ここから本文です

書庫全体表示

記事検索
検索

全29ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

 浜急です。
 すっかり更新をおさぼりして、もうこのブログは放置になったのかと思われた皆さま。

忘れたころに復活します ごめんなさい

 さて、今回の記事は「横浜線開業110周年」に関連する内容なのですが、ある事情から記事を分けさせていただきました。その事情はのちほど説明するとして、まずは記念ヘッドマークを取り付けて運用中のH001編成の写真です。

イメージ 1

 順光のカットが欲しいんですが、撮れるときに限って曇ってしまいます。どうやらヘッドマークが取り外される前に、もう何回か横浜に戻ってこないとダメみたいです。あ、そうそうここでは言っていませんでしたね。今は仙台に勤めているんです。ブログの更新頻度が急に落ちたのは、横浜線を追えていないためです。でも横浜線の本は出すんですよね……()

イメージ 2

 せっかくなので快速磯子行まで粘ってみました。
 流石に露出が厳しいですが、なんとかなりましたね。表示も決まってくれたので個人的には満足です。撮ろうと思ってもなかなかうまく行かない、貴重な快速磯子行の走行写真……。

 では、あまり先延ばしにするのもよくないので、
 記事を分けることになった「ある事情」について書きましょう。

 まずは、こちらの写真をご覧ください。

イメージ 3

 こちらは、町田駅で撮影したH014編成の写真です。右側が東神奈川方で、「クハE232-6014」の車両番号が見て取れるかと思います。
 勘のいい方はもうお気づきでしょうか。では、次の画像をご覧ください。

イメージ 4

 同じ写真に加工を施したものです。
 実は、写真左側の2号車に「線路モニタリング装置」がついています。こちらは、以前の記事で紹介しているのですが、横浜線ではH015編成に取り付けられていたはずのものです。
 そしてもうひとつ。写真が悪く読み取りづらいのですが、この2号車の車両番号に注目してください。「サハE233-6215」と書いてあるのがお分かりでしょうか。

 つまり、このH014編成は
[H014編成]
                1号車:クハE232-6014
                2号車:サハE233-6215(元H015編成)
                3号車:モハE232-6014
                4号車:モハE233-6014
                5号車:サハE233-6014
                6号車:モハE232-6414
                7号車:モハE233-6414
                8号車:クハE233-6014
 の混成になっています。

 H014編成は9月中旬に行われた月検査を所定の組成で受けていることから、この状態はそれ以降に鎌倉車両センターを出入りした20日(または21日)から続いていると考えられます。一方、H015編成は7月30日の検査を最後に8月7日から運用を離脱していて、その直後には編成をばらされていたことから、8月中旬から9月20日に至るまでの間に、H014編成以外の編成へサハE233-6215が挿入されていた可能性も否定はできません。
 これまでにE233系で車両単位の組み替え(混成という意味での組み替え)が行われた例は、他線区を含めて聞いたことが無いので初めてではないかと思います。サハE233-6215は組み替え後も引き続き検測を行っていることから、「モニタリング関係で生じたトラブル」というよりは「H015編成自体に異常がある、または意図的に検測装置搭載車両を他編成に振り替えた」と考える方が自然です。しかし、詳しい経緯は今のところ分かっていません。
 恥ずかしながら、最近は横浜線を撮影できる機会が減ってしまったので写真による遡り調査がほとんど出来ず、噂に聞くまで気付きもしませんでした。ここへきて予想外の展開に、またしても執筆のネタが増えて震える浜急でした。

……ちなみにサハE233-6214とサハE233-6215ですが、クーラーも何も同じなので「機器が載せ替わったのではなく、車両が挿し替わった」という証明をするのが非常に難しいです。動画以外で何かいい方法があったら教えてください。

この記事に

開くトラックバック(0)


+☆+・。+☆+・。+☆+・。+☆+・。
 
祝  横浜線開業110周年
 
゚・。+☆+。・゚・。+☆+。・゚・。+☆+。・゚・。+☆+。・゚

 みなさまお久しぶりです。浜急です。
 2018年9月23日、横浜線は開業110周年を迎えました。2008年の開業100周年をつい昨日のことのように感じるのですが、あれから10年が経ったんですね。私も横浜線も、ここ10年で本当にいろいろな事がありました。
 10年間を振り返ると、記事が1本では到底足らなくなってしまうので、今回は先日行われたイベント「横浜線開業110周年 Anniversary Party」の模様を簡単に紹介します。

