みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

四国(愛媛・香川)

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                  遊子水荷浦の段畑  愛媛県宇和島市遊子

 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』による解説は、次のとおり。
 「耕して天に至る」段畑の景観。宇和海へ突き出た三浦半島の北岸から、さらに出た蒋淵(こもぶち)半島の中端部に水荷浦はある。
 宇和島南IC近くから、県道37号と県道345号により行く。

遊子水荷浦の段畑

遊子水荷浦の段畑(ゆすみずがうらのだんばた)は、愛媛県宇和島市遊子に位置する、急斜面に石垣を積み上げ作られた階段状の畑地である。
2004年(平成16年)の文化財保護法改正により創設された重要文化的景観選定制度により、四国地方で初めて2007年(平成19年)7月26日に重要文化的景観選定基準の「水田・畑地などの農耕に関する景観地」として、遊子水荷浦の段畑、の名称で選定を受けた。

概 要
四国西南地域に位置する愛媛県宇和島市遊子の水荷浦は、三浦半島の北岸から、宇和海及び宇和島湾に向かって分岐する岬の小さい集落である。
岬の急傾斜面には、小さな石を積み上げて形成された雛段状の畑地が形成されている。この畑地を水荷浦では「段畑(だんばた)」と呼んでいる。 この段畑を含む風景は、宇和海沿岸のリアス式海岸で営まれてきた半農半漁のくらしを示す独自の景観を形成している。

現 状
重要文化的景観を守るため、NPO法人「段畑を守ろう会」を中心として多様な活動が行われている。
・ふる里だんだんまつり
 4月から5月のうち1日間だけ開催、初掘りジャガイモの即売会をメインにする収穫祭。[1]
・段畑ライトアップ
 8月から9月のうち1日間だけ開催される竹とロウソクによる行灯で段畑を照らす夕涼みの会。[1]
・だんだん茶屋・だんだん屋
 NPO法人「段畑を守ろう会」が運営する地産地消のレストランと直売所、直売所では段畑で収穫されたジャガイモを原料にしたオリジナル焼酎「段酎」が販売されている。営業時間9時から16時で定休日:月・木曜日 。[1]

(あとがき)
 本ブログ2次の四国シリーズは、これで一応、完。八幡浜最終フェリーで別府へ、翌日、熊本県玉名郡和水町の江田船山古墳に寄り、有明フェリーで長崎へ夜、帰った。
 徳島・高知の今回の走行距離は、2661km。前回の愛媛・香川は、約2800km。
 遍路めぐりだけではない四国4県の魅力と見所を、私のヒマつぶしの観点から満載した。
 解説はなるべく理解しやすい資料から引用した。場所説明も地図を掲げず略しているから、四国へ出かける際は、事前研究をくれぐれもお願いしたい。

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                    須ノ川公園  愛媛県南宇和郡愛南町

 国道56号宿毛街道沿い。愛南町HP観光スポットによる説明は、次のとおり。
 5枚目写真は、鳥越トンネル上方の小岩道林道途中から。

須ノ川公園

足摺宇和海国立公園内にある「日本の渚100選」に選ばれた須ノ川海岸。海岸は玉の浜石が特徴で、沖を望むと真珠貝の養殖イカダがまるでじゅうたんのように広がっています。
約1キロメートル続く、海岸沿いに植林されたウバメガシ林は青く澄んだ美しい海と見事に調和しています。そして、美しい海の中を覗けば、さらに美しいサンゴが…。
毎年夏になると親子連れや若者のグループがキャンプや海水浴に訪れる須ノ川公園。ここ須ノ川公園ではそんな美しい海を堪能できるシュノーケリングや、初心者の方でも安心してシーカヤックも体験できます。
なお、公園内には売店のほか、シャワー設備(有料)、テントサイトなども完備!すぐ近くのグリーンパークすのかわでオートキャンプをするもよし、同じくすぐ近くの「ゆらり内海」で潮湯に浸かり、レストランで愛南町の特産品を味わうもよし。…

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                 大屋敷のケヤキ  香川県高松市塩江町

 四国森林管理局HP「森の巨人たち100選」管内による解説は、次のとおり。塩江温泉から「大滝山県民いこいの森」に入り、第3キャンプ場先の県道153号道脇に案内板がある。苫尾入口から訪ねたが、登り30分、下り20分は要する。早朝のため写真写りが悪かった。

