みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

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      旧鐘紡洲本工場の赤レンガ建築群(洲本市民広場)  兵庫県洲本市塩屋1丁目

 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』による説明は、次のとおり。
 洲本バスセンターから徒歩3分。

   洲本市民広場
 洲本市民広場(すもとしみんひろば)は兵庫県洲本市にある都市公園。洲本市新都心ゾーンの中核を成す公園施設である。園内には近代日本における有数の紡績工場であり近代化産業遺産に認定される旧鐘紡(現:クラシエホールディングス)洲本工場の赤レンガ建築群が遺され、図書館やレストラン施設として再生されている。

沿革
 東京に本社を置く鐘淵紡績は淡路紡績を買収して1900年(明治33年)に洲本町(当時)山手で操業を開始した。その8年後の1908年(明治41年)に同町塩屋に20ヘクタールの土地を確保して工場を移転する。昭和初期までに全て赤レンガ建築の第一、第二、第三、第四、第五工場(面積32,700平方メートル)が竣工。これらの工場跡地が、20世紀末から21世紀初めにかけ洲本市新都心ゾーンとして整備されている地区にあたる。当地区における整備計画推進にあたっては、土地所有者である鐘紡とカネボウ電子の意向を受けて、樹木の保存を最優先している。地区内にある赤レンガ建築群は、経済産業省の近代化産業遺産に認定されている。

年表
1900年(明治33年) - 鐘淵紡績、淡路紡績を買収して洲本町山手で創業開始。
1908年(明治41年) - 鐘淵紡績、塩屋に工場移転。
1950年(昭和25年) - 昭和天皇が当地を訪れる。
1987年(昭和62年) - 工場閉鎖。
1994年(平成6年) - 新都心ゾーン整備構想スタート。行政が市民広場、民間が建築物という役割分担を明確にして、整備実施を開始。
1995年(平成7年)11月 - 旧原綿倉庫を使用した民間美術館「ミュージアムパーク・アルファビア」開業
1998年(平成10年) - 旧第3工場汽缶室を使用した洲本市、農協、酪農、鐘紡などが出資する第三セクターが経営するレストラン「淡路ごちそう館御食国」開業
1998年(平成10年)9月 - 洲本市立図書館開館
2000年(平成12年) - ミュージアムパーク・アルファビア閉館
2001年(平成13年) - 旧第2工場汽缶室をリノベーションした洲本アルチザンスクエア開館

園内にある施設
洲本市立洲本図書館(旧鐘紡洲本第2工場)
洲本アルチザンスクエア(旧鐘紡洲本第2工場汽缶室)
旧鐘紡洲本工場原綿倉庫
淡路ごちそう館御食国(旧鐘紡洲本第3工場汽缶室)
レストラン「タイムアフタータイム」
「静内の庭」 - 洲本市と姉妹都市提携をしている北海道新ひだか町(旧 静内町)の町木エゾヤマザクラが植樹されている。

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                  里 程 標  兵庫県洲本市本町4丁目

 淡路地域ビジョン社会基盤分科会HP「淡路島近代化遺産マップ」による説明は、以下のとおり。
 淡路島には6本現存するようだが、写真の洲本市本町4丁目の里程標は、洲本市の中心部、本町商店街通り入口近くの広い市道沿いに残る。目標の場所は、厳島神社参道口赤鳥居横の洲本信用不動産駐車場。付近に江戸時代地名「通町四丁目枡形」の碑があった。
 
 ここの里程標の刻面は、次のとおり。判読間違いがあるかも知れない。
正面 岩屋標柱 八里貮拾五丁拾三間七分  神戸元標 拾五里二拾丁四拾九間六分
右面 福良標柱 五里拾八丁拾九間一分  市村 三里二拾三丁二拾七間九分
左面 由良標柱 貮里拾丁三拾三間八分  志筑 貮里三拾三丁四拾三間七分
裏面 明治三十年三月建設 津名郡洲本  