イメージ 1

 朝10時過ぎ。
 東神奈川駅では各駅の駅長さんらが集い、記念ヘッドマーク付き車両の出発式が執り行われました。ヘッドマークは8月からH001編成に取り付けられており、この日は31Kで橋本を出区した後、会場である東神奈川駅まで通常通り営業運転し、折り返しの待ち時間で式典を彩るという次第。途中、台本が早く読み終わってしまい、「ヘッドマーク付き車両が到着します」と言ったところで一本前の車両が入線してしまうという場面もありましたが、咄嗟のクイズで上手く繋ぎ、会場は終始温かい空気に包まれていました。

イメージ 2

 その後、東神奈川駅長の合図でH001編成は時刻通り発車。
 続いて本日のメインイベント会場になっている、小机駅へ移動します。

イメージ 3
 小机駅では、開業110周年を記念した各種グッズやお弁当の販売、E233系車両を使用した展示会を開催。
 さらに、駅のすぐ脇にある地区センターとも連動し、地区センター内体育館でも様々な体験型イベントが行われました。
 物販列はコミケで言うところの「大手シャッター」並に伸びており、11時の販売開始から夕方まで人が途切れる気配はありませんでした。


イメージ 4

 展示車両として選ばれたのは、橋本で運用予備になっていた横浜線のH011編成。実は当日の朝に回9860Kとして小机駅へ送りこまれていました。
 H011編成は元々「小机駅」の駅スタンプロゴステッカーをつけていたことから、4年前の「ハマ線レールフェスタ」においても展示車両に選ばれた経歴を持ちます。そんな当編成が今回も展示車両に選ばれた理由は、「110」周年の数字を逆読みすると「011」になるから……という説が有力ですが、真相は不明です。

イメージ 5
 
そんなH011編成を使った車内展示の内容は、お仕事紹介や過去の横浜線新聞を掲示したパネル、参加すると景品がもらえる横浜線クイズ、過去のヘッドマークなどを集めた部品展示が主となっていました。
 展示内容としては通常のレールフェスタと大きく変わらないのですが、記念日効果でこれまた長蛇の列となり、最終的には1000名弱の方が乗車されたのではないかと推測します。


 また、車両前面には205系時代の編成札を模したプレートが掲げられるという粋(?)な演出もありました。普段のレールフェスタではあまり弄らない、LED行先表示も頻繁に変わっていたようです。(写真の[快速小机]表示のほか、横浜線各駅停車小机/横浜線快速小机/横浜線快速橋本/団体/快速中山/横浜線各駅停車/横須賀/快速鎌倉など)

イメージ 6

 祭りの締めは返却回送……というわけで、回9561Kで橋本駅4番線に到着する展示車両の返却です。片付けられた展示品は相模原運輸区へ回収するらしく、駅到着後は運び出しが行われていました。
 
 ――さて、あっという間でしたが、こんな感じで開業110周年のメインイベントは幕を閉じました。引き続きスタンプラリーなどの企画は開催中であるほか、H001編成のヘッドマークも10月下旬頃まで取り付けられるということで、しばらくは盛り上がりが続きそうです。来年は111周年というゾロ目キリ番になりますが、110周年とは違う新しい企画が何かあるんでしょうか。楽しみですね。

この記事に

開くトラックバック(0)

04.08 恋カケ聖地巡礼

 3月某日、すごろくで東海道本線を移動する機会があったため、終点の神戸で表題の聖地巡礼を行いました。ちなみに、「恋カケ」はUs:trackが2015年に発売した美少女ゲーム『恋×シンアイ彼女』のことです。

イメージ 1
 今回は学生時代最後の旅行ということで、切符に"仕込み"を行いました。

東京 → 神戸
 通常、このような乗車券は特定特区市内制度という制度によって自動的に「東京都区内→神戸市内」というように変換され、特定区間内での途中下車が不可能になります。しかし、規則の但書きにある裏技を使って、いわゆる「単駅指定」を行っています。

