無題
「もしも今日、キリストに会えたら」(ルカ18:31〜43)
「もしも今日、キリストに会えたら」(ルカ18:31〜43)
今日の箇所も二つの物語が書かれています。前半はイエス様の受難と復活の予告、後半はイエス様の奇跡の物語です。受難と復活の予告はこれで3度目になるのですが、当然弟子たちは理解できず、受け止められませんでした。この時の彼らにとってメシア、救い主とは、イスラエルのために国を再興してくれる人であり、十字架で殺される人ではなかったのです。
ところが後半の目の見えない人にとって、イエス様はそのような人ではありませんでした。イエス様に出会い、「なにをしてほしいのか」と尋ねられたとき、「目が見えるようになりたいのです」と即答しました。おそらくイエス様に実際に会ったのはこの時が初めてだったと思います。でもこの言葉はその場の思いつきではなかったはずです。噂はこの人の耳にも入っていたのでしょう。そ
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