北海道ディーゼル貨物(ミスター54の記録)

Yahoo!ブログ廃止のため、本ブログもFC2へ移転になります。

過去録(道内)

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皆さまこんばんは。

Yahooから、2019年末頃にYahoo!ブログの終了が発表されました。
長年お世話になっただけに残念ですが、ミスター54のブログを続けるために以前、設定していたFC2ブログにてブログを復活させることにしました

ブログのURLは次の通りです。(リンクで飛びます)

https://mister54f.blog.fc2.com/ (URL修正済み)

新しいブログにコメントをいただく場合は、最下部右下にある「コメント」をクリックしていただきますと、コメント欄が開き、コメント出来ます

基本、Yahoo!ブログと同じ内容です。ただし、
・ブログの一部にまだ設定していない部分がありますが、
しかし現在再設定中で、徐々に表示されて行くようになります。表示されない期間の日記をご覧になりたい場合は、このYahoo!ブログをご覧ください
・Yahoo!ブログへいただいたコメントは、そのまま新しいFC2ブログへ転載されています(内緒コメを除く)
・なるべくYahoo!ブログと表示形式が似たようになるように設定しました
・しばらくYahoo!ブログの並行して更新して行きますが、年末には消滅することが決定しているため、今後は可能な範囲でFC2ブログにコメントをいただけましたら幸いです(Yahoo!ブログにいただいたコメントは年内に消失するため)

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Yahoo!ブログから、FC2ブログへの移行について、お問い合わせが多かったので、説明します。
現在のYahoo!ブログをfc2ブログに移行する場合、操作はfc2側から行えば簡単です。
下記サイト


から順に操作をしていけば、基本現在のYahoo!ブログはそのまま移行出来ます。面倒な操作はなく、手続きして(PC苦手な人でも数十分で終わるかと)あとは連絡を待てば、遅くとも1週間以内(小生の場合は一晩)で完了すると思います。FC2ブログはバナー広告が少ないのと、画像が綺麗に表示されるのが魅力です

Yahoo!から案内されている移行先にFC2ブログは入っていませんが、これはあくまでYahoo!側から操作する場合の話であって、移行先ブログのサイトから操作する分には、何ら問題はありません
なお、コメントは移行されませんが、これは仕様なのでどのブログでも仕方ありません
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今後ともミスター54並びにブログ日記をよろしくお願い致します。

謹賀新年2019

謹賀新年 2019

イメージ 1
ミスター54より、新春のお慶びを申し上げます

本年も拙ブログをよろしくお願い申し上げます。

さて、いろいろな出来事が予想される2019年、北海道のJRに起こる変化を、貨物中心に、順不同で見ていきたいと思います

・DF200の追加転出
現在愛知区では、本線用DLとしてDD51とDF200の二形式が混用されていますが、DD51は825号機を最後に全検を既に終えております。残る凸を置き換える必要があり、DF200の新製計画もないことから、道内にいるDF200がさらに追加で転出する可能性があります。いつ、何号機が送られるのか、楽しみです

・青函トンネル内の新幹線電車140→160km/hへ
東京・新函館北斗間の所要時間を4分短縮させるための速度向上が行われますが、トンネル内で走行中に離合する貨物列車に新たな制限はかからないようです。良かったです

・千歳線快速エアポートが15分ヘッド→12分ヘッドに短縮
これは2020年に実施計画されているものですが、既に増備車両は全車出揃っておりますし、沿線に追加の閉塞信号機などもぞくぞく建植されつつあり、前倒しになっても不思議はありません
なお、この改正に伴って千歳通路線の千歳線取付部の改良工事実施が発表されていましたが、予定中止となり、既存設備で対応することになりました。小生が何度も提案しておりますが、出発貨物の一部は、一旦札タから白石駅1番線まで引き出し、折り返し函館上り本線と千歳下り線を横断して、千歳上り線へ合流するという提案をしたいと思います。メリットは、合流直前が上り勾配になっておらず、本線支障のロスタイムを短縮できることです