 さらに、「下車印を集めるスペースが欲しい」という目的で、経路数を増やしてサイズの大きい切符になるようにしており、先述の「裏技」のみでは85mm券で済むはずのものを、改札機に通せない120mm券としています。
 こうして某駅のバックアップのもと、東海道本線すごろくの旅にふさわしい(?)「東京→神戸」の乗車券が完成。協力していただいた駅の方々本当にありがとうございます。参加者の多くが「青春18切符」を持ち寄る中、ひとりだけ変な切符で参加することになりました。
 ……実は、経路等の都合で有楽町−田町間、大阪−元町間は下車できないという本末転倒な切符ではあります。

 すごろくの主なルールは次の通りです。
・東海道本線の全170駅を対象に実施し、チームで最終目的地の神戸駅到着時間を競う。
・基本的に2d6で進める。
・任意の駅で3d6とすることができる権利が5回与えられている。
・次に掲げる駅が着駅となるとき、3d6の権利が1回ずつ追加される。
 小田原(神奈川県)/静岡(静岡県)/豊橋(愛知県)/岐阜(岐阜県)/米原(滋賀県)/
 京都(京都府)/新大阪(大阪府)/JR総持寺(新規開業記念)
・品川駅が着駅となるとき、1d6で経由線を選択しなければならない。
 1d6の結果が偶数の場合は品鶴線経由/奇数の場合は品鶴線を経由しない
・大垣駅が着駅となるとき、1d6で赤坂支線を往復するか否か決定しなければならない。
 1d6の結果が3以下の場合は大垣−美濃赤坂間を往復する。
・移動中、いかなる場合でも目的地より先の駅に進んではならない。
・特急、新幹線、私鉄、バス、タクシー等の交通手段は利用してはならない。
 但し、駅間を徒歩で移動することは認める。
 ここまで書いておいて、道中の掲載できる写真がほとんどないのですが、結果からいうと参加10チーム中、我々のチームの神戸駅到着は

イメージ 4

 神戸駅23:55着 最下位

 まぁ、よく着けたよね。
 21時前後にゴールするチームもある中、堂々の最下位を飾ってしまいました。3d6で17という高い数字を出したり、自分が2d6を振ると必ず5を出すので上手く駅数を調整したり、途中までは上手くいっていたんですけどね。

イメージ 3
 すべては日没間際の大垣駅から。
 赤坂支線往復の場合には別途乗車をするつもりでしたが、ここは相方が上手く回避してくれました。
 ところが、その流れで「米原までは抜けたい」と3d6の権利を行使したところ、なんとサイコロ3つにも関わらず「5」という結果に。当然、米原までは抜けられず、本数の少ない醒ヶ井駅(滋賀県米原市)に取り残されて30分のロスが生じました。

イメージ 2
 そして「次こそ本数が増える野洲駅まで抜けよう」と再び3d6の権利を行使したところ、今度は私が野洲駅の手前を当ててしまう始末。
 下車した篠原駅(滋賀県近江八幡市)では、ちょうど40分以上運転間隔が開くタイミングに当たってしまい、暇すぎて駅舎を長時間露光撮影……。
 唯一の救いは「白ポスト」を発見して厄払いの祈りを捧げたところ、一気に京都駅が出たことです。

 醒ヶ井と篠原、そして大垣駅手前のロスを含めると、合計1時間30分程度を無駄にすることになりました。京都駅からは最早「消化試合」の様相でしたが、なんと兵庫県に入ってから線路内公衆立入による輸送障害が発生。なかなか最終目的地に到着させてもらえませんでした。
 相方はこのサイコロのために、旅行先の京都から一旦東京へ戻り、高速バスから降りるや否や私と神戸を目指しました。なんというか、本当にお疲れ様でした。一方では、我々が神戸に到着する前に「すいません、これから東京に戻らなきゃならないので……」と神戸からとんぼ返りする後輩の姿も。みんな、東海道本線すごろく大好きすぎかよ……。





