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大内宿では「三澤屋」さんであのねぎ蕎麦(高遠そば)を頂きました
最初に漬物とジャガイモが出てきました。
素朴で美味しいです。
薬味を兼ねた長ネギをお箸の代わりに使って食べます。
お箸もあります
ダイコンおろし蕎麦を高遠そばと言うそうです。
1,296円です。
その他に水そばやけんちんそば、
そばがきなど色々なメニューがあります。
お蕎麦も出汁も美味しかったです。
長ネギはせっかくなのでお箸代わりに使いながら
8割がた食べちゃいました。
とても新鮮で太くておいしい長ネギでした
大内宿を後にして、鶴ヶ城に行きました
難攻不落の名城とうたわれた鶴ヶ城は、戊辰の戦役で新政府軍の猛攻の前に籠城一ヵ月、城は落ちなかった。石垣だけを残して取り壊されたのは明治7年のことである。至徳元年(1384)葦名直盛がはじめて館を築き、改修を経て天下の名城となった。
(鶴ヶ城HPより抜粋)
綺麗で立派なお城でした
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旅行
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3日目は大内宿に行きました。私は初めての訪問です
大内宿
大内宿(おおうちじゅく)は、福島県南会津郡下郷町大字大内にある、江戸時代における会津西街道(別称:下野街道)の「半農半宿」の宿場の呼称。明治期の鉄道開通に伴って宿場としての地位を失ったが、茅葺屋根の民家が街道沿いに建ち並ぶ同集落の通称、あるいは観光地名として現在も受け継がれている。(Wikipediaより抜粋)
この日は雨が降ったりやんだりで傘を広げたり閉まったり忙しく、写真もなかなか撮れませんでした
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わっぱ飯を食べた後は、午後は野口英世記念館に行きました
1歳半の時に囲炉裏に落ちて左手に大やけどを負いました。 貧しさと左手の不自由というハンディキャップを背負った清作でしたが、 恩師や家族の支えにより懸命に勉強をしました。 16歳の時、会津若松の会陽医院で渡部鼎先生に手術をしてもらい、左手の親指が動くようになりました。 物が持てるようになった感動から、医学のすばらしさを実感した清作は、自分も医学の道へ進む志を立てました。 翌年から会陽医院に住み込み、渡部先生の下で書生となって、医術開業試験の受験を目指しました。(野口英世記念館HPより) 平成27年にこの記念館はリニューアルされましたので、私が訪れた時とは大分変っていましたが、お母さんのお手紙が展示されていたのは同じです。とても感動です。
母シカが英世に宛てた手紙です。シカは幼いころ、文字を覚えはしましたが、
その後ほとんど文字を書く機会がありませんでした。後に英世は、母が字が書けるとは知らなかったと語っています。 「はやくきてくたされ はやくきてくたされ いしよのたのみてありまする」 (早く帰って来てください。早く帰って来てください。一生のお願いです。)と、 長い年月会うことができない英世に、一目会いたいという気持ちを切々と綴っています。 手紙を受け取った英世は、1915(大正4)年に15年ぶりに帰国し、母との再会を果たしました。 横浜港では多くの報道陣や恩師・友人が英世を出迎えました。 約2か月間の滞在中、各地で講演会や歓迎会が催され大変忙しい日々を過ごしました。 東京や関西の講演会の時には、母や恩師と一緒に旅行をしました。 母シカは英世とともに過ごす時間を「まるでおとぎの国にいるようだ」と語っています。 11月4日に英世は、横浜からニューヨークへ戻りました。そして、その後二度と日本の地を踏むことはできませんでした。(野口英世記念館HPより抜粋) |
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こんばんは〜♪
1日目は松島、そして2日目は福島へ移動しました
松島でランチのあとにかき氷を食べました
さて何味でしょうか
五大堂に架かる透かし橋(縁結びの橋)です
下が透かしになっていて少し怖い
2日目は雨が降っていたので、遅めに仙台を出発し福島の猪苗代に向かいました。五色沼を散策したいと思っていましたが、生憎です。道の駅などをブラブラしたあと12時半頃に調べておいたわっぱ飯のお店に到着。
「本日は営業終了しました」と言う看板がかかっており、がっかり。
でしたが、その様子を見ていたお店の方が出てきて、「丁度閉めようかと思っていたところですが、よろしかったらどうぞ」ということでギリギリセーフです。
芳本茶寮さんで会津郷土料理「わっぱ飯」を頂きました
ネットで調べて訪れましたが、茶碗蒸しもついていて程よい味加減でとても美味しかったです。
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こんばんは
先週、芭蕉も恋した松島を観光してきました。
仁王丸(定期大型船)で「日本三景松島」湾内を50分で巡りました。このコースは仁王島、鐘島、千貫島、雄島、双子島、と松島の島々を見ることができます。
双子島です
丸い方が亀に似ているので亀島、
細長い方が鯨に似ているので鯨島です
お天気が良くてラッキーです
↓は鐘島です
島に空いた4つの穴に打ち寄せる波の音がまるで鐘を打つように聴こえるので鐘島と呼ばれているそうです
色々食べれて美味しかったです。
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