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高校の卒業旅行のお話。
1988年3月、青函連絡船が廃止。
青函トンネル開業。
青春18きっぷを使って、博多から青森へ。青函連絡船に乗りに行った。
大体の乗り継ぎはこんな感じである。
まず大垣発東京行きの夜行普通列車に乗るために、大垣を目指して普通列車を乗り継いでいく。
そして車中泊。
早朝に東京に到着、さらに北へ。常磐線周りで仙台、盛岡から花輪線に乗る。大館から奥羽本線で青森へ。
青森に到着。青函連絡船1便で函館へ。
確か0:30分発で函館到着が4:20…だったか?
4便(八甲田丸)、5便(十和田丸)、102便(石狩丸)と2往復して4種類の船に乗り、また二日かけて博多に戻るという、過酷な旅。
大阪を過ぎて、新快速の車内で、和歌山から来た19歳の男性と会う。普通列車を乗り継いで青函連絡船に乗りに行くという。
かなり旅なれた感じの青年だった。
で、一緒に旅することになる。
大垣発東京行きにも何度か乗ったことがあるというので頼もしい。
夜行の普通列車に乗るのはコレが初めての体験。話し相手も見つかってよかった。
大垣でも乗車口に荷物を置いて列車を待つ。1時間ほど前からそれぞれの乗車口に10人くらい並んでいた。
当時の372Mは急行「東海」型といわれる165系を使用していた。
垂直背もたれのクロスシート車。なかなか眠れなかった。二人でボックスを占拠できたので楽ではあった。
普通列車で東京に乗り入れるのも初めてのことである。
4時42分(推定)東京に到着。山手線の接続はすぐ。地下道を走って乗継成功。
上野駅から常磐線の平行きに乗る。
駅名票の下に「福島県」とあるのにちょっとした感動を覚える。
仙台で昼食。
一ノ関から盛岡行きの客車列車(当時は50系客車でした)に乗る。
(つづく)
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