みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

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近畿(兵 庫 県)

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                  五 色 浜  兵庫県洲本市五色町鳥飼浦

 現地説明板は、次のとおり。
 洲本市街から県道472号により五色町鳥飼浦まで行き、県道31号により五色浜まで南下する。

   五 色 浜

 五色浜は瀬戸内海国立公園内に約2キロメートルに渡って五色の鮮やかな小石が敷きつめられた美しい海岸です。
 この浜の石は、薄く層状の結晶片岩と珪岩(チャート)からできており、美しい艶がある珪岩が一般に天然記念物といわれる五色石です。
 白い波が色とりどりの浜を洗う風情に誘われて、古来より文人墨客が訪れては、ため息を洩らしたそうです。
 夏は海水浴で賑わい、秋から冬にかけては美しいサンセットを見ることができます。
   近畿自然歩道  環境庁・兵庫県

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              鳥飼八幡宮のイブキ  兵庫県洲本市五色町鳥飼中

 HP「巨樹と花のページ」兵庫県による説明は、次のとおり。
 洲本市街から県道472号により五色町鳥飼へ向かう。鳥飼川の側で鳥飼小学校横に鳥飼八幡宮がある。

   鳥飼八幡宮のイブキ

 説明板がないので推定ですが、幹周約3m。
 随神門のそばに立っていますが、大きな幹のねじれと、左に大きく伸びた枝が特徴。
 天然記念物の指定はありませんが、ビャクシンの巨木としてはなかなかのものです。
 本殿は江戸時代初期の慶長8年(1603年)に建てられており県の重要文化財。

 ● 名 称:鳥飼八幡宮のイブキ
 ● 所在地:兵庫県洲本市五色町鳥飼中314
 ● 指 定:なし

  鳥飼八幡宮葉境内の由緒書きによれば、平安時代前期の貞観元年(859年)に京都の石清水八幡宮の別宮として淡路島の八幡宮として造られたそうです。ご祭神は石清水八幡宮と同じで、応神天皇、神功皇后、比売大神の三神です。
 イブキ(ビャクシンともいいます)は参道から石段を登った随神門のそばにあり、水平に大きく伸びた枝が特徴です。ビャクシンによくある幹のねじれもありなかなかの巨木です。参道にあるホルトノキが市の天然記念物で有名ですが、こちらのイブキにも注目をしてほしいものです。

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             鳥飼八幡宮のホルトノキ  兵庫県洲本市五色町鳥飼中

 洲本市HPの歴史・文化による説明は、次のとおり。
 洲本市街から県道472号により五色町鳥飼へ向う。鳥飼川の側で鳥飼小学校横に鳥飼八幡宮がある。

 ■名   称 鳥飼八幡宮のホルトノキの巨木
 ■指定種目 市指定 記念物
 ■指定年月日 昭和62年11月20日
 ■文化財種類 天然記念物
 ■樹   齢 約600年
 ■所 在 地 洲本市五色町鳥飼中314
 ■所 有 者 鳥飼八幡宮
 ■管 理 者 鳥飼八幡宮
 ■概   要
 ホルトノキは千葉県以西の温暖な地方に生える常緑高木で、県下では淡路島にのみ自生するといわれています。高さ17.1m、根廻り8m、幹廻り4.1mの巨木で、樹齢約600年といわれています。

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                   白巣城跡  兵庫県洲本市五色町鮎原

 洲本市HPの歴史・文化による説明は、次のとおり。
 洲本市街から県道46号により五色町鮎原へ向う。鮎原交差点に出る手前左に、「白巣城跡」の案内標識があり、南側の山中へ入る。駐車場までの道のりと遊歩道の登りもかなり険しい。

■名  称 白巣城跡 (しらすじょうせき)
■指定種目 市指定 記念物
■指定年月日 平成24年3月29日
■文化財種類 史跡
■時  代 戦国時代
■所 在 地 洲本市五色町鮎原三野畑
■所 有 者 個人 外
■管 理 者 三野畑町内会
■概  要
 白巣城は戦国時代の山城で、淡路島の有力国人であった安宅(あたぎ)氏の居城であったといわれており、安宅八家衆の城のひとつに数えられています。天正9年(1581)に羽柴秀吉の淡路攻めの際に、秀吉軍の火責めにより炎上し落城したと伝えられています。
 堀切、土塁、竪堀(たてぼり)などの遺構が良好な形で残っています。また本丸・東の丸・西の丸、米倉などが堀切などにより郭 (くるわ)として独立しており、往時の姿を見ることができます。
 淡路島の戦国時代を語るうえで欠くことのできない、淡路島内を代表する山城です。

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                    大 城 池  兵庫県洲本市鮎屋

 淡路地域ビジョン社会基盤分科会HP「淡路島近代化遺産マップ」による説明は、次のとおり。
 国道28号の広田西交差点から案内標識により、鮎屋川の上流に向かう。前の記事「鮎屋川ダム」の上流にある。

淡路島近代化遺産 17 大城池

■ 基礎データ
名 称:大城池
分 野:農業(灌漑)施設
所在地:洲本市鮎屋字六の瀬
設計者:伊藤 真雄
構 造:中心刃金式土堰堤
竣工年:昭和3(1928)年

■ 概要説明
 淡路の中でも特に水不足が深刻であった洲本市大野では、6アール毎に井戸を掘り、尽力により1日400回もの汲み上げをしていたと言われている。
  大野125haを灌漑してきたこの溜め池は、壮大で城郭の如く、また堅固、緻密で大丈夫の意から、「大城池」と命名された。堤高30.6m、堤長148.0m、貯水量104万7千トン、満水面積8.1haの規模を持つ、当時としては一級の灌漑施設である。明治45年に計画が持ち上がったこの池の特徴は、水利権の調整に多大な努力が払われたことであり、完成後の5年後に早くも実施された増築工事も、水利権の調整に因るところが大きい。


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