|
ユッケの食中毒の被害に遭われた方には、心よりお見舞いを申し上げます。
震災以来、いろいろ考える。
やはり日本人が「我欲」にまみれ過ぎてしまっていることによる、
天からの警告と思わねばならないと思う。
昔は近所のお店に必要なものを必要なだけ購入するというスタイルだった。
そしてそのスタイルには商品とお金の受け渡し以外にコミュニケーションであったり、
親身な提案であったり、人と人の関わりの延長線上に消費があった。
近所の小売店はスーパーマーケットには全然かなわないくらい
しょぼい品ぞろえだったかもしれない。
仕入れ規模の少なさから、販売価格は割高だっただろう。
でも、彼らは、地域を知っていた。
そう、あのひとが欲しがるだろう、と思い浮かべて品物を仕入れをする姿。
あのお店のおじさん、おばさんに逢いに行くのが目的で、ついでに買い物なんて光景。
地域の人々のたまり場になったお店。
おなじみさんばかりだから、売り手側も法外な利益はとらないし、
まともな商品しか売らなかった。
自動車が普及し、スーパーマーケットが消費の主役になるところあたりから、
日本人はおかしくなってきたのかもしれない。
クルマがあれば、
少しでも安いスーパーマーケットをさがす。
手に持ち切れないほど購入したって大丈夫。
(だから大容量の冷蔵庫が必要になり、たくさんの電気を必要とする。)
そう、消費に対してすごいエネルギーが必要とされるようになったのだ。
ガソリン、広告、電気(照明、空調)などなど。
僕は、クルマも大好きだし、スーパーマーケットだって大好きだ。
だからこれらを否定する気はさらさらない。
ただ、1円でも安く買いたい消費者と少しでも多く儲けたい企業側の、
それぞれの思いに「カネ」だけしかないような気がしてきた。
そこに「心」がなくなってはいないだろうか。
「安ければいい」
「儲かればいい」
そこに「思い」は存在しない。
したがって企業側の安全基準は「客からクレームが出なければいい」になっていく。
もし、この品物を届けてあの方に喜んでいただきたい、という「思い」があれば、
きっとその品物に対して「思い」を持つだろう。
売り手側のプライドを添えて。
それが安全、安心であり、商いの信用なのだ。
そこにはじめて、客は、感動し、感謝をするのではないだろうか。
これこそが、売り手と買い手の心の共鳴である。
日本人が思い直すべきテーマであると思う。
|
この国に思うこと
[ リスト | 詳細 ]
肺炎患者が急増 ヘドロ乾燥 粉じん原因か2011年4月20日 朝刊 東日本大震災の被災地で、津波によるヘドロやがれきから飛び散った粉じんが原因とみられる感染症が増加している。宮城県石巻市では、肺炎患者が震災前の三〜五倍に上った。粉じんには病原性物質や有害物質が含まれている恐れがあり、復興作業と健康被害防止の両立が課題になっている。 石巻市の中心部は、津波で旧北上川があふれ出し広範囲が水没した。路地が入り組む飲食店街には大量の泥水が流れ込み、数十センチがヘドロ化して堆積した。同市中央二丁目で飲食店を経営する小野寺光雄さん(49)は「従業員がのどを痛めて病院に行った。こんな衛生状態だと再開は見込めない」と心配そうに話した。 ヘドロは当初、黒く粘り気のある粘土状だったが、気温の上昇で乾燥し、いまは白みを帯びた状態になりつつある。ヘドロには廃棄物や有機物、微生物が含まれ、乾くと細かい粒子となって風などで飛び散る。 石巻赤十字病院では、ヘドロを手作業で片付けた人が化学性の炎症や急性湿疹などの症状で受診するケースが目立つ。矢内勝呼吸器内科部長は「ヘドロは低酸素状態にあり、嫌気性菌が繁殖する。それが誤嚥(ごえん)性肺炎の原因となる恐れもある」と指摘する。 病院によると、気管支が実をつけたように膨らむ珍しい肺炎症状もあったという。有害物質や菌の粒子の付着が原因とみている。 損壊した船舶、自動車からは油が流れ出したり、家屋の建材や断熱材などからはアスベストが飛散したりする可能性がある。これらは粉じんとともに飛散する。 石巻赤十字病院が三月下旬、市内の避難所で一万人を対象に実施した健康調査では、せきの症状を訴えた人が約千百人に上り、下痢・嘔吐(おうと)の約二百人、高熱の約百二十人などに比べ格段に多かった。粉じんはせきの主要因の一つとなる。 矢内部長は「外出時はもちろん、屋内でも土足で出入りしているような場所はほこりが立ちやすいので、マスクをしてほしい。ゴーグルや肌の露出をできるだけ避けることも有効だ」と語る。 都合の悪いものを海へ捨てていた付けは必ずまわってくる。
ということでしょうか。
いつからか人は自然を畏敬しなくなった。
そして冒涜すらするようになった。
我々人間はこの津波と震災でいかに自然が強大で、
自分たちが無力であるか、ということを思い知らされました。
生き方を変えなければならないときだと思います。
自然に寄り添う生き方、抱かれる生き方に。
|
|
考えてみたら、
憲法記念日ですね。
「ゴールデンウイーク」の一日ではなく、
れっきとした意味のある祝日であるということを
ふと、気が付いた。
考えてみれば、憲法記念日に憲法のことを考えたこと無かったかもしれない。
いい歳こいて恥ずかしいですが・・・
行楽の合間にほんの少しでいい、
憲法のことについて考えてみましょう。
憲法って何?