 昨晩は到着時間が読めなかったので、親戚の家にお世話になったり、ホテルを予約したりはせず、三宮のネカフェで一泊。ほかの参加者は朝遅くまで寝ていたようですが、私は独り聖地巡礼に出かけます。
 まずは三宮から市営地下鉄で新神戸へ。神戸は親戚の兼ね合いもあり、それなりに訪れてはいますが、正直なところ新幹線に乗る時は新神戸駅ではなく新大阪駅を使うことのほうが多いので、久々の下車になりました。

イメージ 5
北野クラブ・ソラ正門前:兵庫県神戸市中央区北野町1丁目5−4
 
イメージ 6
 ようやく本題に入りまして、最初に向かったのは作中の通学路。一番来たかった場所なのですが、あいにく舗装が変わってしまっていました。これには割とがっかり……。
 今回は影の方向を作中と合わせるために光線状態の検討も行いました。その結果、ここは朝方ということでしたので、ネカフェの出発も朝になったのでした。

イメージ 9
 続いては御影に移動です。時間に余裕があるので、徒歩で三宮駅を目指します。
 さきほどの通学路は北野というところにあるのですが、このあたりは横浜で言う山手のような場所で、異人館や結婚式場がいたるところにあります。
 写真は異人館を移築・改装したスタバで、これまた別作品で登場していたりします。


 阪急電車で三宮駅から御影駅へ移動し、内陸側に向かって坂を上っていくと、閑静な住宅街の中に次なる聖地があります。

イメージ 7
神愛子供ホーム前:兵庫県神戸市東灘区住吉山手4丁目7付近
 
イメージ 8
 こちらも作中の通学路のシーン。反転されている上に描き足しが多く、ほとんど原形がないのですが、一応ここが元になっているとのこと。確かに、画面の一部分に注目すると実際の風景と一致します。
 こちらも朝の時間が正しい光線状態。今回は春の探訪だったため、朝は光が当たらないかも……ということで時間をずらしました。


 続いては阪神電車の御影駅。先ほどの聖地は阪急電車の御影駅が最寄な一方、作中に登場する駅前のシーンは阪神電車の御影駅なので、これまた徒歩で移動します。

イメージ 10
阪神電車 御影駅:兵庫県神戸市東灘区御影本町4丁目12−4
  
イメージ 11
 駅前のシーン。
 手前の木が「なかったこと」にされている代わりに、タイルが描き足されています。珍しくアイレベルではなく、ややハイアングルの視点になっているので、脚立なしでは構図が一致しませんでした。不覚……!
 作中の光線状態はお昼のもので、今回は12時30分頃に撮影しました。


 最後は、御影から阪神電車で一気に須磨へ移動し、須磨海浜公園で海のカットを。

イメージ 12
須磨海浜公園:兵庫県神戸市須磨区若宮町1丁目1及び須磨浦通1丁目
 
イメージ 13
 海、こいつがめちゃくちゃ難しい……!
 というのも、光線状態は昼過ぎということでそれに合わせたんですが、もう1つ合わせなければならない条件があります。
 それは、「潮の満ち具合」です。今回は日程や時間の関係で、流石にそこまでは合わせられなかった、というかどの時間が正解なのか算定するこはできませんでした。


 とりあえず、晴れた状態で撮れたので自分の中では良しとします。海綺麗だった……。
 他にも舞台となった場所はありますが、今回は割愛。重い荷物と三脚を担いで撮影ポイントを探し回り、かれこれ2時間ぐらい砂浜を歩き回ったので、流石に脚に来ました(苦笑)。

 須磨からは再び神戸に戻り、この日は祖父母の家にお世話になりました。

イメージ 14
 ……いや、それにしても恋カケ聖地巡礼」のタイトルを打っておきながら、怪しいすごろく企画の記事になってしまいすいません。聖地巡礼目当てで読んだ方、本題に入るまでお見苦しい思いをさせてしまってホントすいません。すごろくで神戸に行くのはオススメしません。なんか後輩が山陽本線でもすごろくしたようですがオススメしません。
 以上です。

この記事に

開くトラックバック(0)