74.大屋敷のケヤキ

幹周り 450cm  樹高 30m
樹齢 推定300年
所在地 香川県高松市塩江町

「大屋敷のケヤキ」は、大滝山自然休養林、大滝大山県立自然公園「大滝山県民いこいの森」に指定されている国有林にあります。
周囲はブナやケヤキ、ヒノキ林の広がる森林で、その中でも一際大きな巨木が「大屋敷のケヤキ」で、谷筋の歩道沿いにあり、容易に見つけることができます(根元に看板が設置してあります)。
「大屋敷のケヤキ」に出会うには、苫尾入口などの登山口から登るコースと西照神社・大滝寺から向かうコースなどがあります。

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              琴林公園(津田の松原)  香川県さぬき市津田町
 
 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』による解説は、次のとおり。

琴林公園

琴林公園(きんりんこうえん)は、香川県さぬき市津田町津田に位置する面積約9.3haの公園である。名前は、松原を吹き抜ける風の琴を奏でるような音に由来するという。一般的には津田の松原と呼ばれる。松原を抜けた先の浜辺は美しく、夏は海水浴客を多く集める。

歴 史
室町時代 - 常楽寺の僧により、防風林としてマツが植樹される。
1915年8月24日 - 県立公園に指定される。
1956年5月1日 - 国立公園に指定される。
1987年1月10日 - 日本の白砂青松100選に選定される。
1994年3月31日 - 道の駅に登録される。
1996年7月10日 - 日本の渚百選に選定される。
2004年 - 香川のみどり百選に選定される。

津田の松原海水浴場
 公園内にある津田の松原海水浴場は香川県で最多の遊泳客を集める大規模海水浴場であり、2009年の推定利用客数は9万3100人となっている[1]。香川県内では他に西部の観音寺市にある有明浜海水浴場が県内第2位の4万人を集客しているが、津田の松原は地理的にも人口密集地の高松市に近いことなどからその2倍以上の集客がある。

所在地:香川県さぬき市津田町津田

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                高松城(旧東之丸艮櫓)  香川県高松市玉藻町

 国指定文化財等データベースによる解説は、次のとおり。

名称: 高松城
ふりがな: たかまつじょう
棟名: 旧東之丸艮櫓
ふりがな: きゅうひがしのまるうしとらやぐら
員数: 1棟
種別: 近世以前/城郭
時代: 江戸中期
年代: 延宝5
西暦: 1677
構造及び形式等: 三重三階隅櫓、入母屋造、本瓦葺
指定番号: 01097
国宝・重文区分: 重要文化財
重文指定年月日: 1947.02.26(昭和22.02.26)
所在都道府県: 香川県
所在地: 香川県高松市玉藻町
所有者名: 高松市
解説文: なし

  (高松城跡の詳細解説)
天正15年生駒親正讃岐に封ぜられ、翌16年この地に城郭を築いた。生駒氏が寛永17年領地を没収され、同19年松平瀬重これに代って就封したが、松平氏は爾来中国西国の鎭として重きをなし、連綿相続いて明治維新に至った。
本城の創置には黒田孝高の指示を得たといわれるが、現在の遺構は盖し近世初期の構築にかかり、これに松平氏が修築を加えたものと思われ、一に玉藻城ともいわれる。
地は海に臨み、これを北面の備とし、東方また海に近く。西方に石清尾山を障壁とし、南方において陸に続いている。城郭は平城であって矩形状にめぐった外堀、中堀を以て、東、西、南を固め、更に幅の広い内堀によって各郭を遊離せしめつつも、巧に配置して、最も高い天守曲輪を囲繞し、これを守っている。即ちその西方より南方にかけて西の丸及びこれに地繞きの桜馬場を鍵の手に設け、北方には二の丸を、東方より北東方にかけては三の丸を配していて、簡單ではあるが要を得た縄張と思われる。松平氏時代において三の丸の北東部を更に増強して新曲輪を築き、在来の海手門に代えて水御門を海に向って開き、また城の東辺を固めて作事曲輪(東の丸)を設けた。現在中堀内において、西の丸、西側の内堀及び桜馬場の西部は全く湮滅し、中御門の枡形、作事曲輪も概ねその旧態を失い、殊に北面が海面埋立のため海と稍々隔っているのはまことに惜むべきであるが、内海における瀕海諸城中、その遺構を止め、旧規を偲び得られるものとしては最もすぐれているばかりでなく月見櫓、渡櫓を伴う水御門の完存するが如きは殊に貴重であり、城郭史上価値ある遺跡である。
S43-01-020高松城跡.txt: 高松城は、寛文・延宝年間に、松平氏によって北と東に拡張された。このうち、東側の東之丸は、これまで指定されていなかったので、その北縁から東縁にかけて遺存する一連の石垣とその背後の土坡が追加指定された。

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