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営利主義の亡霊たる「経済霊」が「呪われた」マネーを世に送り出したのは、エルサレムの都市であることは不思議ではないでだろう。聖書の物語においても同様にエルサレムにマネーの存在が認められている。マネーが使用されるようになる以前から、エルサレムが位置する場所は、商業の要衝路が交差する土地であった。当時知られていた商業圏を結ぶ交易路は地中海に沿っていた。後にエルサレムと呼ばれるようになったこの聖都を囲む地域は、海賊と隊商襲撃者から適度に安全な距離を保ちながらも、海港と陸の交易路と便利に接続していたため、特別な場所であった。互恵的な交易が日常的になされていて、一種の中立地帯のように見られていた。紀元前7世紀頃、貨幣という形態で経済霊が招聘されたのは、地中海周辺のトルコ西部にあるリディアという土地だった。
古代の文書には、このマネー・パワーが社会に到来したことを明確に記す文章が残っていない。古代の金融や商業のことを述べる時に、現代用語を使用すると、しばしば誤解を招くことになる。「マネー」という言葉は、依然として辞書になかった。たとえば、「マネー」とか時には「ローン」と間違って翻訳されている言葉は、単に「カプス」という銀を意味する言葉である。今日の意味でのマネーではない。同様に、地代・家賃・と翻訳されてきた言葉は、実際には「10分の1税」を意味している。ワインは売買されたというよりも、ワイン1単位が穀物1単位として交換に使用された。現代金融用語を使用して翻訳すると、完全に間違ったものになることがある。
もともと商業は、現代の市場と一般に言われているようなものではなかった。「需要と供給の圧力にさらされた価格はなかった。売りも買いも、マネーもなかった。交易の等価性は神聖な命令によって確立されていた。マネー以前の古代世界は、ビジネスの利益や損失とは無縁に繁栄していた」。マネー以前の時代は、物々交換だった。交易と商業に「利益」が考慮されるようになったのは、人間の意識に変化があったことを示す。この変化は経済霊の到来と同時期に発生した。その当然の帰結は、「詐欺の価値」を会得することであった。
この詐欺的な特質について概に、エジプト脱出の物語と、ヤコブが「イスラエル」になった取引のエピソードで説明した。経済霊の到来と、現在のマネーの発明される以前、商業は、神殿の権威によって確立され、強制力をもった神聖な命令のルールの下に行われていた。聖職者の役割は、「公平な価値で交換することを確かにすること」だった。この聖職者の権力を担った「レビ族」の役割について聖書は詳しく記載している。このエリート集団は、人々のために神殿を通じて、必要な事項を管理する責任があった。
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