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原爆よる奇形児を取り上げた助産婦の証言

助産婦としての被爆後 岡村ヒサ (1990年 86歳)

 私は昭和20年当時、尾長町で産院を開業していました。41歳でした。その頃はまだ家庭分娩が多うございましたが、だんだん少なくなりまして、昭和30年頃には、皆産院に吸収されました。
 何も記録は持っていませんが、奇形がたくさん出ました。当時はABCCへ、みな報告しなくてはいけないシステムになっていました。奇形が出ましても、報告するのを嫌う人もございましたので、しなかったこともあります。

 一番多かったのは兎唇でございました。それも口蓋裂もあって、泣くと喉の奥まで見えるんです。お乳も飲めないような...それから肢指過剰ですね。多指です。それから鎖肛(正常な位置に肛門がなく、直腸が盲端になっており、5千人に1人の確率で発病する)肛門のないのも多うございました。兎唇や多指は数が多うございました。分娩で頭の先がでましたら、今度も兎唇じゃないかしらと思ったら、やはりそうで、そのたんびに憂いたことを覚えています。あーどうしてこんなに兎唇が生まれるんかしらと思いました。

 すぐ近所でございましたが、二軒に同じように耳のない子が生まれました。その1人の赤ちゃんのおばあさんは、産婦人科の看護部長をしておられました。奇形が生まれたということで、すぐに病院に電話をされたれしいですが、先生が来られたあくる朝、赤ちゃんは逝きましたからね。もう一軒は可愛い女の子でございましたが、おばあちゃんは「火葬場に持って行くまでは、泣きだしはしませんから。」と言っておられました。これは薬を使ったんだなと私は思いました。もちろん、家族は何も言いませんし、私も聞きもしませんでした。元気な子でしたがね。そのおばあちゃんは生涯悩まれたそうです。可愛い子だったですからね。髪の毛でね、こうやって耳を隠していれば判りはしませんのにね。耳がないんです。ツルッとしておりました、片方だけ。

 それから、内蔵露出で、グルグルと腸が出ておりまして、思い出してもひどいヘルニアだったんですね。大学病院で手術をしてもらい、それはどうにか助かりました。
 まだそれから、鎖肛、これはたくさんありました。それから無脳症ですね。終戦直後ではないから、2〜3年後だと思います。母親は30代でした。どうしても頭の位置がわかりませんのよ。上の方にあるのは確かに臀部だがと思いましても、頭部に触れませんのよ。おかしいなと、みよりましたら、無脳症でございました。氷を氷袋の中にいれて下げたらザラザラしますように、頭蓋骨がぜんぜん固まっていない子でした。だからそんな子が生まれたら、極秘にしてもらいたくてね。こんな事は当時はとても言われませんでした。

広島医療生協原爆被害者の会発行「被爆体験記・ピカに灼かれて」13集より引用

全文はこちら

写真は、映画「世界は恐怖するー死の灰の正体」1957年日本ドキュメント・フィルム製作より 

シャム双生児 昭和27年6月生まれ ヒロシマ爆心地から2キロ 40歳母親
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無脳児 昭和26年生まれ
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単眼男子
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人間の形をしていない物体 昭和26年 長崎 1480m 三菱工場あと
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「ABCC遺伝計画」における助産婦の役割
ABCCは何をしたか
米・ABCCの新生児データ、助産婦に謝礼払い収集

出生時障害(1948−1954年の調査)放影研のHP

原爆被爆者の子供における重い出生時障害またはその他の妊娠終結異常が統計的に有意に増加したという事実は認められていない。広島・長崎のほぼすべての妊娠例に関する調査が1948年に開始され6年間続いた。その間に新生児76,626人が、ABCCの医師による診察を受けた。調査が開始された当時の日本では、特定の食料品について配給制が採られていたが、20週以上の妊婦については特別配給があった。この特別配給申請者に関する情報に基づいて、両市における妊娠女性の90%以上が確認され、出生時障害の調査が可能になった。

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映画の最後に亀井さんは次のように締めくくっています。「死の灰の恐怖は台風や地震などの天災とは違って、人間がつくり出した災害です。だから、人間自身がその気になりさえすれば、必ず解消できるはずの問題であることをここに付記します」。
原発事故が起きた今、この言葉には強い説得力があります。

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ホルマリン漬けの胎児は長崎の祈念館で昔公開していたんです。写真も何枚かとりました。修学旅行の時のことで、生徒たちが大ショック受けていましたが。今は公開されていません。

2012/10/7(日) 午後 9:36 [ 京都・教育福祉労働安全衛生 ]

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詳細な記述と出典、ありがとうございます。小野院長のサイトにも反映されていましたね。
今まで被曝や原発に無関心だったことを恥じています。
これからの福島やその他の原発がどのような被害をもたらすのか、私達は歴史に学ばなくてならないと思っています。
今こそ広島や長崎を振り返らなくては日本に将来はないです。

2012/10/19(金) 午前 1:35 [ 関東在住 ]

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はじめまして。昨日(8月6日)、広島を訪れて原爆ドーム近くに展示されてあった写真を見て、こちらにお邪魔しました。
劣化ウラン弾の影響と言われる、無脳症の赤ちゃんの写真を見たことがあり、「広島、長崎で見たことがないのは、どういうことだろう」と思っていましたが、今回こちらで知ることができました。ありがとうございます。

広島、長崎はこの十数年のうちに何度も訪れますが、訪れるたびに様々な事実を知らされます。折りに触れて振り返ることは大事なのだと思います。

2013/8/7(水) 午後 2:02 [ いわっぷ ]

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はじめまして。小学校のときに、長崎の資料館に行ったときに先生が言ってた意味がはじめてわかりました・・・とても恐ろしいです。原発も極力早期に廃止にしてもらいたいですね。

2013/12/7(土) 午後 10:23 [ jipangu ]

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初めまして。FACEBOOKのリンクからお邪魔します。
この写真ははじめて見ました。

原爆による強烈な放射腺障害による遺伝子・DNAの破壊による惨状ですね。原爆だけでなく、ベトナムにおける枯葉剤散布による化学的な障害でも同様の悲劇を招いています。

遺伝子というのは存外に刺激に対して脆弱なのだと思います。
あのような通常の環境では存在しない刺激に対しては当たり前ですが。

このように残酷だからこそ、この真実を残さねばと思います。

2014/8/14(木) 午後 8:15 [ fcn*s7*1 ]

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お役に立ててよかったです。> タナカさん

2015/8/30(日) 午前 5:21 [ MITTY ]

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はじめまして。同業としてあまりにも辛いことです。
現在は、画像診断で胎児のうちに奇形が発見され、中絶されることも多いので、出産時の奇形として数が上がってくることが少ないだろうと思います。この事実が伝わらない、なんなら隠蔽されるんじゃないかという不安にやりきれなくなります。
とは言え、数年前から、自宅出産など自然な形で出産されるかたの中に、チラホラと奇形が生まれた話も聞いております。
Facebookでシェアさせて頂きました。ありがとうございました。

2017/8/10(木) 午前 8:30 [ m.m ]


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