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◆昨日からニュースで、
1997年パリで起きた「ダイアナ妃の交通事故死」から、20年の報道が
行なわれている。
この写真は、ロイター通信から配信された、ウイリアム王子を抱っこする姿だ。
事故のテレビ中継を眺め、なんとも可愛そうな事件で、起こるべきして
起きたような事故だった事を覚えている。
★丁度、その時期、私は「ダンヒルカップ・プロアマ」に参加する関東地区の
予選会で、『利根カントリークラブ』で開催に、出場して、運良く優勝したのだ。
日本全国で、北海道地区、関東東北地区、中部地区、関西・四国・九州地区の
4会場で、予選会が開催されて、
『ダンヒルカップ(国別対抗戦=欧州ツアー)』の開催地、
セントアンドリューズ・オールドコースで行なわれるので、
ロンドンにて、ダンヒルの本店見学、ロンド市内観光と、2泊して、
スコットランドに向かう工程になる。
ゴルフ仲間が壮行会を行なってくれて、女性ゴルフ仲間が、
ロンドンで、時間があれば、やはり「ケンジントン公園」に行って、
あの「ダイアナ妃」の住まいだった宮殿に、寄ればと言われた。
日本代表の4名では、家内を同行したのは、中部地区・開催コースである
津カントリークラブの「小池夫妻」と、私の夫妻だけだった。
ロンドンで、自由時間が、3時間ほど設けて頂いたので、
私ら夫婦は、先ずは「ケンジントン公園」で、地下鉄で向かった。
降りて、宮殿から程遠いのだが、公園を散策しながら、その宮殿にたどり着いた。
宮殿の門には、多くの花束が飾られ、訪れている人達も沢山、頭を垂れていた。
やはり、その場に立てば・・・悲しさと嗚咽が、涙無しではいられなかった。
時間を費やしてしまい、もう一つ探索を考えていた「蝋人形館」にたどり着いたが、
すでに門限を経過しており、中に入る事は出来なかったが、
日本から来たと告げると、玄関にあるものだけを見学して良いと!
気配りを受けたのだった。
あれから、20年!
49歳だったのだ! 若かった!
ブリヂストンの「230チタン」で、250ヤードは飛んでいたのだが、
あれから、20年!
今は、ヨネックスのドライバーで、やっと200ヤードを越えるか?
越えないか?
まあ、体力の衰えと、手術での入院を経験し、ゴルフが出来る事に感謝する
現在があるのだ。
あの日本代表の4名は、どうしているのか?
2年前、関西地区のFさんが、CRC白山ビレッジGCに来てくれて、
1泊2プレーを、懐かしくラウンドしたのだが・・・
★「ダイアナ妃」のニュースで、20年前を思い出しました!
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St.アンドリューズ
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◆第144回 全英オープンは、セントアンドリューズ・オールドコースに
戻ってくる。
前回は、あのジャック・ニクラウスのセレモニーで終えた、2005年だった。
実に、150周年大会だったのだ。 回数と年号の違いは、世界大戦で2度数年開催されていないからだ。
こうした大会は、必ず「タイガー・ウッズ」が制しているのだが、違った。
セントアンドリューズで、クラレット・ジャグを抱きしめたのは、南アの「ルイス・ウーストヘイゼン」だった。
そして、話題になったのは「ローリー・マキュロイ」だった。
初日、63を。
17番で、1.2mをはずさなかたっら、62 このコースの新記録だった。
それでも、2日目、リンクスが牙をむいた。
2日目、なんと、80と言うスコアだったのだ。
そんな事が甦って、久々に、このコーナーをアップした。
さあ、ゴルフの聖地として紹介されるこのコースは、
設計者が存在しない!
故に、改造に改造を重ねて、変化し続けているし、
ここは、パブリックスペースなのだ。
公園の一箇所として、
1997年に私がプレーした時でも、夕方には、街の人々が犬を連れて、散歩する姿があの
1番と18番のフェアウエイに見ることが出来た。
おそらく、その光景は今も続いているに違いないだろう。
やはり、ゴルフと言うスポーツを30代に始めた私だが、本当に一生の友達になったし、
一生の仕事になった。
三重でゴルフ場の寮に住んでいるが、まさか!ではある。
最後に尋ねたいコースとしては、スコットランドは遠すぎる!