・ラッセルからDE15が引退に向けて
現在函館山線、宗谷線、石北線(遠軽以西)に定期運用のあるDE15ですが、老朽化もあり、引退へ向けてENRの試験も行われ、予断を許しません

写真は約30年前に、いまはなき深名線で撮影したDE15です(再掲)
イメージ 2
キハ53(左)とDE15 深名線 朱鞠内  1990-02-15撮影
左のキハ56改造キハ53は既に消えて久しく、右側のDE15もその後を追おうとしております

今年も皆さまにとって良い年でありますように。

昔の石北貨物

ブロ友どんちく父Oさまが、1980(昭和55)年の石北貨物時刻表をアップされていました
https://blogs.yahoo.co.jp/kihayuni254/64172522.html
 ↑クリックで新しい窓が開きます

そこで、当時のダイヤグラムと、更にSL時代の石北本線ダイヤグラム(抜粋)を掲げてみることにします

DD51最晩年の石北本線貨物は、旭川口から、北見までの一往復のみとなっていました
イメージ 2
DD51 1150(B更新)+コキ+DD51 1165(赤A更新) 8071レ 石北線常紋峠  2014/03/16撮影
SL時代は、ここを越える9600などを撮影に、当時客扱いしていた常紋信号場へマニアが大挙して、常紋トンネルを歩いて峠の生田原側の撮影ポイントまで押しかけたものです。現在では考えられないことですね

では、1980(昭和55)年の釧網・石北線ダイヤグラム。
釧網・石北線ダイヤグラム 1980(昭和55)年10月改正
イメージ 1
(クリックで超拡大します) 交通書房刊
当時の一時間目国鉄ダイヤグラムでは、釧網線と石北線が一緒に作図されていました
スイッチバック式の常紋信号場も、客扱いこそなくなったもののもちろん現役で、20時過ぎには、DD51
の下り普通列車と臨貨の交換、その途中で下り特急おおとりが普通を退避させて通過と、峠の信号場に3本の列車が行き交うという、賑やかな状況でした
現在では駅廃止のみならず交換設備も廃止になった、天幕や上白滝でも列車交換が行われています。
ダイヤグラムだけでは貨車の種別がわかりませんが、どんちくさまの日記を見ると、北見まで、釧路から釧網線経由で石油輸送列車も入っていたようです。冬季の網走港は流氷で閉ざされますからね

おまけですが、釧網線には、客貨混合列車が残っています。当時は根室線の帯広以東にも残っていて、機関車(釧網線はDE10、根室線はDD51)の次に貨車、その後ろに客車を繋いでいました。客車を機関車直後に繋ぐのは、駅でホームに客車を残し、貨車だけで入換をするためです。しかし貨車にはスチーム暖房の引通管がないため、客車に暖房を送れません。こういう線区で使用する客車には、温気暖房など、独立した暖房設備を特別に備えていました
釧網線の貨物はJR化後もしばらく、中斜里のタキなどが残っていましたね

今度は遡ること8年、SL時代の石北本線ダイヤグラム(抜粋です)

石北本線列車ダイヤ 1972(昭和47)年3月15日改正
イメージ 3
(クリックで拡大します)週間読売別冊1972年5月号より
この時は常紋峠に補機運用があり、生田原ー留辺蘂間に単行機関車列車の設定も見られます
遠軽駅に混合列車が発着していますが、根室線の40番台や、釧網線の30番台と違って20番台ですから、列番のみで混合を見分けるのが難しそうです。手違いなどなかったのでしょうか

過去を振り返るシリーズ、余り人気がありませんが、細々と続けます。

羽幌線の記録

皆さまこんばんは。

ブロ友どんちく父Oさまが1980(昭和55)年の羽幌線・留萌線・富良野線貨物時刻表を掲載されていたので、
探しましたら羽幌線を訪れた時のの写真が出て来ました。

イメージ 1
キハ22 3連 822D 羽幌線 力昼  1984年8月撮影
夏の暑い日、14系客車の下り利尻を早朝の幌延で下車し羽幌線の一番列車854Dに乗り継ぎ、羽幌駅下車。らローカルバスに乗り換えて第二千松停留所で下車して、、ここまで歩いて来ました
一頃は旭川から鬼鹿や小平(おびら)など羽幌線沿いの海水浴場まで臨時列車が運転されたほどで、この日も増結されているようです

