永遠なんてないって知っていた。だけど、それでも俺は願っていた。
馬鹿やってくだらないこと言って笑って、そうやって過ぎる日常が当たり前のものであれと。それがずっと続いてくれるものであれと。そう、願っていた。
28−空虚の中仰げば、青く蒼く。
カインを殺した日から、一週間が経った。あの日、俺がアイツに聞かされたこと、そして俺がしなければならないことを考えるには、それでも短い時間だったように感じる。
本当は、全て投げ出してしまいたい。何も知らなかったことにして、今までどおり尚之をパシったり、伊藤とほむほむ派だのさやか派だの言い合ったり、秦を愛でたり、紗姫とくだらない恋話をしたり、そんな当たり前の日常に戻したい。でも、俺は知らなければならない。
全てのきっかけは、俺だったのだから。俺には、終わらせる義務がある。
「あれ、雲野じゃん。来てたのか」
演劇部部室前に立っていたのは、今日の当番である伊藤だった。この間俺が羽を生やして逃げたことを、忘れたはずもないだろうに、いつも通りの声色で伊藤は話しかけてくる。コイツが単に馬鹿なのか、それとも気を使ってなのか、知らないフリなのか、どれにしろその行為が何よりもありがたかった。
「伊藤、怪屍退治は終わったのか?」
「ん、あぁ終わった後だけど」
伊藤は自らの身体を酷使して傷つけながらも、無理に力を使ったのだろう、いつも通りに見える表情を浮かべているその顔も、どこか青白く見えた。カインの話を聞く以前も俺は気付いていた、石を無理に使ってただで済むはずがないことを、わかっていたはずだ。それなのに、伊藤を殴って無理矢理こちら側に引き戻したのは、他でもない俺じゃないか。
罪悪感を覚えるくらいなら、俺はもう突き進んで、全てを終わらせることで償おう。
「じゃあいいや、ちょっとツラ貸せよ」
「俺はアンパ●マンじゃないんだから顔なんて外せないよ」
「ドヤ顔するなうぜェ」
真剣な俺に対して、伊藤はわざとらしく茶化してくる。俺はその行為が何より愛おしくて、そして吐き気を催した。この日常を守りたかったのに、壊したのは俺だという現実が波のように押し寄せて、引いた。
例えば、俺が今目の当たりにしているこの現実が夢だったら、と願う。そんなチープな幕引き、物語になんて成りやしないけど、それが事実だったらどれだけ良いことか。
いや、でも俺は一つだけ、この現実に感謝しなきゃならない。俺が、怪屍と戦うことがなかったならば、きっと俺は伊藤や紗姫や尚之と出会うことはなかっただろう。今、何よりも愛しいと思っているコイツらに会えた、その事実だけは、この酷い現実の中であっても俺の宝物だ。
「俺、伊藤のことすきなんだよ」
「は!?」
俺が告げた言葉に、伊藤は予想通りとでも言うべきか、汗をだらだら流しながらしどろもどろ、混乱をどうにか収めようとしているのかせわしなく手を動かしている。そんな伊藤の姿に、無意識の内に口端を上げて、俺は笑っていた。それは、作り物などではない、心からの笑顔だった。
「バーカ。俺はさ、テメェも尚之も秦も好きなんだ。紗姫は……まぁ首絞められたっていう若干の恐怖はあるけどそれでも、好きだ。みんな好き」
「あぁ、そういう意味か……改まってどうしたんだ?」
伊藤は納得したような、どこかほっとしたような、それでいて残念なような、微妙な表情で尋ねてきた。告白を少しでも期待してたのか、こいつは。
「でもさ。俺みんなのことスゲェ好きだから、こそ余計、俺がいなかったら良かったんじゃねェのかって思うわけ」
「自惚れんな、馬鹿。お前がそんな影響力あるとでも思ってんのかよ」
カインに全てを聞いた俺にとっては、伊藤の言葉は何の慰めにもならない。ただの戯言だ。それをわかっていて、俺は何故伊藤にこの話をしようと思ったのだろう。一人でカタをつければいいはずなのに、何故。
「思ってるよ、だって、俺は」
「お前は?」
何を甘えているんだ。いくら俺の肩に乗っている荷物が重くても、俺は降ろしちゃいけないんだ。過去に知らず知らず落としてきた荷が、今になって戻ってきただけだ。その荷物を伊藤に押し付けるなんて、以ての外だ。伊藤はただでさえ、荷物を抱えているというのに。
「……言わない」
「いやいやいや見せびらかせといて結局見せないって小学生のいじめかよ言えよ」
「……伊藤お前、身体辛くない?」
カインは言っていた、伊藤は生命を使って能力を使っていると。俺だって伊藤が血を吐いているのを見たじゃないか。辛くないはずがない。
「は?」
「内蔵器官とか、そういうとこの話」
伊藤は多分、スポーツ推薦でこの学校の来たクチだろう。勉強ができるわけでもないし、二年でピッチャーを務めるほどの実力なのだから、大学もおそらくスポーツ推薦だろうし、運が良けりゃ球団からのスカウトなんてこともあるかも知れない。
そんな伊藤が、“こんなこと”のためにその身を削っていいはずがないんだ。俺が始めてしまった、こんな茶番。
「……別に大丈夫」
「嘘つけよ、石無理矢理使って大丈夫なはずねぇんだよ。テメェでわかってんだろ、そんくらい」
「それとお前の話になんの関係があるわけ?」
返された言葉に、俺は言葉を詰まらせた。俺が伊藤に話したくない理由、それはわかっている。でも、それを伝えてしまえば、話したくないその話自身を話さなければならなくなる。
きっと、この話をしてしまえば伊藤は自らの身体を酷使してでも、俺に手を貸してくれる。【破壊の黒】なんて名前を背負うには、伊藤は優しすぎたのだ。
「俺がテメェに言いたいのは一つだけだよ」
「なに?」
「さよなら」
俺が吐いた言葉にきょとんとしている伊藤の首筋を、俺は思い切り殴りつけた。不意打ちだし、力でコーティングしたのだ、無事に済むはずがない。伊藤は抵抗する間もなく、その場に崩れ落ちた。
ぽた、と倒れた伊藤の身体に雫が落ちる。俺の瞳からこぼれた涙だ。俺は、きっともう伊藤と会うことはないだろうし、伊藤が俺を思い出すことももうないだろう。
「今までテメェのこと敵視して、言えなかったけどさ……」
お前といるの楽しかったよ。作り笑いなのか、本物なのか、自分でもわからなくなるくらいに。
「お前見てると、意思が揺らぎそうだから、またな」
能力を使って、伊藤を保健室へ送る。こんなことが簡単にできることを知ってしまう度に、自分が人間じゃないものになってしまったような気がして怖くなってしまう。
「いまの、なに……?」
声に驚いて振り返る。誰もいないつもりでいたのに。
「さくらちゃん」
振り返った先にいたのは紗姫だった。
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さくらの口調が若干違うのは、そっちが地だからです。
「〜だろォ?」みたいなDQN口調は作りキャラで、
「〜だよな」くらいのが地です。秦に対しては元々殆どこれでしゃべってます。
そして、最初は28話予定だったのに30話まで伸びました。