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出典 東京新聞
「放射能汚染物質」の焼却は、この「半径」を一気に全国に広げます。
日本は、本当に終わります。
日本政府は、
何を根拠に
放射能汚染を全国に広げたいのか?
放射能の鉄則を守れ!!
①移動の禁止
②焼却の禁止
③希釈の禁止 日本沈没装置■<ズサン汚染拡大!東京都>
多摩汚泥焼却灰埋め立て■<瓦礫=利権>
■現地からは納得できない■
税金を青天井に使って全国に運び出す必要がどこにあるのか。
放射能防御プロジェクト より以下 抜粋転載↓
バンダジェフスキー博士は
おそらく他国の人間としては、言う事のできる限界まで、
講演会の参加者に語りかけています。
会場にはマスク姿が多かったですが。
Q「吸気と食べ物の観点から考えた場合、東京はどうなのか?」
という問いかけに対して、
「ベラルーシで牛乳100Bq/kgの基準は甘すぎて論外。
徹底的に放射性物質をとらないようにするしかない。」
「(首都圏想定の話)汚染の酷いところからは退避をするしかない。」
Q「世田谷で、一般の木造家屋内の50gで75Bqのホコリについては、
このような状況で生活は続けられるのか?」という問いかけに対して、
「問題はある。」
「セシウムの汚染が高ければ、すぐに健康上の問題が出る。」
「汚染が低ければ、あなたの子や孫には問題が出る。」
「汚染が、どんな量でも危ない。」
「危なかったら、避難するほうが良い。」
Q「セシウムは子供は危ないが、
大人はどのくらいの体内汚染から危ないのか?」
「ベラルーシの汚染があった場所では、大人で元気な人はいない。」「悪化している。」
「体内汚染が10Bq/kgでも危ない。」
博士は、できるかぎり、現況の危険を伝えていて、
わかる限りの情報を話していました。
参加者からは、「知識を得たい」という意欲は伝わりましたが、
本当に、この事態に
直面しようとしていたかどうかを疑う感想がありました。
「バンダジェフスキー博士は、
どうして東京にいられないともっと強く言ってくれないのですか」
「食べ物を気をつければなんとかいられると
博士の講演を聞いておもった」
防御のリミットを考えたくないあまり、
これだけ博士が危険を伝えても、
「東京はいられないと博士が断言しない限り
東京はいられると考えたい」
という反転の思考が伝わります。
「食べ物をこんなに気をつければなんとかなる」
という曲解まで始まります。
他の人から誘われて講演に来た人らしいので、
現実に直面したくないという思いが強いあまり、
こうした発言もおこなっているようです。
しかし、博士の東京の汚染の認識は厳しいです。
このぎりぎりの感覚を受け入れたくない人達の存在を、
一年が過ぎても認識しなければならないことは、
ちょっと辛いものです。
「関東・南東北の被曝エリア(東京全域を含む大半のエリア)にいる皆さんは、放射性物質の少ないエリア、
できれば愛知県から西のエリアに、避難するべきです。
妊婦、子供、未成年、妊娠可能な女性は優先して避難すべきです。
他の皆さんも極力避難してください。
被曝から一年が経過しています。
初期被曝は深刻で、
慢性被曝の影響がさらに危険です。
食物、飲料のみならず、
吸気による被曝も軽視できません。
回避する方法は限定的です。
あなたやあなたの家族の命が何よりも大切です。
一刻も早く避難してください。」
札幌は、会場が三倍の広さに変更の為、座席はまだ大丈夫ですが、申込みもさらに増えています。
開催会場は共済ホールに変更です。ご確認を。
メール予約制:sapporo311pj@yahoo.co.jp
仙台は満員です。キャンセル待ちです。 仙台は12時ちょうどに開場時間を変更しています。
お早めにおいで下さい。
つり銭が出ないように一席あたり1200円をお出し下さい。お願いします。
メール予約制:sendai311pj@yahoo.co.jp
東京は医師・専門家セミナー、世田谷講演会とも、キャンセル待ちなどの方に、順次ご案内をしていますが、基本的には、満員です。京都も同様に満員キャンセル待ちです。
東京・品川大井町の日本最終講演1000席も数時間で完売しました。キャセルが出た場合のみ、追加販売がありえます。その場合は、このブログなどでお知らせいたします。
バンダジェフスキー博士、全講演日程詳細や申込状況、注意事項は、下記リンクで確認して下さい。
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脱原発・放射能
