みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

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               鞘状褶曲(鞘型褶曲)  兵庫県南あわじ市沼島

 沼島港ターミナルに展示している岩石説明パネルによる説明は、次のとおり。
 このような同心円構造の鞘状褶曲(さやじょうしゅうきょく。「鞘型褶曲」とも記す)は、この他にフランスで1ヶ所発見されているだけ。
 午後からの遅い便で島内を、大立神岩から沼島灯台など通り、鞘状褶曲が見られる黒崎海岸へ回ったが、海岸への下り道が荒れていて、日没となり帰りの船の都合もあったので、途中で断念した。

 案内標識はない。島内遊歩道から黒崎海岸への下り口は、多分ここだろう。2枚目写真の大きな木と踏跡があるところ。沼島港から向かうなら1枚目道標地点の少し手前。
 したがって、黒崎海岸現地の私の鞘状褶曲写真はない。案内人まで必要としない。危険がないなら、「日本の地質百選」。案内標識と道の整備をしてもらいたい。
 沼島港ターミナルの展示している岩石と説明パネルを、往きに写していた。
 黒崎海岸の場所は、前記事沼島の「沼島全体マップ」など参照。

   さや状褶曲 (さやじょうしゅうきょく)

 1994年(平成6年)、沼島の北端にある黒崎の海岸で同心円状になった世界でも珍しい形の岩石が発見されました。
 「さや状褶曲」といい、地下深い場所で複雑な力により生まれたと考えられています。約1億年前の地球内部の動きがわかる貴重な天然記念物として、現在は南あわじ市指定文化財に指定【2004年(平成16)】されています。また、2009年(平成21)には「日本の地質百選」にも選ばれています。

展示されているこの岩石は、以前から民家の庭石として使われていたものです。黒崎にあるものと同じ「さや状褶曲」の特徴がそのまま出ています。(山野清氏寄贈)
      南あわじ市・南あわじ市教育委員会

 後ろの2枚は、2013月10月27日BS放送「ぐるっと瀬戸内の旅」から。金子貴俊さんが、沼島地学の会会長の案内で黒崎海岸の現地を訪ねていた。私は竹林のところで引き返したが、この下り道に間違いなかった。

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                   上立神岩  兵庫県南あわじ市沼島

 現地説明板は、次のとおり。沼島港ターミナルから直行で、歩いて約25分かかる。
 場所は、前記事沼島の「全体マップ」など参照。

  上立神岩

 「矛先」のような形をした沼島のシンボルの岩です。高さ30mで国生み神話の「天の御柱」とも言われております。主として、緑泥片岩からなる巨岩で海鵜(うみう)の休息場となっています。
 和漢三才図会*(わかんさんざいずえ)では、竜宮城伝説の表門ともいわれ、国生み神話の舞台となっています。

 *和漢三才図会(わかんさんざいずえ)は、1712年(正徳2年)頃出版された日本の百科事典である。いわば絵入りの百科事典とでもいうもので、項目ごとに異なった執筆者により記事が執筆されている。

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                   沼島庭園  兵庫県南あわじ市沼島

 現地説明板は、次のとおり。伊藤邸の庭だが、現在は空家。玄関の施錠なし、自由に見学できる。作庭は江戸時代初期という説もある。植物の化石も使われているらしい。
 場所は、前記事沼島の「全体マップ」など参照。

   沼島庭園

 沼島庭園は、室町時代に戦乱が続く都を離れ、沼島へ逃れてきた足利十代将軍義植が作庭したと伝えられている池泉鑑賞式庭園です。
 王の森を背景に、黒色片岩や緑色片岩を用いて力強い石組みが施されているこの庭は、立体感に溢れ、山口県にある室町時代の画家雪舟の庭によく似ています。
 県下で最古の室町時代の作庭として歴史的価値の非常に高い庭園です。
    近畿自然歩道   環境庁・兵庫県

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                   梶原五輪塔  兵庫県南あわじ市沼島

 現地説明板は、次のとおり。八角井戸のところから入る。
 場所は、前記事沼島の「沼島全体マップ」など参照。

   梶原五輪塔

 この境内にある五輪塔(写真右側の塔)は、永禄から天正初期にかけて島主として沼島水軍を支配していた梶原一族の祖、梶原景時の墓と言われています。
 景時は、源平の石橋山の合戦で平家方として源頼朝の軍を破ったが、洞窟に潜んでいた頼朝を故意に見逃し、後に源氏が復活した際に頼朝方につき、頼朝が死ぬまで側近として勢力を振るった人物です。(県指定重要文化財)
     近畿自然歩道  環境庁・兵庫県

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                   八角井戸  兵庫県南あわじ市沼島

 現地説明板は、次のとおり。梶原五輪塔の入口のところにある。
 伝説とは「後醍醐天皇の皇太子のお妃が、沼島に漂着したときに使われた井戸がこの井戸だ」といわれているようなことである。
 井戸の場所は、前記事沼島の「沼島全体マップ」など参照。

   八角井戸

 沼島では、井戸のことを川(かわ)と呼びます。
 この川は、玉川と呼び島人たちの生活用水として、今でも昔同様に大事に使用されています。
 八角の形は、中国の占いによると八角は、吉相を示していると云われ、その数は、昭和46年の調査記録によると、40数箇所記録がのこっています。
 沼島の伝説にも出てくる有名な井戸です。


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