淡路島近代化遺産 14 里程標

■ 基礎データ
名 称:里程標
分 野:道路施設
所在地:洲本市本町4丁目
設計者: −
構 造:花崗岩(高さ210センチメートル)
竣工年:明治35(1902)年

■ 概要説明
 明治6年に政府が各府県ごとに正確な里程の調査と元標の建設を命じたことにより“里程標”が設置された。いずれの里程標にも兵庫県下の里程標の起点となる“神戸元標(=兵庫県里程元標)”からの距離が記されている。神戸元標は相生橋西詰の南側に建てられ、明治43年に現存する石柱に替えられた。その後、昭和35年に湊川神社に移設され、現在は元町通り7丁目に保存されている。また、淡路島にも複数の里程標が残存しており、広田南の交差点や国道28号の炬口付近でも確認することができる。

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                    炬口台場  兵庫県洲本市炬口

 淡路地域ビジョン社会基盤分科会HP「淡路島近代化遺産マップ」による説明は、次のとおり。
 炬口の兵庫県立淡路水産センターは、洲浜橋を渡った左方下にある。駐車場奥の周辺に、炬口台場跡の石垣を見ることができる。

淡路島近代化遺産 12 炬口台場

■ 基礎データ
名 称:炬口台場
分 野:軍事施設
所在地:洲本市炬口1−1
設計者: −
構 造:土塁・石塁
竣工年:文久元(1861)年

■ 概要説明
 本台場は、県立淡路水産センターの駐車場脇に残っているもので、洲本城代の稲田氏が城下防衛の為に築造した。規模は東西・南北ともに40m程と推定されるが、現場には民家との境界として石垣が2/3ほど残っているにすぎず、説明の看板も表示もない。なお、この石垣は洲本川の最下流に架かっている洲浜橋へと続く上り坂(北側)付近から確認することができる。

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                  大浜海岸  兵庫県洲本市海岸通1丁目
  
 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』による説明は、次のとおり。
 最後の写真は、洲本城跡から。洲本八景「大浜を大観」の構図。

大浜海岸 (洲本市)
 大浜海岸(おおはまかいがん)は兵庫県洲本市にある白砂青松の砂浜海岸。大浜公園、三熊公園とも呼ばれる。慶野松原と並ぶ淡路島を代表する景勝海岸で、一帯は瀬戸内海国立公園に属する。

概要
 淡路島の東海岸の南、洲本市新都心ゾーンと洲本温泉街を結ぶ位置にある。 遠浅の砂浜は南北750メートルあり、その背後に洲本城を頂く三熊山が迫る。砂の色は白く、砂浜には松原が続く、文字通りの白砂青松海岸である。当海岸に開設される大浜海水浴場は、環境省の「快水浴場百選」に選定されている。

 かつて浜には遥かに多くの黒松が生い茂り、「洲本大浜千本黒松」と呼ばれる景観であった。この黒松の減少に歯止めをかけ、かつての景観を取り戻すべく、2001年から洲本ライオンズクラブにより毎年植樹が行われている。

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             厚浜諏訪神社のクスノキ  兵庫県洲本市中川原町厚浜

 洲本から津名方面へ車で約20分。厚浜交差点から左折して谷奥の道を行く。
 HP「人里の巨木たち 全国巨樹探訪記」による説明は、次のとおり。

名称 厚浜諏訪神社のクスノキ(あつはますわじんじゃのくすのき)
樹種 クスノキ
樹高 20m(注1)
目通り幹囲 6.1m(注1)
推定樹齢 
所在地の地名 兵庫県洲本市中川原町厚浜
天然記念物指定 なし

注1)環境省巨樹データベース(2000年フォローアップ調査)による

 国道28号から200mほど谷奥に進んだところに諏訪神社があり、そこにクスノキ巨木が立っている。
 境内は周囲より少し高くなっている。大した高さではないのだが、その縁に立っているものだから、谷奥に至る道路からクスノキの姿がよく見える。
 細い注連縄がつけられている。神木とされているのだろう。
 幹が地際に向かって大きく広がっているため上記幹囲データを測ることになったのだろうが、主幹の太さそのものは4m台だと思われる。


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