04.01 相原七国峠探索

 春爛漫、新年度を迎えました。皆さま如何お過ごしでしょうか。
 当方は相変わらず横浜線を観察したり、酷道ドライブに便乗したり、アニメやゲームで一喜一憂したり、電子工作をしたり、足りない頭をフル回転させてプログラミングをしたり、本を書いたり、サイコロを振ったり、横浜線を観察したりしています。多いわ。
 地元の桜も先週ぐらいに満開となりまして、本来なら新年度一発目のこちらでも桜の写真を取り上げるべきなのでしょうが、おおよそいつもと変わらない写真しか撮れておらず、そんな写真を今お見せしたところで何も面白くないので別の機会にします。

 というわけで2018年度1発目は相原七国峠です。
 横浜線に3つあるトンネルの中でも、とりわけ長い「新相原トンネル」(985m)が貫く相原〜八王子みなみ野間を探索します。

イメージ 1
 横浜線が貫く山(丘陵)はいずれも宅地造成等で切り崩されていて、基本的に原形をとどめていないのですが、七国は比較的最近になって造成が始まったニュータウンということもあって、手つかずの自然が多く残っています。
 また、横浜線のトンネルと直交する峠道(赤太線)は古の時代から続く「鎌倉古道」の一部とされ、当時に思いを馳せて踏破を試みる愛好家も少なくありません。
 しかし、今回はあくまで横浜線調査の一環として行うため、鎌倉古道のハイキングコースは完全に無視し、相原駅方面から八王子みなみ野駅方面へ縦断(大雑把には青破線)することを試みます。



 これまでの調査で、相原駅側からハイキングコースに至る山道が存在することは分かっていますが、ハイキングコースより北側は完全に未知の領域。そもそも道と呼べるものが存在しないため、いわゆる「藪漕ぎ」になることは必至です。ハイキングは好きですが、流石に藪漕ぎの経験はなかったので、助っ人を呼ぶことにしました。
 運悪く私に呼び出されてしまったのは、よく廃モノ探索の企画や酷道ドライブの運転を担う同期K。藪漕ぎのベテラン……というわけではないものの、彼も一応廃モノ巡りをしてきた人間なので、知識や経験、判断力に関しては助けになるだろうと加わってもらうことに。ノリだけで50kmの強歩を何度もやってしまうという、持て余した体力を山にぶつけてもらいます。


  13:40 突入開始
 
 Kの研究がひと段落するのを待って、昼過ぎに相原駅へ。都内にある大学から直接相原駅へ向かう彼に「京王線が早くて安い」と八王子乗り換えを案内したところ、京王八王子とJR八王子の地上乗換で迷ってしまい、横浜線を1本逃したとの報。確かに、初めての乗り換えには少しハードルが高かったかもしれません。
 そんなこんなで予定より10分遅れて到着したKと、綺麗に整備された相原駅前ロータリーを後にします。細くアップダウンのある舗装道路をしばらく進むと、小川を境に畑が広が広がります。道もすっかり未舗装となり、取りつきの部分で左右に分岐します。

イメージ 2
 分岐を右方向に進むと、横浜線の下り本線「新相原トンネル」の入口直上に出てきます。
 このあたりの序盤部分は歩きに慣れてしまったので写真をあまり撮りませんでした。記事では、一応紹介用ということで過去の写真も交えながら掲載していきます。
 さて、そのまま相原駅を背にして山奥に伸びる獣道を進みます。以前は、ここからさほど離れていないところで倒木があり、奥へ進むにはそれを乗り越える必要がありましたが、いつの間にか撤去されていました。獣道自体も、以前に比べるとかなり歩きやすくなったような……。その理由はすぐに判明します。


  13:50 消えた湿地帯

イメージ 3
 前回訪問時は、写真のように湿地帯を間近に見ることが出来たのですが、今回はなんと刈られた草木が山積みにされていて、全く水場を見つけることができませんでした。
 なるほど、前回から今回までの間に、草木がある程度刈られたから歩きやすかったのか……
 湿地帯方向に分岐する獣道も完全に塞がれていたので、今回は湿地帯については探索を断念。ハイキングコースへ繋がる急斜面を上がります。


