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このブログ明日で終了ですのできりの良いところで終了させます。
聖書によると、誓約も、教会の信徒が神殿で持っていた4つの主要な教会との関係の一つであった。教会の聖職者たちは、神殿に物質的な支援を行うよう日頃から信徒会衆を指導していた。儀式的な生け贄、特別な供物、会衆の全ての生産物に強制的に課される10分の1税などを納めるように指導がなされていた。
信徒たちにとって、誓約は違っていった。経済霊がいかにして今までの慈悲深く受容的な神殿政治の力を包み込み、それに取って代わったのかを理解する鍵は、いかに誓約が10分の1税、生け贄、供物と異なっていたかを理解することである。誓約は、現在ローンと呼ばれているものと同等のものであると認識しておくことが大事である。神殿が誓約を引き受けるということは、神殿への債務が発生することである。誓約には将来におよぶ支払いの義務が含まれている。この義務は、現代の金融商品で「債務」と呼ばれる長期債務の前身である。この債券は。主なる神(モロク)が民数記30章2節〜15節で命令したものである。誓約(ローン)における未成年者や女の法的責任や適格性の制限に関する、聖職者たちの基本方針もここに詳しく記述されている。さらに申命記23章18節〜22節には誓約(ローン)の担保の品質に関する基準が詳述されている。当然ながた、犬や売春婦の見込み稼ぎはローンの担保としては不適格であった。借りないこと自体は罪ではなかったが、もし借りたならば「返済を滞らせてはならない」(申命記23章22節)。誓約は、即座に財産を引き渡す生け贄や供物や10分の1税とは全く異なっている。経済霊を理解するための鍵は、神殿の誓約がいかにしてマネー・ローンとなり変異したかを知ることである。
経済霊とモロク神以前には、借り手が誓約を行い、ローンを受け取る時の支払いは、神殿にあった現物でなされた。神殿は貸した物品そのものを引き渡したのである。10エファの穀物の誓約に対して神殿は10エファを提供すればよかった。後になって、マネーの創造方法が発見されたために、神殿は物資を表した「トークン(札)」を引き渡すだけになった。トークンは市場に持ち込めば、希望したエファ分だけ入手することが出来た。もちろん、市場が利用可能であること、価格が安定していることが前提である。マネーが存在する前の時代には、神殿に在庫の無い物品は借りる事が出来なかった。ローンの返済の時も、神殿に実際の物品を届ける必要があった。
今日のローンと同じような形態のマネー・ローンになった最初の誓約を借りた人は、物品で返済する物品のローンと比較して、マネー・ローンに関連する力は大きく違ったものであることに気付かない。現代のマネーを早い時期に発見した神殿の書記官や聖職者たちは、マネー・ローンを創造した時に初めて手に入れたパワーの大きさに、雷のような衝撃を受けたに違いない。
聖職者たちは、あまり多くの人が借りない(誓約しない)ことを望んだであろう。というのも、元本と利子の支払いを満たすことの困難さとリスクが理解できる借り手は極めて少数であったからである。レビ記27章31節に記述されている「5分の1」つまり20%に利率が設定されていれば、返済のプロセスは非常に重荷になる。借り手は神殿の会衆の常連メンバーであることが、聖職者によって要求されたに違いない。誓約からの収入を神殿の不利益となるように逸脱されてしまった借り手は、2度とローンを借りる資格は与えられなかった。
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