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子供の頃はピアノの練習で日々忙しかったので
ゆったりのんびりめいいっぱい友達と遊ぶ時間がなく
心の葛藤(遊びたい思いと弾きたい思い)をピアノにむけて
「あの曲を弾けるようになりたい。」と練習に励んでいました。
ヤマハなどのミュージックスクールで習えば
もっと友達とも触れ合えて楽しかったのだと
大人になってからわかったのですが
2歳の頃から芸大出身のピアニストの先生に
マンツーマンでご教授いただいていた為
メジャーな曲よりマイナーな曲
かなりマニアックな曲
先生の好みの曲ばかりで
幼心に困惑したこともありました。
友達と遊ばなかったわけではなく
学校が終わってから夕食までみんなが遊ぶところ
私はその中の何十分か一緒に遊び
ピアノの先生の住む家に向かうバスを待つ間
バレエ教室の練習をそっと眺めて楽しんでいました。
分刻みな楽しみ。。。
それでも当時の友達は
私を快く受け入れ
あたたかく接し
「また明日遊ぼうね♪」と
かけがえの無い友情を感じていました。
高校に入りピアノよりも絵の方に興味が沸き
学園祭で自分の書いた絵が完売するようになると
大学受験と兄の死を理由にピアノをやめてしまったのですが
どちらかと言うと兄の死の方が大きかったからです。
死の間際も
私のピアノを聴きたいと
兄が苦しそうにしながらも願うので
優しい曲を弾こうと思うのに
何故か次々と悲しい曲ばかり奏でてしまい
それでも嬉しそうに微笑む兄を見ると
こらえていた涙がこみ上げてきて
兄の死後は黒鍵と白鍵を見ると辛くなり
歌を歌う事で心が晴れるようになりました。
義母(父の後妻)も
兄の死をきっかけに
精力的に歌に励むようになり
コンクールはもちろん
リサイタルコンサートを何回も経験し
そのたびにビデオカメラを手に
応援しに行ったり
打ち上げのお店を調べて
割引クーポンを渡したり
協力してきました。
ヴォイストレーニングなど
語り合える日が来るとは
思っていなかったのですが
兄の死から10年が過ぎ
だいぶ生活に変化が出たせいか
昔の自分とはかけ離れた日々を
お互いに過ごしています。
今もカレンダーに予定がびっしり書き込まれていても
バンドの予定は第一優先でスケジュールを動かしています。
「ああ。。。嫌だわ。」だなんて思いません。
自分の時間がほんのわずかしか持てなくてもその中で何か楽しみを見つける事が出来るから。。。
子供の頃の時間の向き合い方が現在の自分の生活にも生きているのだと思いました。
時間がない時ほど充実感や達成感を感じています♪
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