イメージ 4
 斜面を上がる途中、非常に面白い掲示物を発見しました。

自転車・バイク 直進 ↗

 ここ通るの……? この藪に囲われた斜面を??確かにその先はハイキングコースだけど……。
 見覚えのない貼り紙でしたが、前回見落としてたんでしょうか。



  14:00 ニュータウンの影
 
 バイクに乗りながら……は論外、押して通るにも絶対厳しいだろう、と思いながら斜面を上がり、ハイキングコースに合流。ここからが本題です。

イメージ 5
 ハイキングコース(赤太線)自体は、未舗装の状態で申し訳程度のロープが張られている「山道」そのもの。
 しかし、ハイキングコースの脇に目をやると、怪しい人工物が確認できます。左の地図上に橙点線で示した、謎の隠れ道です。
 この隠れ道、ガードレールや標識まで整備されており、自動車がすれ違える程度の幅があります。
はっきり言ってハイキングコースよりも断然規格がいいので、「隠れ道」と呼ぶには微妙なのですが、道の名称・目的が調べても分からなかったので、とりあえずそういうことにしましょう。


イメージ 6

うん、道すぎる。

 未成道というやつでしょうか。ところどころ若木が生えてはいるものの、ご覧のとおり見通しは悪くありません。起終点は自然と同化していて不明ですが、全長は100メートル程度で、西からへゆるやかに下っています。

イメージ 7
 各所にあるオリジナルの標識が明らかに「ニュータウンの生活道路」を匂わせてくるのが気になります。こういう時、頼りになるのは足元に落ちていたりする看板なんですが……看板……。
 やっぱりありました。おそるおそるひっくり返すと、「住宅・都市整備公団」の文字。やはり、八王子のニュータウンに関連していることは間違いないようです。


イメージ 8
 実は、七国峠の開発は途上の段階で、東西方向・南北方向に山を貫く都市計画道路の事業(橙線)が残されています。中でも、東西方向の「八3・4・8号線」は、七国側から横浜線と交差する部分を掘割として工事を進めたものの、その後の進展が無く放置状態。この道路は東京造形大学のキャンパスすら貫くため、予定地は綺麗に空けられています。
 計画図では、謎の隠れ道の周囲は緑地として整備される予定になっていて、道路自体もおそらく「八3・4・8号線」に接続するものと推測されますが、なぜ起終点が覚束ない今の状態で、一部区間に限って標識まで設置されているのかは全くの謎です。



  14:30 藪に消えた「ハエたたき」

 謎の隠れ道で住都公団が設置した看板を観察しつつ、都市計画道路の予定地を見下ろしているうちに、「あれ、未だ半分も来てないんじゃないか?」という単純な疑問が浮かんだたので元の道に戻ります。
 まずは鎌倉古道から造形大方面に分岐する山道へ入り、その先がどうなっているのか調査したのですが…… 普通に造形大にぶつかるだけだったので、そこから谷間に向かって横浜線の上り本線の直上をひたすら藪漕ぎすることにします。

イメージ 9
 七国の藪漕ぎは、造形大という大きなランドマークがあるのでさほど難しくはありません。しかし、造形大が見えなくなる場所では、勘とコンパスが必須です。
 地図の等高線から山の形をイメージして、それが実際の風景と比べてどうか、というのが分からないと簡単に遭難します。左写真は、歩く道のサイドビューではなく、フロントビューです。ここに入っていくんです。


 横浜線が単線だったころ、相原トンネルの西側には道があったようで、今回もほぼ同じルートを辿っているのですが、流石に跡形がありません。藪しかない。ただ、時折藪の中に古い缶コーヒーがあったりして、人が通った跡を見つけることはできました。
 缶コーヒーの製造年代と、道があった時代を照らし合わせたかったのですが、腐食が激しく「レトロ感あふれるコーヒー」ということしか分かりませんでした。

 しかし、レトロ缶コーヒーの製造年代が推定できず悲しみに暮れる我々の前に、驚くべきものが姿を見せます。

イメージ 11

ん?

イメージ 10

んんん????

 昭和の代名詞、「ハエたたき(の一部)」ではありませんか。
 付近を見回すと、支柱から外れてしまったと思われる碍子がゴロゴロ転がっていました。碍子の製造年代は1930年代から50年代にかけてで、いずれも横浜線の複線化前。鉄道用途かどうかまでは分かりませんが、こういう掘り出し物を求めていた我々にはご褒美です。
 ちなみに「ハエたたき」とは、昔使われていた電信柱のこと。流石にその時代の写真はないので、Google先生で調べてみてほしいのですが、一目見れば由来がわかると思います。
 このタイプの二重碍子については、ねじが取れるタイプと取れないタイプがありますが、その点の確認については失念してしまいました……。

  14:50 バイパス発見

 さらに進むと、こんどはコンクリートの構造物を発見しました。トンネルポータルにしては位置が南側すぎるので、周囲を確認したところ水路の様子。

イメージ 12

バイパスだ!!