憲法は必要なの?
憲法とは・・・。
そろそろ、
本気で憲法を考えるときがきたように思います。
3.11をきっかけにした未曾有の危機に
やっと日本国民が自分の国を見つめ直そうとしています。
憲法とは国そのものではないでしょうか。
この国を思うこと。
それは憲法を考えることかもしれません。
|
|
全国最年少の市長の誕生です。
鈴木氏の当選に心よりエールを送ります。
私利私欲のない、美しい志を感じます。
こういう若い方が全国で立ち上がることを待望します。
私も同じ年齢の頃、政治ではありませんでしたが、
仕事上でそういう志をもってエネルギーをたぎらせ、
のたうちまわりながらも、
情熱を傾けて仕事に取り組んだことを思い出しました。
30歳というのはそんな年齢なのかもしれませんね。
志だけが原動力の今を大切に、思いきって仕事をしてください。
そしてその時期に無茶苦茶できた経験は
必ずや血や肉となり、その人を大きくつくりあげることでしょう。
がんばれ!鈴木さん。
日本はあなたの様な人を必要としています。
|
|
石原都知事 天罰発言 「津波は天罰」=石原都知事「我欲を洗い落とす必要」 石原慎太郎東京都知事は14日、東日本大震災に関連し、「津波をうまく利用して『我欲』を一回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う」と発言した。都内で行われた蓮舫節電啓発担当相との会談の後、記者団に語った。被災者への配慮に欠けるとして、批判を受けそうだ。
知事は、所在不明高齢者が最近社会問題化したことなどを挙げ、「日本人のアイデンティティーは我欲になった。金銭欲、物欲、性欲」と指摘。「アメリカの国家的アイデンティティーは『自由』。フランスは『自由と博愛と平等』。日本は無い」と強調した。半面、「被災者の方々はかわいそうですよ」とも述べた。 知事は同日、都庁での記者会見で発言の真意を問われ、「例えば、減税という耳障りのいい言葉で釣られて国民が歓迎するという心情が、今の政治を曲げている。(今回の震災が)大きな反省の一つのよすがになるのではないか」などと説明し、撤回しなかった。(2011/03/14-22:10) 石原都知事のこの発言にはかなりの批判が出ていますが、
私は言葉の表面だけをとって鬼の首でも取ったかの如く
騒ぎ立てているように思えてなりません。
もし今回の災害のみを指して、「天罰」と言われるのなら、
それは被災者の感情を逆なでするものであります。
そんなひどいセリフを再度選挙に出ようとする人がこのタイミングでしゃべるでしょうか。
それはありえません。
都知事はこの国のことを憂えてこのセリフを言われたのだと思います。
非科学的なことで恐縮ですが、
この災害は「我欲」にまみれた我々自身の因果によるものだと思うのです。
そしてこの災害こそが神が日本人に与えたメッセージなのではないか。
そう、
「日本人よ、日本の魂を取り戻せ!」と。
日本人が本来持っていた「和」のアイデンティティーを、今の日本人は失いつつあります。
都知事のいう「我欲」がこの日本を覆っていることは認めざるを得ないことなのです。
この「我欲」に気付くことを神(=地球=宇宙)は望んでいるのではないでしょうか。
その作業を神は「試練」として我々に与えられたのだと思います。
幸いこの非常事態に日本人らしさがクローズアップされはじめました。
こんな辛く悲しい状況下になって我々はやっと自分たちの持つDNAに気付き、
本当に大切なことは何か、というテーマの答えを見つけ出そうとし始めました。
それこそが「我欲を洗い落とす」ことで得た「気付き」ではないでしょうか。
その代償はあまりにも大きいです。
しかし日本国民の心をひとつにすれば、
必ず乗り越えられると私は信じております。
被災された方々には謹んでお悔やみとお見舞いを申し上げます。
そして被災された方々に報いる為にも我々は日本の心を取り戻し、
復興をしていかなければなりません。
|




