境編による説明は次のとおり。

 牧崎・鬼の足跡  場所 ● 郷ノ浦町渡良東触牧崎  アクセス ● 郷ノ浦港から車で15分

 郷ノ浦町の西端、牧崎の先端にある。玄武岩の海蝕崖の絶壁上に広がる草原に、ぽっかり開いた周囲110mの大穴。これは途方もなく長い時間をかけて波浸食した海蝕洞の先端部が、陥没してできた穴である。壱岐を代表する景観で、地元では、大鬼のデイが鯨をすくい捕るために踏ん張ってできた足跡で「鬼の足跡」と呼ばれている。この時のもう片方の足跡は勝本町辰ノ島の蛇ケ谷にある足跡である。牧崎の海岸に突き出たにんまり笑うゴリラ岩が愉快だ。

 微笑むゴリラ岩  場所 ● 郷ノ浦町渡良東触牧崎  アクセス ● 郷ノ浦港から車で15分

 牧崎公園の「鬼の足跡」の北側海岸にある玄武岩の大岩を眺めていると、巨大なゴリラの横顔に見えてくる。頭頂部の尖り具合など絶妙なバランスで、鼻や口元の造形が粗いのもご愛敬として見れば、ゴホゴホと肩を揺らして不敵に笑っているようにも見える。黒崎半島にある壱岐のシンボル「猿岩」に向かって、まるで話かけているように海中に立っている。

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             壱岐産ステゴドン象化石  壱岐市郷ノ浦町・壱岐郷土館

 郷ノ浦港から町の中心通りを北西の「鬼の足音」方面へ向かう。壱岐市役所郷ノ浦庁舎への交差点も曲がらず、そのまま行くとすぐ左方に「壱岐郷土館」と「壱岐文化ホール」の大きな建物が見える。

 ステゴドン(旧象)化石産出地は、勝本町立石西触の通称「六郎瀬鼻」と呼ばれる海岸。湯本温泉の国民宿舎「壱岐島荘」の真北700mにあたる。
 昭和46年、流紋岩が露出した海食崖で、ステゴドン象の化石が発見された。この象は1,200万年前から200万年前にアジア大陸に生息した象の先祖で、壱岐が大陸と地続きだった頃に渡ってきたものと考えられている。

 化石は壱岐郷土館に展示されており、庭にはステゴドン象の実物大復元模型があった。
 長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。
 
                壱岐産ステゴドン象化石  県指定天然記念物

  指定年月日 昭和52年5月4日 所在地 壱岐郡郷ノ浦町本村触字平田445・壱岐郷土館
  所有者 郷ノ浦町
 昭和46年1月7日、勝本町湯ノ本浦西方六郎瀬鼻の海食崖に露出する地層から田島俊彦氏(当時長崎市茂木中学校教諭)が象化石を発見した。その後の本格的発掘調査により、臼歯の一部、門歯(いわゆる象牙、大小あり、2頭分と思われる)の他、多数の骨片
を掘り出し、ステゴドン象化石であることが確認された。発掘した化石標本(約20個)は、郷ノ浦町壱岐郷土館に収蔵されている。
 ステゴドンは、長鼻目、ステゴドン科に属する大型の旧象であり、屋根型の稜が列をなす臼歯が特徴である。壱岐産のステゴドンの右上顎の大臼歯の特徴は、日本産のアカシゾウやトウヨウゾウとは区別され、中国北部の楡社統(鮮新世中期)の旧象に類似する点が多い。

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                    初瀬の岩脈  壱岐市郷ノ浦町初山東触

 壱岐島の最南端の方となるので、郷ノ浦町の国道382号線沿いから岳ノ辻にいったん登り、若松経由で初瀬へ下っていくのが、案内標識が整備されてわかりやすい。
 鏡岳神社の前に駐車場があり、左手の民家の前を通る坂道と越すと岩脈の海岸へ出る。
 長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

                     初瀬の岩脈  県指定天然記念物

  指定年月日 昭和41年9月30日  所在地 壱岐郡郷ノ浦町初山東触字花川1586
  所有者 西八幡神社
 壱岐島は低い丘陵性の地形をもち、その地質は大部分が玄武岩類によって構成されている。南部の海岸地帯には、玄武岩に被覆される古期の火山岩類に属する安山岩や流紋岩が露出する。初瀬〜久喜間、および久喜〜印通寺間の海岸地帯に分布する流紋岩は、白〜灰白色を呈する黒雲母流紋岩であり、変質安山岩を被覆する。
 初瀬の鏡岳神社の北側では、流紋岩が露出する断崖絶壁に、幅17〜18mの玄武岩の岩脈が貫入し、縁辺部には流紋岩の捕獲岩を取り込んでいる。真白な流紋岩中に、真黒な岩脈がほぼ垂直に貫入している状態は、玄武岩が割目噴出をして、地表に溶岩流として溢れ出る過程を説明することのできる貴重な地質学的資料である。


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