ポストカード of ポリネシア

ハワイのプロ・ポリネシアンダンサーが送るポストカード

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2008年02月

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ハワイアンミュージック界の偉大なる人が 亡くなりました。
AUNTY GENOA LEILANI KEAWE です。

2月25日(月)朝4時頃 オアフ島・パパコレアのご自宅で お亡くなりになったそうです。89歳でした。

私は 月・水・金曜日だけは 早起きするんです。ダーリンがお仕事に行くのが早いので・・・。25日(月)の朝 ニュースを見ていたら 番組の終了間際に アンティー・ジェノアの訃報が流れました。

しばらく 入院していた事以外には 特に詳しい事は言っていなかったのですが すぐに メールで日本のハワイアン関係の知人に知らせたりして〜。

もう少し 詳しい事を知りたいと思い 新聞を購入しました。
それによると 癌を患っていた他 心臓、胃、腎臓にも問題があったらしく 血液の製造が上手くいかなくなって エネルギーレベルがかなり低下したために 2月1日から入院されていたそうで 21日(木)には退院して 孫の出演する マリオットホテルのショー(入院するまで アンティーも毎週歌っていた)を 1時間ほど見たそうです。

子供が12人、孫が40名、曾孫が98名、その子供(日本語で何と言うのか忘れましたが・・・)が81名いるそうで 病院にお見舞いに行った人から お話を聞いたら いつ行っても 小さな子供達が 周りを走り回っていた。って・・・・。

病院には ハワイアンミュージック関係者、クムフラ達をはじめ その他 沢山の方がお見舞いにいかれたようで 病室でも常に歌を歌っていたそうです。

ここ数日、私も 色々な人とアンティー・ジェノアについて話しました。

私は 何度か アンティーの生の歌で 踊らせていただいたし 1度、10人足らずの小さなクリスマスパーティーで ご一緒する機会があってお話をさせていただいた時に ちょ〜有名な人なのに 本当に素朴なハワイのおばあちゃん。と言った感じで とっても親しみを感じた印象を 覚えています。

ある人は こんなに才能のあるシンガーだったのに おごる事は無く 人の悪口を言ったり 自慢をしたり 見せびらかしたりするような事のない人でした。と言っていました。

そう言う人柄だから 更に沢山の人から 愛されていたんでしょうね〜。

お葬式などに付いては まだ、未定だそうです。

あの エンドレスなフォルセットで歌う「ALIKA」が生で聴けないのか・・・。と思うと 本当に残念です。 

アンティーのご冥福を 心からお祈りしたいと思います。

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突然 ラジオ出演のお話が来ました。
3月7日(金)、8日(土)、9日(日) そして 15日(土)に 東京と福岡で行う タヒチアンダンス・ワークショップに付いて 色々聞きたい。と言うのです。

なんと 日本からハワイまで電話をしてくれて 電話インタビューらしい・・・。

NACK5・「NACK ON TOWN」 と言う番組(ラジオも番組と言うのか???!!!)で
私のインタビューは 2月26日(火)午後3時5分から 放送だそうです。>>> 中途半端な時間からだなぁ〜 <<<

これは 生放送なの〜〜〜??? 
ハワイ時間の2月25日(月)午後8時頃に 電話をしてくるらしい・・・。(もう、明日だ!!)

先週 インタビュー内容をメールで受け取ったものの 日本語だけで話そうと思うと たまに単語が出てこない事があるし 大丈夫かしらねぇ〜。
それに 質問には 1行の箇条書き程度で答えていただければ結構です。って言われても 質問内容によっては 無理でしょー。

それから お恥ずかしい話、質問の内容にピンと来ないのもあって(日本語って難しい!) ちゃんと質問の答えになっているかどうか・・・?