 上り線の上に水路が現れたということは、そのまま下った先はトンネルの上になるはず。枯葉の堆積が少ないということは、雨後には相当の水が流れ込むのでしょうが、今日は運よく下が湿っている程度。屈んで一気にやり過ごします。

  15:00 相原トンネル入口到達

イメージ 13
 予想は的中し、水路を下った先で上り線「相原トンネル」の入口にぶつかりました。ようやく写真撮影タイムです。
 山に入ると、線路沿いの柵なんてものはないので「どこまで立ち入っていいか」という判断に困りますが、少なくとも脇の斜面や保線用通路はアウトだろうということで、トンネルポータルの手前から狙うことに。運転士さんに自殺志願者と間違えられないかヒヤヒヤしましたが、そもそも角度的に見えないかもしれません。撮影ついでに腹ごしらえもして、この後の行程に備えます。
 写真は磯子行です。LEDは切れていますが、ギリギリ磯子行であることが分かる程度です。で、磯子行ということは、この時点で日没が割と迫っているということなのです。あまりゆっくりしてはいられません。
 ここで "ゆるキャン△" になる前に、地図を確認して今後の行動計画を確認します。



  16:30 宇津貫緑地着

 16時過ぎ、再び水路を戻って途中の沢から西側に方向転換します。どうにも巻けない場所があったので、太い枝を頼りに這い上がり、さらに進むと急に開けた山道に出ました。しかも、道沿いの植物には札がかけられています。
 その道に吸い寄せられるようにして北へ。そして16時30分、八王子みなみ野側の緑地「宇津貫緑地」に入りました。ようやく地図に書かれている道に出たことになります。

イメージ 14
 到着直後は明るかったのですが、近所のスーパーで夕飯を買い出ししていたらあっという間に日が暮れてしまいました。
 日没後に「みなみ野シティ」を訪れることはあまりなかったので、宇津貫緑地にて夜練を決行。定番の長時間露光はもちろん、サイドメインの流しにも挑みましたが、後者が難しい……。百歩譲って成功と言えそうな写真は相模線の1枚だけでした。

イメージ 15

 模型みたい

 そして八王子みなみ野まで歩いて本日の全行程は終了。同行のKはお疲れ様でした。(今回の藪漕ぎが次の廃線探索に生かされたとか生かされていないとか)

 新年度から(体力的に)ハードな記事になってしまいましたが、本年度もよろしくお願いいたします……ということで、申し訳程度に桜の写真を貼って締めとさせていただきます。
イメージ 16

この記事に

開くトラックバック(0)

WORKS

  最近発行した書籍の一覧 ……おまけ本などは省略しています

イメージ 3
▶ 2017年










イメージ 1














イメージ 2
















イメージ 4
▶ 2016年









イメージ 5

















イメージ 7
















イメージ 6
▶ 2015年











イメージ 8


















  寄稿・協力

▶ 2017年
・武蔵野運輸区さま『205の軌跡 the 3rd』 協力
 
▶ 2016年
・渚沙野電車区さま『この鉄道同人誌がすごい! 2016 夏』 取材協力
 
▶ 2015年
・鈴谷二丁目さま『205系ガイドブック -武蔵野線・南武線編-』 写真提供
・芝浦工業大学鉄道研究会 公式Webサイトデザイン
 
▶ 2014年
・武蔵野運輸区さま『205の軌跡SC』 記事執筆・写真提供
 
▶ 2013年
・武蔵野運輸区さま『205の軌跡』 記事執筆・写真提供
 
▶ 2012年
・やまぶき高校出版部さま『ひだまりマガジン 2012夏号』 記事執筆
 
▶ 2011年
・やまぶき高校出版部さま『ひだまりマガジン 2011冬号』 記事執筆

この記事に

開くトラックバック(0)

全29ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事