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今、カリフォルニア州の サンノゼと言う所で サンノゼ・タヒチ・フェテが 開催されています。 このコンペは 私も1997年と2002年の2回 出場したことがあるんですよ。 97年のサンノゼのコンペティションが 私のタヒチアン ダンス コンペ デビューで この時期になると 色々な思い出が よみがえってきます。 学校に行きながら 週4回のタヒチアン・ダンス・レッスン ー その内の2日は 土&日で 広い芝生のある公園(ケイヒラグーン)で 毎週・毎週 朝9時半から午後3時ごろまで 出場者全員で 長〜い・長〜い リハーサルがあったのを 覚えています。 金&土曜日の夜は 衣装作りの時間 フラのクラスが金曜日の8時まであるので それが終わってから マノアのタヒチアンダンスの先生のお宅まで フラシスターに連れて行ってもらいました。(その頃は 車の運転をしていませんでした) その後 夜中の2時頃まで オテアの衣装を作り。 その頃 アラモアナのコンドミニアムに住んでいたのですが 毎週 誰からとも無く 「送っていってあげようか〜?」と聞いてくれるダンサー達。 まだ、グループに入ったばかりだったし 英語もままならなかった私を 皆 小さな子供の面倒を見るように 本当に良くしてくれました。 まず、先生のお宅に行くと 「お腹すいてるでしょ〜。食べなさ〜い。」「はい、ここに座って 食べながら 誰かさぼっている人がいないか 見てるのよ〜」と 冗談もふまえながら いすを出してきてくれる アンティー。 毎週金曜日と言うか 時間的には土曜日?は 寝るのは午前3時か4時過ぎ、起きるのは8時 コンペのリハーサルが 9時から午後4時で そして また 先生の家に行って 衣装作り・・・・。 今考えるだけでも 疲れてしまう様な スケジュールでした。 衣装は ココナッツの皮の部分を使用して作ったので それ(ケレ)を取りに あちこち出かけたり ココナッツの木を切ったり 皮の部分のクリーンアップにも 時間がかかったので あの衣装は 今まで作ったどの衣装よりも 時間がかかっていた様な気がします。 でも 苦労した甲斐があって その年には ベストコスチューム賞をいただきました。 アパリマの方は 生の素材を使用。 ティーリーフやプルメリアが必要だったので サンノゼに行く前日に ノーマン(男のダンサーの一人)と 取りに行ったのを覚えています。 今年のサンノゼ・タヒチフェテに出場する ノノシーナ(カリフォルニア州のグループ)は ナント 500人もダンサーが踊る。と言ううわさなんですよ〜。 ホントに・・・・???????? サンノゼにいるお友達からのアップデート情報が 待ち遠しいわ〜。
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最近の燃料費の高騰とエコノミーの悪化で 飛行機の旅が どんどんお高くなっている事は 最近のニュースで良く言われている事で もちろん 覚悟はしていましたが こんなにお高いとは 思いませんでした。 昨日、この先の タヒチ&日本行きの航空券の手配をする為 旅行代理店やらインターネットで 色々調べ始めたのですが〜 ホノルルー成田の往復が タックスなど全て込みで エコノミークラスが$1600以上もするんです!! 日本で行われるヘイヴァでのお手伝いをしたいので 出発を8月末にすると こんなに高いんです。 9月3日の出発でも $1200ちょい・・・。 いや〜、ハイシーズンだとは言え 去年も同じ頃 日本に行ったし その時の倍近くになってるなんて マジで 驚きでした!! ノースウエストは 人気の席(前方の窓&通路側など)への席の変更には $25だっけ?払わないといけないし リザベーションに電話をして 事前に席を指定しようとしたら「こちらでやりますと $15お支払いいただきます」と言われるし ハワイアンエアーも インターアイランドトリップでさえも1つ目のチェックインラッゲージは無料、2つ目は有料($17)、メインランドへは$25だったかな?払わなくてはいけないんです。 ま〜、確かにアメリカの航空会社もどんどん合併したり 倒産したりと 大変の様だから 分からなくも無いけれど こんなにお高くなってしまっては 飛行機での旅は どんどんしずらくなっちゃいますね〜。