** 肩書き:と言う所に >>> 既婚 <<< とか >>> 主婦 <<<
と最初は書いたんだけれど それじゃーだめだよね〜?!

ま〜 どうなる事やら・・・ ただの「恥さらし&お笑い」になってしまうかもー!
でも もし、良かったら 聴いてくださいね・・・・。

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ここ数年、毎年‘メリモナーク フラ フェスティバル’を見に ヒロに出かけています。

一番大変なのは チケットの申し込み!!
毎年、数名の名前で 申し込みますが 中々良いお席がもらえません。
1回だけ 大当たりをしましたが それ以外は 小当たり もしくは はずれ・・・。

3年ぐらい前だったかな〜? 2人もお友達が日本から来る。と言うのに 1枚もチケットがもらえず
ご近所に「メリモナークのチケット あまっていませんか〜?」と聞きまくっている夢を 見たことがあります。
<<目が覚めた時には 汗だくだった・・・>>

それ以来 私のフラシスターやお友達が心配してくれて 余分にもらえたチケットを譲ってくれる様になり〜 毎年何とかなっているので 以前よりストレスは減少したかな〜??

今年は 無事に チケットは送られてきました。が・・・、4枚だけ。
もしかしたら タヒチからお友達が来るかもしれないので そうなったら 足りません。

しかし、やっぱり 誰かが持っていた・・・!!! 
何枚か譲っていただいたので 今の時点で 2枚余分にあります〜。

私も ハワイのフラシスター達やお友達に助けてもらって 自分の名前では はずれでも 毎年チケットが手に入っているので 今年のように 余分にチケットが手に入った時には 私の知り合いに分けてあげたい。と思います。

誰か 欲しい人いるかしら〜?



      ***ピンボケですが 2007年の MISS ALOHA HULA***

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タヒチで 子供達の練習風景にも出会いました。
2歳弱から7〜8歳位までの子供達のレッスンです。

3色のコーン(プラスティックの三角の物)を目印に床において その前に1人づつ立たせます。***これは good idea!***
もちろん、少しお姉さんになってくると ちゃ〜んと決められた位置で 踊っていましたが さすがに2歳にもならない子は ドラムビートが止まると 外で見ているおばあちゃんを探しに 出て来てしまいます。

「マミー、マミー(おばあちゃん〜)」と半泣き状態で スタジオから出てきてしまう子供に 先生は厳しく「自分の位置・赤いしるしの所に 戻りなさい。」と笑顔も見せずに言います。

でも、その子(名前は TE HERE)は おばあちゃんにしがみついて動きません。しかし またドラムビートが始まると 一人でちゃ〜んとスタジオの中に戻っていき 踊り始めます。

ま〜、本当にかわいくって 笑えるんだけれど これを TE HEREは 何度も何度も繰り返しました。

踊りだって ちゃんと覚えていましたよー。ターンする所のタイミングも ばっちりだったし 移動だって ちゃんとお姉さん達についてやっていました。

こんなに小さい時から ドラムビートを聞いて踊っていれば リズム感も養われ 将来はきっとすばらしいダンサーになる事でしょう。

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今回、タヒチに着いたとたんに ブレーキングニュースが入ってきました。

「グランバレーのディレクター TUMATAがグループを辞めた。」と・・・。 夜のタヒチ語のニュースで 放送されたのです!

‘グランバレー’と言うと 日本の皆様にもおなじみだとは思いますが CDやDVDも販売しているて タヒチでも有名なグループです。良くビーチコマーホテルでショーをやっていますよ〜。ストロングダンサー達が沢山いて 見ごたえたっぷり・・・。構成的には とってもモダンな要素が強いかな〜。と言うのが 私の感想ですが・・・・。

それは さておきー

このニュースを聞いた時 私は お友達の家にいたのですが 皆が「グランバレーは もう、解散だ〜!」・「終わりだ〜!」と言い始めて〜。

私もすぐに 「TUMATAは グループの振り付けしでありリーダーなのに グループを離れた。と言う事は やはり、グループは終わりなんだなぁ〜。」と思い始めました。

しかし、今日の写真のお兄ちゃんは 実はモーレアで出会ったのですが グランバレーのダンサーで よくよく事情を聞いてみると 「TUMATA無しでも グループは解散しない。」と言うのです。更に「今日の晩もショーをやるから 見においでよ。」って・・・・。   
 
残念ながら その日の晩は ハワイに帰る日だったので ショーには行けませんでしたが この先、グランバレーは 果たしてどうなる事か・・・?!

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