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全部で3時間位のようですが、途中で止めながら見られます。(14/14まであります。)
福島県の講演会ですが、日本全体の内容です。
「第二のフクシマ、日本滅亡」 広瀬隆著 (アマゾンの紹介↓)
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日本語訳付き
「福島第一原発 真相と展望」 アーニー・アンダーセン著 (アマゾンの本紹介↓)
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特集ワイド:日本よ!悲しみを越えて 歌人・俵万智さん<この国はどこへ行こうとしているのか>
◇「便利」の先に何が?−−俵万智さん(49) あのミリオンセラー歌集「サラダ記念日」から25年になる。
<大きければいよいよ豊かなる気分東急ハンズの買物袋>。
日本人が酔ったバブル時代の空気をそう詠んだ人が今、
東京から2000キロ以上離れた南の島にいると聞き、会いに行った。
気温14度。待ち合わせたリゾートホテルの庭には真っ赤なハイビスカスの花が咲いていたが、
北風のせいで南国情緒は感じられない。
「石垣にしては肌寒いですね」。
落ち着いて、すっかり島になじんだ様子の俵さんだったが、
東日本大震災当時の状況を尋ねると笑みがすっと消えた。
「あの日は都内の新聞社にいたんです。
読書推進会議の最中にすごく揺れて、
『仙台で震度7! 号外が出ます!』という情報が飛び込んできたんです。
すぐ実家のある仙台に電話したんですが、
手が震えちゃってボタンをうまく押せなくて……」
俵さんは03年11月に未婚のまま、男児を出産したシングルマザー。
一人息子の匠見君を育てながら都心で創作を続けていたが、
幼稚園入園を控えて06年に、両親が老後の家を求めた仙台市に移り住んでいた。
「母が仙台出身で、父も東北大大学院で学びました。
子どもの頃からなじみの深い土地だし、息子を土の園庭で伸び伸びと遊ばせてあげたくて。
東京へも日帰り圏内だし、引っ越したんです」
それから4年余り。
かつて家族や恋愛模様をうたっていた歌人の関心の対象は、
最も大切な存在である息子へと移った。
<だだ茶豆、笹(ささ)かまなども並びおり仙台の子のおままごとには>。
母親の眼差(まなざ)しに
仙台の風土を織り交ぜた作品を詠むようになったが、震災がそれを中断させた。
幸い家族は無事だったが、交通機関はストップ。
5日目にようやく山形経由で仙台入りした。
<電気なく水なくガスなき今日を子はお菓子食べ放題と喜ぶ>。
再会した息子が発した言葉はそのまま歌になった。
だが、東京電力福島第1原発事故による放射能汚染が重くのしかかった。
いとこの勧めもあり、着の身着のまま、息子を連れて2人で仙台を離れる決心をした。
<子を連れて西へ西へと逃げてゆく愚かな母と言うならば言え>。
その苦しい胸中を、そんな三十一文字で表した。
「子どもを被ばくさせてはいけない、安全な所へ逃げようと。
那覇便が空いていたので、春休みいっぱいぐらいは様子を見ようかと思ったんです。
2月に始めたばかりだったツイッターに
『西を目指す』と書いたら、大部分は励ましのツイートが寄せられたのですが、
『行ける人はいいね』『もう帰ってこなくていい』とかの批判もあって心に刺さりました」。
それでも、息子を守れるのは自分しかいないと思い定めた。
那覇のホテルにいた2週間、震災ニュースにくぎ付けになった。
正月に家族で滞在した南三陸にも津波が押し寄せていた。
「2人ともだんだん煮詰まってきたんですね。息子は指しゃぶりを始めたりおかしくなって、
私も般若のような顔でテレビを見ていたりして。
ちょうど歌人の松村由利子さんが石垣に住んでいることを思い出して連絡したら、
『いらっしゃい』と言ってくれ、1週間くらい居候させてもらいました。
海に連れて行ってもらったり、
近所の子どもと遊んだりしているうちに息子も回復してきて。
やっぱり人のつながりがある所にいなきゃダメだなって、つくづく思いました」
そのまま石垣への長期滞在を決意し、
目の前に美しい湾が広がるマンションを見つけた。
4月、小学2年生になった匠見君は地元小学校に元気に通い、
すっかり地元の言葉も板についてきた。
<ダンボールから衣装ケースに移すとき「定住」という言葉を思う>。
創作活動はどこにいてもできる−−
夏休みを過ぎるころから、こんな心境にもなってきた。