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いや〜、やっとご紹介が出来ますぅ〜! 「WAHINE ‘ILIKEA」で唄われている 場所を尋ねて モロカイ島へ行った時の事・・・。 そう言えば デニス カマカヒのアルバムで この歌が入っているCDを 私も持っていましたが これも ロコ・スタイル?????で 貸したものが返ってこない事なんて 当たり前の常識の様なもので とうとうあきらめました。ー 別の人が 歌っているのは 家にあるけれど ー ANYWAY, 今日の写真は 「WAHINE ‘ILIKEA」の一番最初の歌詞 PUA KALAUNU MA KE KAI `O HONOULIWAI・・・ホノウリヴァイの海岸沿いに咲く クラウンフラワー これを探しに行ったときのものです。 モロカイ島・カメハメハ5・ロード沿いにあるサインの 20mileを少し過ぎた所に ホノウリヴァイは あります。と事前にインターネットで調べていったので 良かったものの HONOULIWAIと言うサインなんて物は無く 20mileサインを越して 海沿いに出られそうな所に 車を停めました。 残念ながら クラウンフラワーは見当たらず ナウパカばかりだったのですが お友達のお母さんは フラの先生で「ここが ホノウリヴァイの海岸で〜す。」と 楽しそうに携帯に収めていました。 きっと 生徒さん達にも見せてあげるのでしょう。 その他にも ハラヴァ・バレーをバックに写真を撮って ここから吹いてくる風‘HO`OLUA’の事を この歌の最後に唄っているんですね。と言いながら この曲を 何度も繰り返し聴きました。 AINA ULUWEHI I KA NOE AHIAHI UA LAWE MAI KA MAKANI HO`OLUA ・・・青々とした土地に ホオルアの風が 夕暮れ時の霧を運ぶ 歌詞をじっくり解読したら 今まで思っていた曲のイメージ(眠くなりそう〜)とは大違いで 素敵な曲だった・・・と言う事に気づきました。 うん、早速 踊ってみようかしら・・・???
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先日も ちょこっとブログに書きましたが 私達のルアウのある オアフ島‘バーバーズポイント’に ハワイアン・モンクシールが来ました〜。 しかも、2日続けて同じ場所に 同じモンクシールちゃんがやって来たのです。 ゲスト席のすぐ脇のビーチなので その2日間にルアウショーを見に来たお客さん達は とってもラッキー! スーパーバイザーが すぐに電話で ハワイアン・モンクシールがいる事を 保護団体へ知らせました。スタッフの方が2人来て サインを立て 周りにテープを張り モンクシールちゃんが 起きて泳いでいくまで 見守っていました。 分厚いアルバムと ぎっしり書かれた記録帳を広げながら 「彼女(メス)は マウイから来たのよ〜。」 と説明をしてくれるスタッフのジェニファー。 もちろん ヒレの所には ナンバープレートがアタッチされていましたが 顔と脇の傷で すぐに分かった。と言う。 私は こんなに近くで見たのは始めてだったし あまりにもかわいいので 触りたくなっちゃったのですが ハワイ州の法律で違法となっている為 近づく事も出来ません。 寝ていて ほとんど動かないのだけれど とってもかわいくって 何とか 泳いでいくのを見届けられないか・・・と キャストの何名かで 時間が空くと見に行っていました。 タヒチアン・ドラマーのミッシェルは ラッキーな事に 6:30PM頃に モンクシールが大あくびをしながら目を覚まして そして 海に帰っていったのを 見る事が出来たんです。 私は その頃 次のナンバーのお着替えをしていた頃・・・。残念・・・ マウイに帰ってしまったのかな〜? でも、また着てね〜! ***写真だととっても近くに見えますが もちろん デジカメのズームを使っています。***
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私達のルアウショーに 元 フラ・ハラウ・オ・カムエラで踊っていたダンサーがいる。 先日、その日のスケジュールの私の名前の所に スターマーク(セットアップの係りの人に付く)が付いていたので ウリウリをステージに事前に置くため 皆のウリウリを集めていました。 ロザリンのウリウリの羽の裏側は 赤。他のダンサーの物は 白。 「う〜〜〜ん・・・ もしかしてこれは〜???」と思い 裏側を良く見てみるとー ‘やっぱり!!’ 「MM 2003」 と書いてありました。 もちろん Merrie Monarch 2003年 の略 その年 ウリウリを使ったナンバーで 優勝をした フラ・ハラウ・オ・カムエラ
ウリウリの裏側は 赤だったのね〜 |