60歳迄だろう!
こころを奮い立たせて、行って見たいのは、やはり、ジャック・ニクラウスが最後にプレーしたい
カリフォルニアのリンクス、ぺブルビーチゴルフ&リンクスだろう。
メジャーで感動を貰うたびに、世界のコースが思い出される。
もう一度、ギャラリーしたいのは、「オーガスタ」だろう。
そうしたゴルフの歴史を垣間見れるのが、兵庫県の「廣野ゴルフ倶楽部」にある、
「ゴルフミュージアム」だ。
その「ゴルフミュージアム」を、
2015年 三重県津市白山にある「ココパリゾートクラブ白山ビレッジゴルフコース」に移設する。
ゴルフの歴史は、ゴルフボールの歴史でもある。そしてゴルフクラブも、
そうした変化が、コースを変えてきた。
そして、スィングアークも様変わりして来ている。
R&Aの建物の真裏に、世界の「ゴルフミュージアム」が存在している。
ここを見るには、なかなか大変である。
是非、2015年の「日本シニアオープン」開催コースで、ゴルフの世界の歴史が見れる機会が出来る。
どうぞ、皆さん見に来て下さい。
ピンフラッグが揺らぐ。
それは、プレーヤーに優位に働く、そこでバスケットボールじょうな竹篭になった。
そして、一時期、それが主流に。
そんなピンフラッグが、ミュージアムに存在しております。
また、ボビージョーンズが宮本為吉に負けて、5ドル紙幣を。
そこには自筆のサインが、
これも、陳列品として飾ります。
今朝方、メジャー第3弾が終わって「ローリー・マキュロイ」の優勝から、
いろんな事を思い出さして頂きました。
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◆セントアンドリューズ・オールドコース=ゴルフの聖地。
ここを訪れたのは、1997年10月だった。
全英オープンでは無く、スコットランド地方に冬を告げる最後のトーナメントで
「ダンヒル・カップ」と言う「国別大会」が行われるそのプロアマ大会に出場する為だった。
ロンドンに2泊した。
ちょうどその頃、ダイアナ妃が交通事故で亡くなられ、「ケンジントン宮殿」には、沢山の花束が飾れていた
そんな時に、ロンドン市内も見学した。
あれから、14年経過し「ダイアナ妃」の長男が結婚したがテレビ画面を通して見るとき懐かしさが込み上げて
きます。
3日目、早朝にホテルで着替え「ゴルフスタイル」で、飛行機に乗った。
それでも、イングランドからスコットランドの移動は、登場手続きに長時間を要した事を思い出す。
その「スコットランド」のエジンバラ空港からバスで、セントアンドリューズ・オールドコースへ向かい、
その日の午後に、ニューコースで1ラウンド、練習ラウンドを行った。
10月になると、ラフは多少枯れ草に変貌しており、グリーンとフェアウェイの芝生は、苔の様だった。
1860年 10月17日 全英オープンが開催された。
開催コースは、スコットランドの「プレスト・ウィック」で、優勝したのは「ウィリー・パーク」だった。
1860年と言うと、日本では、まだ「坂本龍馬の暗殺」は起きていないのだから、
随分と昔から、このゴルフと言うスポーツに、狩猟民族の欧州人たちが興じていたのだ。
それ以前にも、ゴルフをやっていたエピソードとして、「ゴルフ禁止令」が、1471年・1491年と2回
発令されているのだ。
長い長い歴史があって、「全英オープン」と言う大会が催され、
スコットランドから、イングランドへ移ったのが、1894年で、
開催されたコースが、今年14回目を迎える「ロイヤル・セントジョージゴルフクラブ」なのだ。
★この「ロイヤル・セントジョージ ゴルフクラブ」は、
南の「セントアンドリューズ」と呼ばれるほど、リンクスコース独特の様相を形成している。
イギリスの最南端、ドーバー海峡に近くに位置する。
そんな光景を眺めるだけでも、楽しいし、
こんな場所に、こんなレイアウトでの18ホールが組み込まれ、自然との闘いを演じるプレーヤーは、