そんな羽幌線・留萌線の当時のダイヤグラム

羽幌線・留萌線 列車ダイヤ 1980(昭和55)年10月改正
イメージ 2
クリックで超拡大します (交通書房刊)

羽幌線貨物は留萌・幌延からそれぞれ中間の羽幌までの折り返しが一往復となっており、列番も7000番台と、曜日運転になっていたようです。築別炭鉱からの出荷があった頃の面影もありません

なお、留萌線貨物に運炭列車のほか石油輸送列車も一往復ありますが、こいつは留萌駅から羽幌線の本線に入り、2km先で留萌川のコンクリート製単線橋梁を渡った地点から、油槽所へ突然引き込み線が分岐していました。しかしこの羽幌線ダイヤには載っていません
どうしたのかと思いましたが、タキレに詳しいブロ友takekyuさまに尋ねたところ、油槽所までが留萌駅構内になっているのでは…という素晴らしい回答をいただきました

留萌駅構内がこんな遠くまで延びていたのは、歴史的に留萌川の対岸が本線にだったり、留萌鉄道や天塩鉄道など私鉄との絡みもあったと思われますが、遠からずこの留萌から一切の鉄道が消えることには、寂しさを禁じ得ません
イメージ 1

皆さまこんにちは。

先週はネタがなかったこともありましたが、仕事でお世話になった人が急に亡くなって多忙だったり、解体される凸1150を見るに忍びなくて、何度も苗穂を別の用事で通過したものの、ついぞバラされた姿を見届けることなく、解体・搬出されてしまったこともあり、ブログの新規更新ができず楽しみにしていた方に申し訳ありませんでした

きょうは臨試でも動いてくれれば、と札タの朝練に向かいました。
・苗穂へ入場するクマはいません
・臨試が運転されたかどうかは不明です
※ 本日どうしてこのような表現になったかと言えば、今朝は早朝出勤の日だったので、いつもより観察時間が早く、観察後に臨試が動いた可能性は否定出来ないためです

.   *   *   *

ここで、最近発掘した未発表の画像の中から、苗穂で2年以上放置の後、先週解体・搬出されたばかりの凸1150のものが偶然ありましたので、追悼の意味で掲載したいと思います
イメージ 2
DD511150(B更新)+DD511047(B更新)+コキ 2082レ  2010/04/03撮影
コキ編成は当時の典型的な2082レで、機次位は回送の空コキ、その後王子コンテナが短く繋がっている状況です
この列車、所定は凸一両牽引なのですが、重連になっていますね。
当時、午前中に5772レという石油輸送返空列車(札タ発本輪西行)があり、所定は重連でした。これが、返空であるために、スジは凸一両牽引でもこなせるため、運用都合で午後の2082レでカマを東室蘭操(鷲機)に返す場合があり、しばしば重連になったものです。5772レを見て凸一両牽引だと、しめたものだと、勇んで撮影に行ったものです
次位機は撮影記録を調べてみたら、1047号機(B更新)でした。そう言われて写真を見直すと、次位機はラジエータグリルのカバーがありません。この時点でラジエータグリルのカバーなしで残っていたB更新凸は、1045号機と1047号機だけだったので、考えてみれば正解への近道はあったのですね

凸1150が苗穂に2年以上留置されていたということは、保存もしくは売却も考えたのかと思われますが、諸事情でかなわなかったのか、解体されてしまったのは実に残念です。
ただ、ボロボロで錆びだらけになる前に解体されたのは、もしかしたら良かったのかも知れません。いずれにせよ、検査期限はかなり残っていたはずですが、B更新はエンジンが載せ換えられているため、道外への転属は不可能でした

きょうも最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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