「私が仕事で留守にする時には、近所の人が息子を預かってくれます。
昨日は近所の幼稚園児が我が家に『泊まりたい』『いいよ、いいよ』って。
地域社会の中で子どもが育っている感じが、すごく魅力的なんです」と笑う。
<まだ恋も知らぬ我が子と思うとき「直ちには」とは意味なき言葉>
月刊誌「歌壇」の昨年9月号に寄せた歌。原発事故によるパニックを避けるために
政府高官がひねり出したごまかしの言葉に、
世事を直接的にうたうことを避けてきたはずの歌人は鋭く反応した。
「国って自分たちに何をしてくれるのとか、今までそういう見方で何かを考えたことはなかったんです。
今だってスローガン的には書きたくはない。
けれども『直ちに』と言われた時に、後からだって影響が出たら困ります、
だって子どもはまだ恋もしたことがないんですよという、
母親としての感情ならうたえるかなという気がしたんです」。
そうした心境の変化は、子どもへの放射能被害を懸念する
全国の母親たちの気持ちをまさに代弁していないか。
権力者の言葉を信じず、
地域住民の手助けがなければ生活もできないスローライフを
あえて選択した俵さんは、さらに続ける。
「便利は快適だし楽しいし、別にそれを否定するつもりはありません。
でも、便利の先に何があるのか、
それをどんどん研ぎ澄ませていったところに広がる空気は、
それほど幸せでもなかったのかなあって」
過剰なまでの「便利」の追求−−。
「その便利の象徴が電気だったような気がします。
今、私たちはそのしっぺ返しを受けているんじゃないかと……
でも人間ってキリがないんですよね」。
消費社会の“魔力”を知る歌人は苦笑した。
ホテルのBGMで流れるヒーリング音楽が、耳障りな音に聞こえてきたのは気のせいだろうか。
取材後、私が運転するレンタカーで、俵さんを市中心部の市役所まで送った。
「きっかけは避難でしたが、今はここが気に入って住んでいますね。
自宅から市街地までタクシーで30分くらいかかるので、
用事をまとめて済ませるようにしているんですよ。
これから窓口で子ども手当をもらってこなくっちゃ」
助手席でそう話した彼女の後ろ姿を見送りながら、
自分にとってかけがえのない存在とは何だろうかと考えさせられた。【中澤雄大】
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愛川欣也氏:「小出先生は,本来は京都大学の学長になる人ですよ」
愛川欣也氏の放送に,愛川氏の強い要望で小出裕章氏が生出演.
朝日ニュースターは4月からテレビ朝日に吸収,4月以降の
「愛川欽也パックイン・ジャーナル」は愛川さんが立ち上げるネットTVで
継続と決まった.
2012年2/25(土) 動画15分
8分10秒過ぎ
愛川欣也氏 人間の歴史の中で,ガレリオとかニュートンとか 1番最初に言う人は,かなりの勇気と自分なりの信念があったんじゃないか そういう方を私は尊敬したい. 小出さんは,原子力は危ない物だと気づいてから信念を曲げなかった. 私から言わせてもらえば「小出さんは本来は京都大の学長ですよ」
小出氏
1番苦手で1番嫌いなのです
自分のやりたい事はやりたいと思いますし やりたくない事を命令されるのは嫌いです(笑) 私は原子力発電所を即刻すべてやめなければいけないと
発言してきた人間ですから 徐々に(原発を)減らすなんていう事は論外です. 日本の原発を即刻止めたところで,日本の電力供給には 何の支障もないのです. 小出氏
国家が原子力推進の旗を振ってきた.
原子力ムラにいる人にも責任がある 原子力を推進した学者にも責任がある. 動画15分
小出氏
この福島の事実を前にして
まだ教訓を得ないのであれば,日本は本当に悲惨な国だ. 私たちが原子力をやってしまうと核分裂生成物質を作ってしまう.
原子力は,圧倒的に危険な毒物を生み出す機械です.
その機械をたかが,電気のために使ってはいけない. 愛川さんはその個性を活かして,映画・アナウンサーとして
発信を続けてくださる. 原子力は止まると,実は思っています. この問題は,国民1人1人が自分の問題として
考えなければ乗り越えられない.
---- 一部の引用終わり----
過去記事 小出裕章氏が大学3年で突然反原子力になった理由:落とし前をつけたいと思った http://blogs.yahoo.co.jp/permer4_4/27022070.html もう1度生きられるなら原子力に戻って来たい:小出裕章氏:インタビュー映画 http://blogs.yahoo.co.jp/permer4_4/26470662.html |