朝6時30分から、16時11分まで、1番ホールから永遠に、スタートする。
約10時間に及ぶスターターが、名前を呼び続けるのである。
そうあのスターターのチョッと甲高い声で、
1997年 私も、彼に名前を、セントアンドリュース・オールドコースの1番ホールで呼ばれた事を思い出す。
素振りをすれば、私の背中には、「R&A」の本山のあの建物が見える場所だった。
今年は、ドーバー海峡が、見えるリンクスです。
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(タイガー・ウッズ、オールドコースでの3連覇はあるのか? この記録も凄い事になるのだが。)
◆オールドコースのアウト 残す所3ホール。
ニューコースが入り組んできており、海への先端に近づいてくる事になる。
★7番 371ヤード ミドル パー4だ。
ティ・グラウンドからは解らないのだが、
実は、11番のショート・ホールと交差しているホールなのだ。
画面でも、この大きなグリーンは、中央のバンカーを境に、7番のグリーンは、右側で、
バンカーの左が、11番のグリーンに使用されるのだ。ブースの陰に「危険」の看板が設置されている。
★ここでは、ティショットはそのまま打てるのだが、セカンドショットで、11番(IN)のプレーが
最優先されるのだ。
そして、
この大きなバンカーは名前が「COCKLE=コクル」が、とにかく、デカク・深いバンカーなのだ。
日本では、このバンカーの大きさは、グリーンに大きさと遜色ない。
深さは、バンカーエッジ迄、2m位ありそうで、更に、グリーン迄のエッジに傾斜があり、それを含めると
何度、オンさせようと打っても、無理で、フェアウエイ方向に出した方が良い等と言う時もあるのだ。
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175ヤード パー3だ。
やっと、初めてのパー3のショートホールなのだ。
左側のブースの樹木は気にならないが、ティグラウンドの後ろが気になる。チョッと小高い丘が
繋がっており、海が広がっている様に見えるが、実は
イーデン川の大きな河口なのだ。
そして、その反対側の陸地には、セントアンドリューズ空軍基地が、見えるのだ。
グーグルの地図検索で、この辺をアップにしても、早い時点で「この近辺がこれ以上アップ出来ません」
状態になるのだ。
実は、1977年「ダンヒルカップ」の最終日、表彰式が終わると関係者や選手が、特別解放して、
この空軍基地から、「特別便」を、ロンドン迄飛ばしてくれるのだ。
オールドコース・ホテルの一角で、出国手続きをするのだ。
「スコットランド→イングランド」への移動の為に。
イングランドのお金は、スコットランドで使えるのだが、スコットランドのお金(釣銭等で頂くと)は、
それは、イングランドで使えないのだ。
そして、不思議なのは、どちらにも「エリザベス女王」が印刷されているのだが・・・
★話をコースに戻すと、海側の先端部分に当たるので、風の方向をシッカリ見届けないと
オーバーしたり、手前のバンカーに餌食になってしまうので要注意である。
★9番 352ヤード パー4
結局、OUTコースには、ロングホール1個(5番)、ショートホール1個(8番)と、残り7ホールが
ミドルホールなのである。
そして、このOUTの最後が、遠くにセントアンドリューズに市街をグリーン方向に見る事が出来るのだ。
ティショットの落とし所に、2個の深いバンカーがある。
手前からは低く、転がって入って来なさい!と
言わんばかりに、口を広げ、グリーン方向に土手は、それを阻む様に、大きな顎となる。
そこで、
キャディが、どうぞ! 後ろに。と指示される。
そして、一度はチャレンジしたい。と誰でも思うのだが、結局、キャディの言うとおりだと言う事に
直ぐ気づかされる事になる。
後ろに出してさえおけば、パーあったかも知れない。ボギーで抑えていたかも!
