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京都 七条 油小路
 
1867年 11月18日
 
ここで 伊東甲子太郎が斬られたとの報が
高台寺月真院の御陵衛士のもとへ
 
「御陵衛士の隊長が、何者かに暗殺されているので、至急遺体を引き取りにお越しください」
町役人が駆け込んできた。
 
この夜、月真院にいたのは、服部武雄、藤堂平助、毛内監物、三木、篠原、加納、富山の7人。
 
「新撰組が待ち伏せしているかもしれない」
「一戦は、まのがれないが」
 
一同が伊東の遺体を運ぶかごを呼び 油小路に駆けつける
 
そこには 新撰組が47人が
 
この写真の あっちこっちに 隠れて・・・待ち伏せしていた。
 
当日の夜は、満月では無いけれど 月明かりで 服装や人の動きが分かる位の
 
明るさだったそうです。 
 
藤堂平助のなきがらの実見記録が鳥取藩に残っている
 
七条油小路南西手に倒居候ものは、南部与七郎
弐拾八九才位
斬り傷両足 横腹二か所
面上鼻より口へ掛け 二寸ほど、長さ七寸ほど 
刀を握り候で亡くなっている
 
それから 今年2012年で145年目でした。
藤堂平助は ここに駆けつけて 一番に伊東甲子太郎にかけより
 
「先生! 先生!」と 血だらけの伊東を抱きしめて
大粒の涙をながしたんだろう
 
そして 伊東のなきがらを かごの前まで抱きながら運び
かごの蓋を開け 中に押し込んだ所を
 
新撰組の隊士に いきなり背中がら切りつけられた
 
「うっ・・ぐっ」っと 平助が 痛みを抑えて
 
振り向いた。
 
上段からの きらりと月明かりが刀に光り 
 
面の深く 斬られた・・・
 
ほぼ・・即死に近かった。
 
しかし、鳥取藩の実見にもあるように
 
平助は みずからの刀を抜いて
 
強く握っていた。
 
それから 145年目の・・今日
 
ここで手を合わす 俺は
 
ちょっと 泣いてしまいました。
 
この日 11月18日 午後6時
京都七条油小路で ロウソクと線香を灯しました。
 
キャンドルナイトで 供養しました。
 
京都やどこでも、歴史的な事件などがあった場所には
記念碑や案内の看板などがあるのですけど
 
ここ七条油小路には・・・なにもない
 
だからね(^◇^)
 
2017年の 七条油小路 150回忌には
何かしたいな・・・
 
 
 
 
 

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