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人生谷あり底あり
動力車乗務員生活33年を振り返って
昭和54年(1979年)8月1日「SLやまぐち号」が運転開始しました

思えば…昭和50年12月14日にC57135牽引の旅客列車、同じく24日にD51241牽引の石炭貨物列車で国鉄線上から蒸気機関車は現役引退しました                           
翌年にはC571牽引の「京阪100年号」の人身事故で本線運転はもはや無理かと思いましたが…                  
復活しました!                       
あの時からこの夏で38年を迎えようとしています        
D51200も新山口に到着しました                

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博多駅で一か月前の10時打ちで四人分ゲットし初列車に乗車しました
懐浪漫人さん、狂電関人さん、N氏(現、中学校の先生)とボックス席に乗り込みました

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地福駅での撮影タイム

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津和野駅到着後、益田方に引き上げは今も変わらぬ作業です
地福駅でカラーフイルムを使い切り…Try-Xとなりました〜

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オリジナルの12系もさる事ながらワムやらトキやら…貨車も懐かしい

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津和野〜船平山間 
当時高校生の私や狂電関人さん、大学生の懐浪漫人さんは免許すら持たず夏の炎天下…大汗かきながら津和野駅から歩いて一発勝負で撮影しました
今では自動車で追っかけ片道3回・往復6回撮影、楽になりました


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やまぐち号試運転

昭和54年8月1日の「SLやまぐち号」運転開始に先立ち試運転が行われました

場所なんて…はっきりと覚えてないですが 昭和54年7月8日
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短命に終わったキユニ28 ノスタルジーとか言ってキハ47で復刻塗装していますね
今じゃ考えられない山口線の5連DC
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C571復活時の姿 ヘッドマーク無しは良いですねぇ
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片道2,200円…往復4,400円とは高校生の財布には厳しかったような
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これぞ!編成美

昭和54年8月1日「SLやまぐち」の運転開始初列車に乗車すべく鉄友の「狂電関人」さんと在来線で小郡駅(現在は新山口)に向かいました
途中の下関駅で乗換でしたのでホームで次列車まで待ち合わせ中九州ではお目に掛れない美しい編成に出くわしました
クリーム色の中帯が綺麗に一直線…ちょいと短いですが

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関門トンネル専用の交直流機関車EF30も映り込むほど新製間もないEF65型機関車
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EF651122号機はのちにJR貨物の所属となり青色プレートで仕業に就いていましたが、今も元気なのでしょうか?

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釧路二日目はレンタカーで追っかけました
一発目は前回紹介した通り釧路川の鉄橋で撮り、摩周国道を釧網本線沿いに北上しました

天気が良かったので塘路の白樺並木
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SL牽引時は撮った事のなかった雌阿寒岳・雄阿寒岳をバックに(五十石〜標茶間)
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昼食とって返しは茅沼発車  丹頂さんが居ない…
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こう見ると国鉄色は美しい
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終着釧路に向けて釧路川を渡るDE10
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今回はC11蒸気機関車の故障でDE10牽引となり煙分不足ですが、ぐるっと道東を回り十分に鉄分、アルコール分は摂取してきました
また、札幌、網走、釧路、帯広ではそれぞれ友人とお会いでき交流を深めてきました
無事に帰着でき全てにおいて感謝しております

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DL「SL冬の湿原号」

渡道一週間ほど前に音更の小さな鉄道博物館長からメッセージが来ました…
「釧路から連絡、車輪に傷、今季絶望」とのこと
しかし三か月以上前からJALパックで予約して既にキャンセル料発生の為予定一部行程を変更で渡道しました。
最初は石北貨物を考えていましたが、週末天候悪化の為網走泊にしました
2/18は快速「しれとこ」で標茶に向かい当該列車に乗車しました

釧路川側の席は満席でしたので山側BOXを陣取りました
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釧路の夜は炉端焼き〜泉屋本店のスパカツを満喫し釧路の夜は更けていきました
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翌日はレンタカー借りて撮影しました
一発目は定番ハス氷が残っている釧路川鉄橋
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つづく〜



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