無理が高じて、ホールアウト後、数を足し算する格好になるのだ。
「バンカーの1打目、で無くて、2打目は脇に出して・・・・云々。」と経験のある御仁もいるのでは。
ここをホールアウトすると、
「ダンヒルカップ」のプロアマの時は、軽食のケイタリングが用意されていた。
飲み物と、サンドウィッチが。
それを食べながら、応援して付いて来てくれたギャラリー(身内)と、談笑する。
9番グリーンは単独グリーンだ。 ここから10番のグリーンは、8番と共有で、
フェアウエイも、重なっているので、ただただ、広い広い原っぱな感じがする。
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◆セントアンドリューズの街に、暗雲が立ち込めていますね。
早くも、メジャー第3戦目「第139回全英オープンゴルフ選手権」の週となってしまった。
トーナメントの仕事をしていると、1週間・1週間の早さに驚き、1年の早さに驚かされる。
それでも、10年振りに戻る「ゴルフの聖地」は、何かホッとさせられる。
それは、コースへに対しての「不満」と言う問題が無いからだ。
まあ、「組み合わせ」等が、興味が湧く。
★「タイガー・ウッズ」「ジャスティン・ローズ」「カミロ・ビジェガス」の後に
「石川 遼」「トム・ワトソン」「パドレイグ・ハリントン」が続く。
さあ、3番を見てみよう。
★3番ホールから、397ヤードのミドルホール。
そろそろオールドコースも、その荒々しさを垣間見せてくれる。
大きな溝がフェアウエイを横切り、ポットバンカーが、タコつぼの様に、ゴルフボールを待っている。
図面でも解る様に、グリーン脇には、3番側に待ち構える大きなバンカー(名前:カートゲート)がある。
このグリーンも、15番と共有グリーンなのだ。
さあ、
★4番ホールです。 480ヤードのミドルホールで、
ティ・グラウンドに立てば、何処を向いて構えれば良いのか?
距離があるので、飛ばしていかなければと思うのだが、何処に落とし所を見つければ良いのか?
解らないホールなのだ。
しかも、人間やっと一人入れるポットバンカー(名前:スチューデントバンカー)が点在するのだ。
落とし所に大きなバンカー(名前が、コテージバンカー)が待ち構える。
プロ達は、ここを超える飛距離は出せるのだろうが、やはり、その手前に置くのが常套なのだろう。
ここも、14番と共有グリーンなのだ。
(旗竿が2本立っているが、OUTが白旗・INが赤旗なので、但し、18番だけは白旗なのだ。)
とにかくこの4番・5番・6番は、風のハザードにも注意しなくてはならないのだ。
海側からあまりにも強い風の時は、15番のフェアウエイも使う方法もあるのだ。
そして、
★ 5番 568ヤード ロングホールだ。
1977年私は、ここをツーオンしているのだ。フォローの風もあって、飛距離は230ヤード位だったが、
図面の真中にフェアウエイにバウンドしたボールが、転がる転がる・・・
キャディが、まだ転がっているよ! と言うのだが。5.60ヤード転がったものと思われる。
幸いにして、バンカーを避けて転がった。
そして、セカンドショットが、グリーン手前の深い溝に落ちた所までは解ったのだが。
近づいて行くと、
その溝にあったのが、「渡辺司」プロのボールで、溝を駆け上がって、ピン横5m位の所に
あったのが私のボールだった。
アマでのHCは、18だったので、
「ワンパットで入れれば、アルバトロスだよ!」と、渡辺プロが、早くもプレッシャーをかける。
1パットで、入れる事は流石に出来なかった。 バーディで、チーム・スコア上は「イーグル」となった。
思い出の一番あるホールとなっている。
★6番 412ヤードのミドルだ。
ティグランドの前を塞ぐように、ゴースの丘が正面にある。
更に、このホールはグリーン上の旗竿が見えないのだ。
ここは、キャディに方向をシッカリ、教えて貰わないとゴース(樹木)のえさになりかねない。
いったんこのバースにボールを入れたら、
樹木の棘に、驚く。
ゴルフボールを確かめて、アンプレを宣言してワンペナは、やもえないのだ。
ここも、風のハザードに注意をしながら、方向性をシッカリ出して、ティショットしないと、
スコアを纏める事が出来ない。スコアを落とし所となるホールなのだ。
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