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世界文学大系

パルメニデス

藤沢令夫 訳
 
一

この身を運ぶ駿馬は わが心の想いのとどくきわみのはてまで
私を送った――ダイモンの 名も高き道へと私を導き 行かしめたのち。
この道は なべての町々を過ぎて 物識る人を連れて行く道。
その道を 私は運ばれて行った。馬車ひく賢き駿馬らが、
この身を運び、道を示し案内するのは 乙女子たちであった。

二

いざや 私は汝に告げよう、汝この言葉を聞いてよく受けいれよ――探求の道として考えられるものは、ただこれらあるのみぞ。すなわちその一つとは「ある」そして「あらぬことは不可能」という道、
これは説得の女神の道である(真理に従うがゆえに)。
他の一つとは「あらぬ」そして「あらぬことが必然」という道、
この道はまったく探ねえざる道であることを 私は汝に告げる。
なぜならば汝はあらぬものを知ることもできなければ(それはなしえぬこと)、
語ることもできないから。

八

語られるべき道として なおのこされているのはただひとつ――
すなわち [あるものは]あるということ。この道には 非常に多くのしるしがある。
すなわちいわく あるものは不生にして不滅であること。
なぜならば、それは完全にして揺るがず また終りなきものであるから。
またそれはあったこともなく あるだろうこともない。今あるのである――一挙にすべて、
一つのもの、つながり合うものとして。

パルメニデス Parmenidēs

提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

Parmenidēsパルメニデス Parmenidēs (紀元前500年か紀元前475年−没年不明)ギリシアの哲学者。エレア出身。アナクサゴラスの弟子・クセノパネスに学んだとも、ピュタゴラス学派のアメイニアス(Ameinias)に師事したとも伝えられる。名門の家柄であり、祖国エレアのために法律を制定したともいわれる。クセノパネスやエンペドクレスにならって、詩の形で哲学を説いている。その中でも教訓詩『自然について』が断片として現存する。

思想と影響
感覚で捉えられる世界は生成変化を続けるが、そもそも「変化」とは在るものが無いものになることであり、無いものが在るものになることである。理性で考えれば「無」から「有」が生じたり、「有」が「無」になるのは矛盾である。パルメニデスは感覚よりも理性に信を置いて真に在るものは不変だと考えた。このことから感覚より理性を信じる合理主義の祖であると考えられている。 プラトンのイデア論はパルメニデスの不生不滅の考えとヘラクレイトスの万物流転の考えを調和させようとした試みであると言われる。

哲学は真理(アレーテイア)にしたがうものと、思惑(ドクサ)にしたがうものの2部門に分けられる。
理性(ロゴス)が真理の規準であって、感覚は精確なものではない。
「あるものはある、ないものはない」という論理命題を出発点として、真にあるところのものは連続一体・不生不滅で変化もしなければ運動もしない全体として、同質の球体を形づくっている。この全体はヘラクレイデスのように対立物の合一したものではない。なぜなら、対立というものも存在しないからである。これに対し、運動・変化・多なるものは、死すべき人間のドクサにすぎない。
「アキレウスと亀」で知られるパラドクスは、運動が存在しないことを示すためにパルメニデスの弟子であるゼノンによって提起されたものである。
プラトンには『パルメニデス』という題名の対話篇がある。プラトン以降の哲学者はパルメニデスから、「実体の不滅」という概念を継承したものと考えられる。


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ご無沙汰でした。こんばんは。
わたしの「パルメニです」をTB致します。

2009/12/23(水) 午後 7:55 [ EUREKA ] 返信する

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