みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

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長崎の風景・史跡 (県 北)

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                   波佐見町のキリシタン墓碑群  波佐見町野々川郷

 長崎県学芸文化課HP「長崎県の文化財」による説明は、次のとおり。県道104号の県境手前に案内板があり、県道カーブ地点から左へ120m入る。集落墓地の奥の方にあった。

  波佐見町のキリシタン墓碑群  山奥にひっそりと残るキリシタン墓碑群

史跡(県指定) 
よみがな  はさみちょうのきりしたんぼひぐん
指定年月日  1972年02月04日
所在地  東彼杵郡波佐見町野々川郷字大石の本1406
最寄り駅  西肥バス「大日」バス停 車10分

 ここの墓碑は,石工の手によらない粗雑な十字紋を陰刻しただけの自然石立碑で,台石もなく,すべて西に面して地面に立てられている。この地方のキリシタンは,明暦2年(1656)の郡(こおり)崩れ以後の弾圧強化で消滅したと思われるので,現存する墓碑群は明暦以前のものと推定される。厳重なキリシタン検索のなかで残り得たのは,伏碑と異なる自然石立碑であったためであろう。キリシタン分布の実証資料としても貴重である。

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                        野々川ダム  波佐見町湯無田郷

 波佐見町教育委員会「はさみ100選ガイドブック」1987年発行の119頁による説明は、次のとおり。主に治水を目的とした小規模ダム。クレストにラジアルゲートを2門使用する。
 波佐見町から佐賀県武雄市山内への県道104号沿いにある。

88 野々川ダム

 本町の中央部を流れる波佐見川(川棚に注ぐ)は、延長21.8km、流域8,144ha、県下で2番目の河川です。
 波佐見一万石(米)の灌漑水源で、古くから私たちの大切な水源として利用されてきました。ところが本町では5年おきぐらいに集中豪雨の被害を受けました。これを防ぐためにその上流にダムを建設しなければという声が高まり、野々川に治水ダムを建設することになりました。
 昭和43年ダム対策委員会が生まれ、翌44年に測量やボーリングが始まり地質調査もすみ、45年に用地買収・補償をすませました。46〜47年にかけて県営工事としてすすめられ、48年3月野々川ダムは完成しました。
 ダムの完成で洪水調節の役割りを果たし、田や水資源の確保に役立っています。その放流水の一部は上水道に利用されています。ダムの高さは25m、頂上の長さ86m、総貯水量は105万トンです。
 ダムの周囲は道路も整備され、春のつつじ・秋の紅葉が美しく、野鳥も多くて緑豊かな自然と調和しすばらしい季節感はハイキングコースにも最適なところでする
 大日バス停(東小学校入口)からダム堤頂まで約2kmありますが親子づれや歩こう会グループに好評です。

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                         東彼杵町の風景・史跡 (4)  

 2014年5月9日(金)、長崎県東彼杵群東彼杵町へ。ダンボールSL巡回展のあと、長崎への帰路訪ねた。
 瀬戸郷にある「キリシタン墓碑」と、江の串川の「河川公園やすらぎの里」。東彼杵町などHPによる紹介は、次のとおり。いずれも国道34号バス停近くに入口案内板がある。

  瀬戸郷にある「キリシタン墓碑」

 大村湾パーキングエリアの近く瀬戸郷にひっそりとふたつの墓碑がたたずんでいます。 高い方は佛式の墓碑、低い方は高さ65cm、幅51cmの自然石の墓石で、上に花十字、下に「元和(げんな)7年卯(う)月の日付、そして「一ノ瀬志ゆ阿ん(じゅあん)」と彫られています。
 厳しいキリシタン弾圧の中をくぐり抜け、現在まで残った貴重な墓石です。

  河川公園やすらぎの里…豊かな自然とやすらぎの水辺、江の串川

・より美しく、安全な江の串川
 大村市の郡岳を源に、東彼杵町を渡り、大村湾へと注ぐ江の串川。長崎県の「ふるさとの川モデル事業」に合わせて、河川公園「やすらぎの里」として生まれ変わりました。江の串川はもともと清らかで豊かな自然が息づく川として知られていましたが、川幅が狭く、川沿いに暮らす人々はこれまで何度も洪水に悩まされてきました。こうしたことから、もっと安全で快適な川になるようにと、「豊かな自然とやすらぎの水辺、江の串川」をテーマに、美しい河川公園となりました。

・花のやすらぎに彩られた公園
 また、四季折々の美しい花々に包まれた花の公園でもあります。花菖蒲や水仙などの可憐な花々が季節ごとの艶やかさを競う水生植物園をはじめ、新しい花見の名所を目指した桜広場、梅園などが整備され、江の串川の川辺を美しく彩ります。とくに、小高い丘の上にある梅園から見渡す公園の景観は美しく、陽光にきらめく水面や水生植物園の花々が、訪れる人々に心からのやすらぎをプレゼントしてくれます。

・人にやさしい、ふれあいの川 
 新しい江の串川の河川公園は、子どもからお年寄りまで、みんなが清らかな水と親しめる“ふれあいの川”。自然の岩や石を敷いた川床や緩やかな傾斜の堤防など、人へのやさしい心配りに満ちています。また上流には、大樽、小樽の二つの滝があり、その雄大で美しい景観にうっとりしながら自然の中で水遊びを楽しめます。清らかな水と緑、心地よい光と音にふれ、親しみながら、自然を愛する心とやすらぎの時を育む公園、それが江の串川の「やすらぎの里」です。

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                         東彼杵町の風景・史跡 (3)  

 2014年5月9日(金)、長崎県東彼杵群東彼杵町へ。ダンボールSL巡回展のあと、町内の近くを訪ねる。
 歴史公園彼杵の荘内のひさご塚古墳、東彼杵町歴史民俗資料館1階の展示内容。2階フロアーの歴史館・文化館は有料(大人200円)。同資料館HPによる「ひさご塚の歴史」は、次のとおり。

 ひさご塚は長崎県の代表的な「前方後円墳」で、長い年月の間に周辺が削られひょうたんの形をしているところから「ひさご塚」と呼ばれてきました。今から約1,500年前にこの地域を治めていた有力な豪族の墓で、地元では、神功皇后の三韓征伐の折り、武内宿禰(たけのうちのすくね)の配下として従軍した武将の墓であると言い伝えられています。
 昭和25年4月、長崎県の史跡として指定され、過去2回の調査が行われ、その結果ひさご塚が造られた時期は5世紀始めごろで、当時の規模は全長58.8m、後円部の直径37.7m、前方部の幅18.5mあったことがわかりました。また、副葬品として鏡や鉄剣などが出土しました。

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                         東彼杵町の風景・史跡 (2)  

 2014年5月9日(金)、長崎県東彼杵群東彼杵町へ。ダンボールSL巡回展のあと、町内の近くを訪ねる。
 道の駅彼杵の荘、歴史公園彼杵の荘内の切間石、旧岳中家住宅、資料館の体験工房など


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